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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(10/13)

 (カサンドラとルクレシアが登場。)

 

カサンドラ (ルクレシアに)

 もう戻ってきたんですって?

ルクレシア はい。

カサンドラ (落ち着かない様子で)

 こんなに早く?

ルクレシア お供の人たちを置いて、

 とんで帰ってらっしゃったんですよ。

 奥様に会うためにね。

カサンドラ (憮然として)

 そんなわけないでしょう!

 あの人に会うくらいなら、私は死んだほうがましよ。

 (ルクレシアから離れ、フェデリーコと二人だけで話す)

 フェデリーコ、

 とうとうあの人が帰ってくるのね?

フェデリーコ もう、宮殿の近くまで来ているそうです。

 妻への愛情ゆえだと思われていますよ。

カサンドラ (嘆く)もう、今までのように

 あなたと自由に会うことはできないの?

 そんなこと、耐えられないわ!

フェデリーコ (嘆く)父上のご帰還とともに、

 この愛も、息の根を止められてしまうのか!

カサンドラ フェデリーコ、

 私、頭が変になりそう。

フェデリーコ ぼくは、前から変です。

カサンドラ 私、なにも考えられないわ。

フェデリーコ ぼくは、生きた心地がしません。

カサンドラ どうすればいいの、私たち?

フェデリーコ (絶望的に)死ぬしかない。

カサンドラ ほかの方法は?

フェデリーコ ありません。

 ぼくは、あなたを失ったら

 生きる希望もないんです。

カサンドラ だから、私を死なせるってこと?

フェデリーコ (少し考えてから)

 こうしましょう。

 今からぼくはアウローラに近づいて、

 恋しているふりをします。

 そして、彼女と結婚したいと

 父上に申し出ます。

 そうすれば、父上の目をごまかせるし、

 ぼくたちの関係を噂している宮廷の人たちも、

 なにも言わなくなるでしょう。

カサンドラ (あきれて)

 ひどいことを言うのね。

 嫉妬で苦しむのだけでもいやなのに、

 その上結婚ですって?気はたしかなの?

フェデリーコ このままでは、

 二人とも危険なんです。

カサンドラ (怒る)冗談はやめて!

 私をこんな災いに巻き込んだのはあなたでしょう?

 なのに、私をもてあそぶつもり?

 そんなことをしたら、

 あなたの悪事と私の不義を

 洗いざらいぶちまけてやるわよ!

 私をばかにしないで!

フェデリーコ (なだめながら)どうか…

カサンドラ なにも聞きたくないわ。

フェデリーコ (周囲をうかがって)

 人に聞かれたらどうするんです?

カサンドラ かまうもんですか。

 公爵に何べんでも殺されてやるわ。

 だけど、結婚だけはしちゃだめ!

 

 (フローロ、フェーボ、リカルド、アルバーノ、ルシンドが登場。その後に、華麗な軍服を着た公爵が登場。)

 

リカルド もう、皆様がお待ちですよ。

公爵 はやる私の思いの方が、先に到着していたようだな。

カサンドラ (公爵に向かって、とげとげしく)

 こんなに早く戻られるなんて、

 少し非常識なのではありませんか?

フェデリーコ (とりなすように)

 カサンドラ様がご機嫌を損じておられるのは

 私のせいなのです。

公爵 (満面の笑みを浮かべて、フェデリーコに)

 息子よ、父親の愛情というものは、

 同じ血を受け継いでいる者に惜しみなく注がれ、

 家へ向かう足取りも軽くするものだ。

 任務の疲れも、

 愛しい我が子に会うことに比べれば、

 たいしたことではない。

 まして、私はおまえに再会する日を

 待ち焦がれていたのだから。

 (カサンドラに)

 カサンドラ

 私はきみたち二人に、同じだけの愛情を抱いている。

 フェデリーコへの愛情と同じだからといって、

 きみが軽んじられているとは考えないでくれ。

カサンドラ (やや落ち着き)

 あなたの血筋とフェデリーコの美徳は

 尊敬に値するものですわ。

 フェデリーコがあなたの美質を受け継いでいることを

 ありがたく思っております。

公爵 きみも、フェデリーコも、

 じゅうぶんに私の愛にこたえてくれた。

 きみたちにはとても感謝しているし、

 できる限り、それに報いたいと思っている。

 私がいない間、

 フェデリーコはフェラーラを見事に統治し、

 だれひとり、不満を言う者はいなかったそうだな。

 (フェデリーコに)

 戦場にいた私も、心に思い描いていたよ。

 おまえがその思慮深さで

 完璧に任務を遂行している姿をな。

 (皆に向かって)

