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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(11/13)

公爵 (次の書類に目をやる)

 これは封がしてあるな。

 (開封しながら)

 みすぼらしい男が、ひどく怯えた様子で

 これを渡すものだから、

 気になって、引き留めようとしたんだが…

 (読む)

 “公爵、あなたの家の中をよくご覧ください。

 あなたの留守中に、フェデリーコ伯爵とカサンドラ様は…”

 (中断し、ため息をつく)

 やはり心配していたとおりだったか。

 二人はうまくいっていないようだ。

 しばらくは見守ってやらなくては。

 (読み進める)

 “恥ずべき大胆不敵さで、あなたの

 寝台と名誉を汚しておられます。”

 

 (間。)

 

 (憮然として)

 こんなことを書かれて、冷静でいられるか!

 (読み進める)

 “あなたが賢明なお方であるなら、

 ご自分で確かめられるのがよろしいでしょう。”

 

 (間。)

 

 (動揺を抑えながら)

 いったいなんだ、この手紙は?

 ここに書かれているのは、ほんとうのことなのか?

 裏切り者の名を私に教えているつもりらしいが、

 私がその男の父親だとわかっているのか?

 

 (間。)

 

 嘘だ!そんなことがあるはずがない。

 カサンドラが私を侮辱するなんて!

 それに、フェデリーコは私の息子ではないか!

 

 (間。)

 

 (次第に疑念が頭をもたげてくる)

 だが、あの二人もしょせん、男と女だ。

 そう言いたいのだな?

 (手紙をわしづかみにして)

 ああ!なんとむごい、汚らわしい手紙だ!

 

 (間。)

 

 だが、私はおまえのおかげで

 思い知らされつつある。

 人の弱さこそが、この世に悪をもたらすのだと。

 これは、神の怒りに違いない。

 

 (間。)

 

 (疑念が確信に変わってくる)

 ナタンがダビデに与えた呪いを、

 私もいま受けているのかもしれん。

 フェデリーコは、私のアブサロムなのか?

 けれど、神よ、

 アブサロムは父ダビデの妾たちを奪いましたが、

 フェデリーコはカサンドラを、

 つまり私の正妻を奪ったのでしょうか*1

 

 (間。)

 

 (嘆く)神よ、このような罰は重すぎます!

 私のかつての放蕩生活が

 このような罰と責め苦の原因なのだとしても、

 私はダビデのように、

 ウリヤを殺してバト・シェバを奪うようなことはしておりません*2

 

 (間。)

 

 (フェデリーコへの怒りをあらわにして)

 もし、これに書かれていることが事実なら、

 フェデリーコはとんでもない裏切り者だ。

 こんなおぞましい所業は、

 人間のすることとは思えない。

 (憤怒の表情で)

 フェデリーコよ、

 もしおまえが私を侮辱したのなら、

 一度殺すだけでは足りん。

 神がお許しくださるなら、

 何度でもおまえを生き返らせて、

 何度でもおまえを殺してやる。

 

 (間。)

 

 (苦悩する)

 なんという裏切りだ!

 なんという不埒者だ!

 世間で言われているとおり、

 たとえ息子でも

 留守を任せれば

 なにをしでかすかわからない。

 

 (間。)

 

 だが、どうやって

 真実を確かめればいい?

 私の恥辱を外に知られぬよう

 用心して、証人を探すのか?

 そんなことは不可能だ。

 これほどおぞましい罪を

 わざわざ打ち明ける者がいるとは思えない。

 

 (間。)

 

 しかし、

 確かめる必要などあるか?

 この手紙の主は、

 私を侮辱することになると知りながら

 息子の罪を教えてきたのだ。

 作り話であるはずがない。

 

 (間。)

 

 (決意を固めて)

 フェデリーコを成敗しなければ。

 しかし、これは私の復讐のためではない。

 罰を下すことと、

 復讐することとは別だ。

 そして、罰を下すための

 証拠集めも不要だ。

 悪事は、たとえ実行されなくても、

 その噂が広まるだけで、

 名誉を傷つけるのだから。

 

 (フェデリーコが登場。)

 

フェデリーコ 父上が

 まだ起きておられると聞きまして…

公爵 (何食わぬ顔で)

 よく来てくれた。

フェデリーコ じつは、

 父上にお願いしたいことがあるのです。

公爵 おまえの言うことなら、

 なんでも叶えてやる。

フェデリーコ (あらたまった口調で)

 以前、父上は

 私にアウローラとの結婚を命じられましたね。

 あれは私にとって、

 もったいないほどのお話でした。

 しかし、そのときの私は

 カルロスにひどく嫉妬していて、

 父上に逆らってしまったのです。

 父上が家を空けておられる間に

 気づいたのですが、

 私はアウローラのことがあまりに好きで

 疑心暗鬼に陥っていたのでした。

 その後、私は彼女と無事に仲直りをしました。

 父上が戦地から戻られたらすぐに

 結婚の許可をいただこうと

 話を取り決めていたのです。

公爵 フェデリーコ、私にとって

 これほど嬉しいことはない。

 承知したから、しばらく下がっていなさい。

 おまえの母上にも報告してこよう。

 父親にだけ許可を得て、

 母親には知らせずにおくというのは

 良くないだろうからな。

 

 (間。)

 

フェデリーコ (険しい表情で)

 カサンドラ様とアウローラとは、

 血はつながっていません。

 お知らせする必要があるでしょうか?

