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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(13/13)(終)

『復讐なき罰』(El castigo sin venganza)

 

バティン (アウローラに)

 アウローラ様、

 ゴンサーガ侯爵と結婚なさるそうですね。

 それとも、すでに結婚なさったとか?

 お二人でマントヴァへ行かれるのなら、

 どうか、私もつれていってください。

アウローラ どうして?

 驚いたわ、バティン。

 フェデリーコのもとを離れるっていうの?

バティン (沈んだ表情で)

 がんばって働いても

 ちっとも報われないんですから、

 てんで割に合いませんよ。

 いくら利口で頭の切れる人間でも、

 こんな状況では

 死ぬか、おかしくなるか、どっちかです。

 今日、くれると言われたものが

 明日になれば、だめだと言われ、

 「たぶん、また後で」となったりする。

 「たぶん」ってどういう意味かわかりませんが、

 きっと「永久にない」ってことですよ。

 その上、フェデリーコ様は

 まるで悪魔に取りつかれているみたいです。

 事情は知りませんが、

 悲しんでいるのかと思えば

 急に陽気になるし、

 まともなのかと思えば

 急におかしくなるんです。

 カサンドラ様もそうです。

 あまりにもご気分にむらがあって

 つき合いきれません。

 だれもかれもがおかしくなっているのに、

 私だけ、まともでいられるとお思いですか?

 公爵も、

 聖人なんかじゃありません。

 なくし物を探すみたいに、

 ぶつぶつ独り言を言いながら

 歩き回っているんです。

 

 (間。)

 

 この家は、もうめちゃくちゃです。

 どうか、マントヴァへつれていってください。

アウローラ わかったわ。

 カルロスとの結婚を

 公爵が許してくださったら、

 あなたをマントヴァへつれていくわ。

バティン (アウローラの前にひざまずく)

 なんと感謝を申し上げればいいか!

 (立ち上がり)

 このことを、カルロス様にお伝えしてきます。

 

 (バティンは退場。公爵が登場。)

 

公爵 (傍白)

 ああ、名誉よ!

 おまえは情けを知らない敵だ!

 おまえの掟を

 最初にこの世にもたらしたのはだれだ?

 おまえの価値を握っているのは

 なぜ、男でなくて女なのだ?

 そのために、

 清廉潔白な男でさえ、

 おまえを失ってしまう。

 おまえの掟を作ったのは、

 きっと無知で野蛮な人間だ。

 自分自身が名誉を汚されたから、

 ほかの連中も同じ目に遭わせるために、

 この掟を作ったのだ。

 

 (アウローラの姿を認め、呼びかける)

 

 アウローラ!

アウローラ (公爵に気づき)

 はい!

公爵 カサンドラ

 おまえとカルロスとの結婚を望んでいたので、

 私も同意することにした。

 フェデリーコの希望をかなえるよりも、

 カサンドラを喜ばせるほうが

 私にとっては大切なのでな。

アウローラ (喜んで)

 ありがとうございます。

 このご恩は、決して忘れません。

公爵 カルロスに知らせてくるがいい。

 彼の叔父であるマントヴァ公爵に

 手紙で伝えるよう言っておいてくれ。

アウローラ きっと、カルロスも喜ぶでしょう。

 

 (アウローラは退場。)

 

公爵 (独白)

 神よ、あとはあなたが

 この家に罰を下してください。

 神聖な裁きをお願いいたします。

 

 (間。)

 

 これは、あの二人に対する

 私の復讐ではない。

 私の名のもとにこれを行えば、

 それは神を汚し、

 息子をむごい目に遭わせるだけのことだ。

 これは、天罰でなければならない。

 天罰なら、

 罪人に厳しく臨むこともやむなしという

 神のお許しが得られよう。

 

 (間。)

 

 私は、夫としてではなく

 父親としてこれを行うのだ。

 汚らわしい罪に対する神の裁き手となり、

 復讐なき罰を与えるのだ。

 

 (間。)

 

 私は、名誉の掟に従ってこれを行う。

 私の受けた侮辱が世間に広まり、

 恥が上塗りされることは

 避けねばならない。

 公の場で罰を下せば、

 名誉を二度も失うことになる。

 なぜなら、ひとたび家名に傷がつけば、

 それは世間に広まることで

 再び傷つけられるからだ。

 

 (間。)

 

 いま、あの卑しいカサンドラ

 手足を縛り、

 全身に布を覆いかぶせてきた。

 うめき声が外に漏れないよう、

 猿ぐつわも噛ませておいた。

 私の計画を聞かせてやると、

 彼女は失神してしまったので、

 あまり手間はかからなかった。

 

 (間。)

 

 人情が枷となり

 胸の痛みを感じるが、

 私の受けた侮辱を思えば、

 ここまではまだ耐えられる。

 だが、息子を殺すとなると、

 気が遠くなりそうだ!