 神のご加護により、

 ローマ教皇に歯向かった敵どもは、

 私の剣を前にして

 教皇の威光を感じ取り、

 臆病にも逃げ去った。

 私はスペインのトラヤヌス帝のごとく*1

 ローマに迎えられ、

 勝利の凱旋をして

 月桂冠を頭上に戴き、

 教皇の御手に接吻したのだ。

 

 (間。)

 

 かくなる上は、私はこれまでの悪習を改め、

 美徳を旨とする生活に切り替えようと思う。

 今や私の名は高まっているし、

 いずれは詩に詠まれることもあるだろう。

 そういう立場の人間が、

 たとえ世間で重んじられていても、

 悪徳で名を挙げるようになっては

 よろしくないだろうからな。

リカルド アウローラ様とカルロス様がお見えになりました。

 

 (アウローラとゴンサーガ侯爵が登場。)

 

アウローラ 公爵、お帰りなさいませ。

 お待ちしておりました。(公爵と抱擁を交わす。)

侯爵 私からも、心からのご挨拶を申し上げます。

公爵 (侯爵と抱擁する。)温かい言葉に感謝するよ。

 長く家を空けていたことは

 すまないと思っているが、

 今日、こうしてきみたちとの

 愛に満ちた絆を確認できたのは

 とても嬉しい。

 (その場にいる全員に向かって)

 さて、それでは私は

 旅の疲れもあるので、少し休ませてもらう。

 祝いの宴を開くのは、その後にしよう。

フェデリーコ 父上に神のご加護がありますよう。

 

 (バティンとリカルド以外の人物たちは、公爵とともに退場。)

 

バティン よう、リカルド!

リカルド バティン!

 

 (二人は抱擁を交わす。)

 

バティン 戦争はどうだった?

リカルド 正義の勝利さ。

 神が我々に味方したよ。

 ロンバルディアは平定され、

 恥知らずな敵兵たちは逃亡した。

 なにしろ、教会の獅子となったあの方が

 雄たけびを上げただけで、

 やつらは震えあがって

 武器を取り落としたくらいだからな。

 公爵は、その名を

 イタリア全土にとどろかせたよ。

 ご婦人方は公爵を讃えて歌った。

 “サウルは千を討ち、ダビデは万を討った”ってね*2

 公爵はすっかり改心して

 別人のようになってしまった。

 女遊びもせず、

 贅沢な食事もせず、

 剣や盾を手にすることもなく、

 ただ、カサンドラ様のことを想っている。

 いまの公爵にとって、

 妻と息子以上に愛しい者はないんだろう。

 まるで聖人だね!

バティン (耳を疑って)

 なんだって?ほんとうか?

リカルド ほとんどの人間は、

 幸運に恵まれると

 自分が神にでもなったかのように錯覚して、

 遊びほうけたり、傲慢になったりするもんだけど、

 公爵はそうならなかった。

 むしろ謙虚になったんだ。

 栄冠には目もくれないし、

 ひるがえる勝利の旗印に

 虚栄心をくすぐられることもない。

バティン (疑わしそうに)

 どうだか?

 白と黒のぶち猫を飼っていた

 アテネの男の話を思い出すよ*3

 謙虚になったという公爵が

 そんなふうにならなきゃいいけどな!

 その男は、ぶち猫を人間の女に変えてくれと、

 ヴィーナスの祭壇に捧げものをして

 一心に祈ったんだ。

 そして、その祈りはかなえられた。

 ところがある日、

 きれいなスカートをはいて

 髪を結いあげたその女は、

 部屋の中で、一匹の動物を見つけたのさ。

 詩人みたいに

 紙の束をあさっているネズミだ。

 女はとたんに身をひるがえして

 ネズミに襲いかかった!

 猫の本性をさらけ出したわけだよ。

 本性ってやつは変わらないんだ。

 聖書の言葉を借りれば、

 それこそ「世々に限りなく」ね*4

リカルド 心配するな。

 公爵が若い頃のような生活に

 戻る心配はないよ。

 それに、お子でも生まれれば、

 小さなお手々が

 あの威厳に満ちた獅子のあごひげを

 なでるようになるだろうさ。

バティン そうなればいいけどな。

リカルド じゃあ、おれはもう行くよ。バティン。

バティン どこへ?

リカルド ファビアが待っているんだ*5

 

 (リカルド退場。書類の束を持った公爵が登場。)

 

公爵 だれか、従者はいるか?

バティン はい、ここにおります。

公爵 バティン!

