Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(9/13)

第三幕

 

 (宮殿の中。アウローラとゴンサーガ侯爵カルロスが登場。)

 

アウローラ (興奮した様子で)本当のことなの!

侯爵 信じられない話だ。

 (辺りを見回して)

 だれかに聞かれるとまずい。

 (アウローラに)

 自分がなにを言っているか、わかっているのか?

アウローラ カルロス、私はあなたに

 これからどうすればいいか

 教えてほしいの。

 だから、こんなに重大な秘密を

 打ち明けたのよ。

侯爵 カサンドラ様とフェデリーコ伯爵が

 一緒にいるところを、

 きみはどうやって見つけたんだ?

アウローラ 聞いて。

 (言いにくそうに)

 じつは私、フェデリーコをずっと愛していたの。

 でも、いまはもう好きではないわ。

 あの人は、ギリシャユリシーズのような

 ずる賢い裏切者だったの*1

 

 (間。侯爵は困惑する。)

 

 私たちは一緒に成長し、

 自然に愛し合うようになった。

 そして、フェデリーコが

 カサンドラ様を迎えに行っていたとき、

 私は公爵と、私たちの結婚の話を進めていたの。

 私はフェデリーコの言葉を信じていたし、

 男の人は自分とつりあう身分の女性を

 妻として望むだろうと思っていたからよ。

 でも、カサンドラ様をつれて戻ってきたフェデリーコは

 すっかり悲しみに沈んでしまい、

 公爵が結婚の話を持ち出しても、

 あなたへの嫉妬を言い訳にして

 承知しようとしなかった。

 

 (間。)

 

 (気まずそうに)恋が進展しないときは

 わざと相手を嫉妬させるのが

 いいと言われているでしょう?

 だからカルロス、私は

 あなたに恋しているふりをしたの。

 でも、嫉妬させようとしても、

 フェデリーコの心はダイヤモンドみたいに固くて、

 まったく歯が立たなかった。

 愛情をなくした人に

 嫉妬させようとしても無駄なのね。

 そして、フェデリーコは、

 私を相手にしなくなってから

 急に生き生きとし始めたの。

 私は不審に思って調べてみたわ。

 嫉妬にとらわれた心は敏感なのよ。

 どんな隠し事でも見抜くほどにね。

 そして、私はその理由をつきとめた。

 

 (間。)

 

 カサンドラ様の化粧部屋は、

 同じ造りの小部屋が二つ

 向かい合わせになっていて、

 肖像画やガラスの器や鏡などが

 タペストリーのように

 ぎっしりと壁に並んでいるの。

 私は用心深く、足音を立てずに

 手前側の部屋に入ってみた。

 すると、恐ろしいものが目に入ったの!

 フェデリーコがカサンドラ様と唇を重ねている姿が

 鏡の中に映っていたのよ。

 

 (間。)

 

 私はぞっとして、

 その場から逃げ出したわ。

 そして、自分のために泣き、

 あの二人のためにも泣いたの。

 フェデリーコとカサンドラ様は、

 公爵がいない間に、

 愛と不遜な感情に身を任せ、

 恥知らずな姿を

 堂々とさらけ出していたんだから!

 あんなことができるのは、

 異教徒か、野蛮人くらいよ*2

 二人はその後もあの部屋で

 何度も抱き合っていて、

 その姿のおぞましさに、

 鏡も曇るかと思ったくらい。

 でも、私は自分の心を抑えきれずに、

 あの二人の下劣な行為の

 一部始終を見届けたわ。

 

 (間。)

 

 公爵はイタリアで戦いに勝利して、

 戻ってこられるそうよ。

 ローマ教皇の敵を敗走させた

 見事なお手柄によって

 聖なる月桂冠を戴いたんですって。

 こんな恐ろしい事態になって、

 私はどうしたらいいの?

 もっとひどいことが起きるかもしれないわ。

 カルロス、あなたが私に誓ってくれた愛の言葉は

 真心から出たものと信じていいの?

 それとも、やはりあなたもフェデリーコと同じように

 私をあざむいて、去ってしまうの?