 そのことを考えるだけで…

 ああ!

 この身は震え、心は息絶え、

 瞳は泣き、血は凍り付き、

 胸は引き裂かれ、思考は止まり、

 記憶は閉ざされ、

 意思は乱れる。

 真冬の夜に、氷が

 川の流れをせき止めるように、

 私の心から

 口へと昇る言葉を、

 苦しみが押しとどめてしまう。

 

 (間。)

 

 なにを求めているのだ、愛よ?

 子どもは親を敬えと

 神は命じたではないか?

 フェデリーコは、それに背いたではないか?

 

 (間。)

 

 止めないでくれ、愛よ。

 聖なる掟を無視し、

 父親をおとしめた者を

 私は罰するのだから。

 今日、名誉を失えば、

 明日にはまちがいなく

 命が脅かされる。

 アルタクセルクセスはもっと些細な理由で

 五十人の人間を殺した。

 ダレイオス、トルクァトゥス、ブルートゥスは

 復讐のためではなく、

 正義のために剣をふるった。

 

 (間。)

 

 許してくれ、愛よ。

 理性の法廷で、

 名誉が訴状を読み上げているこの時に、

 処罰の権利を否定しないでくれ。

 真実が検察官となり

 被告を訴えている。

 私の目と耳が証言した。

 罪状は明白だ。

 血のつながりと愛情が

 被告を弁護しているが、

 侮辱と恥辱を敵にまわしては

 勝ち目がない。

 神の掟は罪を語り、

 良心がそれを書き留めている。

 ためらう理由がどこにある?

 

 (フェデリーコの姿を認め、動揺する)

 

 フェデリーコが来た。

 ああ、神よ!

 どうぞお力を!

 

 (フェデリーコが登場。)

 

フェデリーコ 父上が

 カルロスとアウローラとの結婚を許可して、

 二人がマントヴァへ行くという噂が

 宮廷中に流れています。

 私に、これを信じろとおっしゃるのでしょうか?

公爵 (重々しい口調で)

 フェデリーコ、

 噂のことは聞いていないし、

 カルロスに許可を与えた覚えもない。

 もっと重大なことが起きたので、

 今はそのことにかかりきりなのだ。

フェデリーコ 国を治める方に

 休息はなかなか訪れないものですね。

 なにがあったのです?

公爵 フェラーラのある貴族が

 仲間と共謀して、

 私に対する反乱を企てた。

 味方となった女のひとりが

 私にその計画を知らせてくれた。

 女をほめそやすのは結構だが、

 信用するのは愚かなことだな!

 そして私は

 重要な取引をしたいと言って

 その裏切り者を呼び出し、

 隣の小部屋に閉じ込めたのだ。

 呼び出した訳を話してやると、

 そいつはすぐに失神してしまった。

 私はたやすく椅子にその男を縛り付け、

 体を布で覆っておいた。

 彼を殺しに来る者が

 顔を見なくて済むようにな。

 裏切り者の正体がわかれば、

 イタリアは大混乱に陥ってしまうだろう。

 

 (間。)

 

 おまえが来てくれて、ちょうどよかった。

 おまえにこの仕事を任せれば、

 他人に秘密を知られずにすむ。

 さあ、今すぐ剣を抜いて、

 あの裏切り者を殺してこい。

 私は、この部屋の前で

 おまえを見守っていることにする。

 私の仇敵を、

 雄々しく成敗してくるがいい。

 

 (間。)

 

フェデリーコ (あきらかな不自然さを感じる)

 父上、

 なにかの理由で、

 私を試すつもりで

 言っておられるのですか?

 それとも、陰謀を企んだ者がいるというのは、

 ほんとうなのですか?

公爵 (冷酷な口調で)

 正しいことであろうがなかろうが、

 父親が息子に命令しているんだぞ。

 口答えしようというのか?

 臆病者め!