バティン (ひざまずき)

 ご主人様に神のご加護がありますよう。

 ご無事のお戻りを、心よりお喜び申し上げます。

公爵 ここでなにをしていたんだ?

バティン リカルドから、ご主人様のお手柄の話を

 聞いておりました。

 あいつはたいした年代記作家ですね。

 ご主人様のことを

 イタリアのヘクトール*6のごとく語っていましたよ。

公爵 私の留守中、

 フェデリーコの統治はどうだった?

バティン ご主人様の戦場でのお手柄に

 勝るとも劣らないほど、

 見事に平和を保っておられましたよ。

公爵 カサンドラは、フェデリーコとうまくやっていたか?

バティン (やや皮肉を込めて)

 あれほど義理の息子と仲良くできるご婦人は

 見たことがありません。

 カサンドラ様は聡明でお優しい、

 聖女のような方です。

公爵 (満足そうに)

 なによりも彼女に感謝したいのは、

 息子と良い関係をもってくれたことだ。

 フェデリーコこそ、私が最も愛し、

 大切に思っている人間なのだから。

 私は悲しみに沈んでいる息子を置いて

 戦いに出発してしまった。

 だから、カサンドラ

 思慮深くふるまって、

 フェデリーコと平和な友情を

 築いていることは、

 この上なく喜ばしいのだ。

 これこそ私が切望し、

 神に嘆願していることなのだから。

 これで我が家は、二つの勝利を得たことになる。

 私が戦場で得た勝利と、

 美しいカサンドラがフェデリーコに対して得た勝利だ。

 今日から私は、

 この世でカサンドラだけを

 愛していくつもりだ。

 彼女の細やかな心遣いに報いたいと思うし、

 放蕩生活をするのにも飽きたからな。

バティン (おおげさに褒めたたえる)

 これぞ、ローマの教皇様が

 起こした奇跡ですね!

 戦場へ行かれたルイス・デ・フェラーラ公爵が、

 隠修士になって戻ってこられたなんて。

 カマルドリ会のような修道会でも

 作られたらどうですか*7

公爵 この国の民にも、

 私の変化を知らしめたいものだ。

バティン それにしても、ご主人様、

 ほとんど休まれていないようですが。

公爵 宮殿の階段を昇っているときに、

 数人の者が待ち構えていて、

 私にこの書類を手渡していったのだ。

 苦情の類ではないかと思うと

 気になって休めそうにないので、

 先に目を通しておこうと思う。

 悪いが、私をしばらく独りにしておいてくれ。

 国を治める者にとっては

 これも仕事のうちだからな。

バティン 民に尽くしておられる

 ご主人様の心遣いを

 神がご覧になり、

 勝利の栄冠と、

 とこしえの栄光をお与えくださいますように。

 

 (バティン退場。)

 

公爵 (独白)さて、これから読んでみるか。

 (書類を読み始める)

 “ご主人様、私は

 宮殿の庭園で働くエスタシオという者です。

 草花を育てる技を学んだほか、

 六人の子どもたちをも育ててきました。

 上の子ども二人に、どうか…”

 (読むのを中断する)

 もうわかった。

 援助するには、よく吟味する必要があるな。

 (次の書類を読む)

 “ルシンダという者が申すには、

 夫のアルナルド隊長を亡くして

 寡婦となり…”

 (中断する)これも嘆願書か。

 (次の書類を読む)

 “六年前からの住人アルナルドが…”

 (中断する)これも同じ。

 (次の書類を読む)

 “盗みの罪で服役中の

 フリオ・カミーロが…”

 (中断する)これも同じ。

 (次の書類を読む)

 “やんごとなきご婦人パウラ・デ・サン・ヘルマンが…”

 (中断する)

 やんごとなきご婦人なら、なにも問題はあるまい。

 夫を世話してくれというのなら、また別だが。

 

『復讐なき罰』11 - Las comedias de Lope de Vega

 『復讐なき罰』9 - Las comedias de Lope de Vega

*1:トラヤヌス帝が当時ローマの属州であったスペインの出身であることにわざわざ言及しているのは、スペイン人の自尊心をくすぐるためであろう。

*2:旧約聖書『サムエル記上』18章7節から取られている。

*3:以下の話は、イソップの寓話に基づいていると考えられる。

*4:原文はラテン語で“in secula secularum”。「永遠に」の意。

*5:ファビアとはリカルドの恋人の名であろう。

*6:トロイアの勇将の名。

*7:カマルドリ会は、聖ロムアルドゥスによって創立されたベネディクトゥス会系の修道会。