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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

名誉の掟

『復讐なき罰』は、夫婦間の名誉問題を扱った悲劇のひとつです。ひとたび妻の不貞行為が明るみに出れば夫の名誉は著しく損なわれ、二度と回復しないというのがフェラーラ公爵の言う“名誉の掟”であり、君主という立場上、そのことは断じて避けなければなりません。

 

公爵 (傍白)

 ああ、名誉よ!

 おまえは情けを知らない敵だ!

 おまえの掟を

 最初にこの世にもたらしたのはだれだ?

 おまえの価値を握っているのは

 なぜ、男でなくて女なのだ?

復讐なき罰(13/13)(終) - Las comedias de Lope de Vega

 

 もし不義をはたらき、それが夫に知られれば殺されかねないということは妻のカサンドラにもわかっています。

 

カサンドラ (…)

 喜びの影には、恐ろしい罰が待っている。

 公爵は、私を斬り殺すかもしれない。

復讐なき罰(7/13) - Las comedias de Lope de Vega

 

 公爵の庶子フェデリーコもまた、自分の恋がいかに危険なものかということを知っています。

 

フェデリーコ かなわぬ恋というものが

 あなたにわかればいいのに。

 ぼくは、いくら悲しんでも

 死ぬことができません。

 まるで石像です。 

 生きているのが奇跡に思えます。

復讐なき罰(6/13) - Las comedias de Lope de Vega

 

 この劇は、1425年にフェラーラで実際に起こった事件がもとになっています。フェラーラの侯爵であるエステ家のニッコーロ3世は、息子ウーゴが自分の後妻と道ならぬ関係に陥っていることを知り、二人を斬首しました。これにもとづいてイタリアの作家バンデッロが小説を書き、さらにその翻案をもとにしてロペが『復讐なき罰』を書いたと推測されています。

 

 夫婦間の名誉問題は、こののちもカルデロン・デ・ラ・バルカによる名誉の悲劇三部作『名誉の医者』『密かな恥辱には密かな復讐を』『不名誉の画家』の中で扱われることになります。カルデロンの劇では、妻が実際には不義をはたらいていないにもかかわらず、名誉を重んじる夫によって殺されてしまいます。

 

 ロペの創造したフェラーラ公爵は、社会的立場からやむなく愛する息子と妻を殺したと解釈することもできますが、従者のバティンが公爵の人格を否定的に見ているように、必ずしもそれが正義という形では描かれていないのが『復讐なき罰』という劇の複雑なところです。キリスト教的な道徳観から言えば、公爵がカサンドラをないがしろにしていたことに責任を感じ、二人に寛大な処置を施してもよいように思えます。

 公爵は自身の名誉に固執する一方、フェデリーコという息子をあまりに愛しすぎていたために、彼から裏切られたことに対して激しい憎しみを抱き、残酷な処罰を行うに至ったようにも見えます。そのように解釈することも可能なのではないでしょうか。

 

参考文献:

佐竹謙一『スペイン黄金世紀の大衆演劇南山大学学術叢書 三省堂 2001年