公爵 血のつながりなど、関係ないだろう。

 カサンドラはおまえの母親なのだから。

フェデリーコ 私の母のラウレンシアは

 何年も前に亡くなりました。

公爵 カサンドラを母と呼びたくないのか?

 留守の間、おまえとカサンドラ

 仲良くしていたと聞いて

 私は安心していたのだが。

フェデリーコ (ためらいを見せつつ)

 父上が愛しておられる方を

 こんなふうに言うのは憚られるのですが、

 ほんとうのことは神がご存知のはずです。

 カサンドラ様は

 すべての方に天使のように優しく接しておられますが、

 私にだけはそうではないのです。

公爵 それは残念だ。

 皆の言葉にだまされていた。

 カサンドラほど細やかな気遣いのできる女性は

 いないと聞かされていたのでな。

フェデリーコ お優しい時もありますが、

 別の女性が産んだ子など

 息子と思っていないというお気もちを

 見せられる時もあります。

公爵 よくわかった。おまえの話を信じよう。

 これからはカサンドラの代わりに、

 私が自分以上におまえを愛することにする。

 おまえたち二人が仲良くなれば、

 我が家も平和になるだろう。

 下がっていいぞ。

フェデリーコ 失礼いたします。

 

 (フェデリーコは退場。)

 

公爵 (吐き捨てるように)

 裏切り者め!

 おまえの顔をまともに見られなかったぞ。

 なんと厚かましい嘘つきだろう!

 私を侮辱した事実を隠すために、

 アウローラと結婚したいと申し出るとは。

 私がいない間にカサンドラに冷たくされたなどと、

 もっともらしい不満を言ったのも、

 やつが裏切り者である証拠だ。

 罪人はみな、口をつぐんでいるつもりでも

 声高にしゃべって、ぼろを出してしまう。

 やつが、カサンドラ

 母と呼びたくないのはもっともだ。

 父の妻を愛人にしたのだから、

 もはや彼女を母とは呼べまい。

 

 (間。)

 

 (迷いが生じる)

 ああ、しかし、

 こんな恐ろしいことを、

 簡単に信じてよいのか?

 フェデリーコの敵が

 彼を陥れようと、

 こんな話をでっちあげたのかもしれん。

 私の立場を承知の上で、

 私にフェデリーコを

 成敗させようとしているのでは?

 だとすれば、

 自分の息子を疑うなど、

 父親としてもってのほかだ。

 私のほうこそ、恥じるべきだ。

 

 (カサンドラとアウローラが登場。)

 

アウローラ (カサンドラに)

 どうか、お願いします。

 私の人生にかかわることなのです。

カサンドラ よく決心したわね。

 賢明な選択だと思うわ、アウローラ。

アウローラ (公爵がいるのに気づく)

 あそこに公爵が…

カサンドラ (公爵に)

 眠れないのですか、公爵様?

公爵 国を治める者として、

 留守の間にやり残した仕事を

 せねばならないのでな。

 もっとも、きみとフェデリーコは

 立派に私の代わりを務めてくれた。

 (書類を見るふりをしながら)

 この手紙には、そのことへの

 感謝の言葉が書かれているし、

 宮廷の者たちもみな、

 きみたちを賞賛しているよ。

カサンドラ そのお手柄はすべて、

 私ではなくフェデリーコのものです。

 あの方は英雄の素質を持っておられると、

 お世辞抜きで申し上げます。

 あらゆることに秀でていて、

 優雅な上に頭脳もすぐれ、

 あなたに生き写しです。

公爵 (意味ありげに)

 すべてにおいて私とそっくりだった息子を、

 きみは私と見間違えたことだろうな。

 このことについては

 いずれきみに礼をするつもりだ。

カサンドラ (あらたまった口調で)

 じつは

 アウローラからお知らせがあります。

 カルロスから結婚を申し込まれて、

 彼女もそれを望んでいるそうです。

 私からもお願い申し上げます。

公爵 彼よりもアウローラを愛している者が

 勝ったようだな。

 フェデリーコがさっき、私に彼女との結婚を

 申し込みに来たよ。

カサンドラ (耳を疑う)

 フェデリーコがアウローラを?

公爵 そうだ、カサンドラ

カサンドラ (動転して)フェデリーコが?

公爵 そうだ。

 

『復讐なき罰』12 - Las comedias de Lope de Vega

 『復讐なき罰』10 - Las comedias de Lope de Vega

*1:旧約聖書『サムエル記下』に書かれている内容を指す。ナタンはダビデに神の言葉を伝える。「見よ、わたしはあなたの家の者の中からあなたに対して悪を働く者を起こそう。あなたの目の前で妻たちを取り上げ、あなたの隣人に与える。彼はこの太陽の下であなたの妻たちと床を共にするであろう。」その後、ダビデの息子アブサロムはダビデの側女たちのところに入った。

*2:『サムエル記下』11章の内容を指す。ダビデはヘト人ウリヤの妻バト・シェバ(バテシバともいう)と床を共にし、ウリヤを戦いの最前線に出して討死させた。