 

(自分の剣を抜き、出ていこうとする)

 

 おまえは下がっていろ。私が始末してくる。

フェデリーコ (急いで公爵を引き止める)

 どうか、剣をおさめて

 ここでお待ちください。

 敵は縛られているということですから、

 怖いわけではないのです。

 (苦しそうに)

 ただ、なぜかわからないのですが、

 ひどく胸騒ぎがして…

公爵 (容赦のない声で)

 なら、ここにいるがいい。

 この恥知らず!

フェデリーコ (懸命に引き止める)

 いえ、行きます。

 父上のご命令なら、

 私はどんなことでもします。

 けれど…ああ…!(よろめく)

公爵 (冷酷に)

 腰抜けめ!

フェデリーコ 大丈夫です。

 ここでお待ちください。

 父上のためなら、

 たとえ、相手が

 カエサルのような男だったとしても…

 (再びよろめく)ああ…!

 (踏みとどまって)私が八つ裂きにしてやります。

 

 (フェデリーコは剣に手をかけながら退場。)

 

公爵 (部屋の前で、フェデリーコの様子を眺める)

 ここで見ていよう。

 

 (間。)

 

 フェデリーコが部屋に入ったぞ。

 カサンドラを剣で刺し貫いた!

 

 (間。)

 

 私に不名誉をもたらした者が

 私の裁きを執行したわけだ。

 

 (大声で叫ぶ)

 

 軍人はいるか?だれか!

 見張りの者はここへ来い!

 みんな来てくれ!従者たちも!はやく!

 

 (ゴンサーガ侯爵、アウローラ、バティン、リカルド、その他の登場人物たち全員が登場。)

 

侯爵 公爵、なにがあったのですか?

 ただ事ではないようなお声でしたが。

公爵 (取り乱しているように)

 こんなひどいことがあるだろうか!

 フェデリーコがカサンドラを殺したのだ!

 彼女が継母で、

 私の後継ぎとなる子どもを

 身ごもったからというだけの理由で!

 あいつを殺せ!

 殺してくれ!

 公爵の私が命令する!

 

 (間。不気味な沈黙が流れる。)

 

侯爵 (腑に落ちない様子で)

 カサンドラ様を?

公爵 そうだ、カルロス。

侯爵 (事情を察したように)

 わかりました。

 彼の命を奪わないうちは、

 マントヴァへは帰りません。

公爵 裏切り者がこっちへ来たぞ。

 剣が血に染まっている。

 

 (剣を手にしたフェデリーコが登場。)

 

フェデリーコ (公爵に、呆然とした顔を向けて)

 これは…どういうことですか?

 裏切り者だとおっしゃった者の

 顔の覆いを取って見たら…

公爵 (さえぎって)

 言うな。だまれ!

 (侯爵に)殺せ!殺せ!

侯爵 (フェデリーコに)覚悟しろ!

フェデリーコ (悲痛な声で)

 父上!

 なぜ、私が殺されるんです?!

 

 (侯爵と従者たちがフェデリーコを追って退場。舞台裏でフェデリーコの悲鳴が響く。)

 

公爵 理由は神の法廷で聞け、裏切り者!

 (アウローラに)

 アウローラ、このことを胸に刻んで、

 カルロスと一緒にマントヴァへ行くがいい。

 彼はおまえにふさわしい男だし、

 私もそれを望んでいる。

アウローラ (蒼白になって)

 いったいなにが起きたのか、よくわかりません。

 どうお答えしていいのか…

バティン (アウローラをいたわるように)

 アウローラ様、

 今は、従っておきなさい。

 あなたがご覧になったことには、

 それなりの理由があるんですよ。

アウローラ (震えながら)

 お返事は、明日まで待ってください。

 

 (侯爵が登場。)

 

侯爵 フェデリーコが死にました。

公爵 なんという災いだろう!

 だが、やはりやつをここへ持ってきて、

 私に見せてくれ。

 カサンドラと一緒にな。

 

 (フェデリーコとカサンドラの遺体が運ばれてくる。)

 

侯爵 (遺体の覆いを取りながら)

 復讐なき罰が下されたことを、どうぞご確認ください。

公爵 (傍白)正義による罰は、復讐ではない。

 (嘆く)

 涙はあり余っているのに。気力は足りぬ。

 (フェデリーコの遺体に背を向ける)

 こいつは、爵位を得るために犯した罪の

 報いを受けたのだ。

バティン (観客に向かって)

 イタリアを驚かせ、

 スペインで語られるところとなった

 悲劇『復讐なき罰』は

 これをもって幕となります。

 

 

『復讐なき罰』12 - Las comedias de Lope de Vega

 

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