侯爵 (力強く)アウローラ、

 人間は、死を逃れることだけはできないけれど、

 それ以外のことには打ち勝てるはずだ。

 そして、死んだのちも、

 不死鳥のように生き続けている者もいる。

 名声とともに生きる者は不死身だ。

 (少し考えて、アウローラに)

 きみは公爵に、

 結婚の許可がほしいと申し出てくれ。

 ぼくの求婚を受け入れたと言ってくれればいい。

 二人でマントヴァへ行こう。

 そうすれば、きみに危険は及ばないだろう。

 

 (間。)

 

 (公爵のことを思って)

 ねえ、アウローラ、

 虎は、自分の子どもが狩人たちにさらわれて、

 助けるすべがないとわかると、

 苦しみに耐えかねて、海に身を投げると言われているんだ。

 フェラーラのアキレス*3ともいうべき、あの偉大な公爵は、

 名誉と名声を無残に奪われたとき、

 どうなさるおつもりだろう?

 これほどの恥辱は、

 血をもって清めるしかないだろうし、

 記憶から消え去ることはないだろう。

 そうなる前に、

 あの不埒な罪を犯した二人を

 神が罰してくださることを願うよ。

 ユピテルが巨人たちを雷電で打ちすえたようにね*4

 ぼくからきみに助言できるのはこれだけだ。

アウローラ (ほっとして)

 まだ落ち着いて考えられないけど、

 あなたの求婚をつつしんでお受けするわ。

侯爵 (アウローラをいたわるように)

 きみが見たものはきっと、

 メドゥーサの鏡に映った

 キルケーのような怪物だったのさ*5

 

 (フェデリーコとバティンが登場。)

 

フェデリーコ 父上は、

 出迎えを待っていてくれなかったのか?

バティン マントヴァから戻って、

 待ち望んだ国境が見えるや否や、

 あの方は供の者たちを置いて、

 あなたへ使者を送るのも忘れ、

 馬に乗って出発してしまったんです。

 公爵はあなたに会いたくて、

 いてもたってもいられなかったのですよ。

 ほんとうはその熱意を、

 妻であるカサンドラ様に向けるべきなんでしょうが、

 あの方にとって

 息子であるあなたへの愛情にまさるものはないのです。

 公爵にとってあなたは太陽のような存在なんですよ。

 だから、四か月も日蝕が続けば、

 太陽を拝みたくて我慢できないってわけです。

 さあ、フェデリーコ様、

 皆様が到着するまでに

 戦勝記念の宴の準備をしましょう。

 まもなく、黄金の鐘の音とともに

 何千もの戦利品をぶらさげて、

 公爵の率いる軍隊が

 フェラーラ市内へ入ってくるでしょうから。

 

 (フェデリーコが、アウローラと侯爵の姿に気づく。)

 

フェデリーコ (アウローラに向かって、とがめるように)

 アウローラ、ぼくに会うときは、

 いつも侯爵と一緒にいるんだな。

アウローラ (冷ややかに)あら、そう?

フェデリーコ そんな言い方をするのか?

 ぼくは不愉快だよ。

アウローラ (皮肉を込めて)まあ、驚いた!

 カルロスの存在をあなたが気にするなんて。

 四か月間の眠りからお目覚めになったみたいね。

侯爵 (フェデリーコに向かって、慇懃無礼な態度で)

 フェデリーコ伯爵、

 今おっしゃられたような感情を

 お持ちになっているとは、

 不覚にして存じ上げませんでした。

 アウローラ様とお付き合いする上で、

 競争相手はいないと思っていましたし、

 ましてやそれがあなただとは

 想像していませんでしたから。

 しかし、あなたがお相手だとなれば、

 恋心以外のものはすべて、

 私がお譲りするべきでしょう。

 それにしても、これまであなたが

 アウローラ様と一緒におられるところを

 見たことがなかったのは不思議ですねえ。

 とはいえ、あなたがお望みとあらば

 私はいさぎよく身を引きます。

 私よりもあなたのほうが

 ずっと彼女にふさわしいのですから、

 当然のことです。

 

 (侯爵は退場。)

 

アウローラ (フェデリーコに、怒りをあらわにして)

 いったい、どういうつもりなの?

 私を愛してもいないくせに、

 あんなふうに腹を立てるなんて!

 あなたがふさぎ込むようになってから、

 私とカルロスが一緒に話しているところなんて

 何度も見ているでしょう!

 これまでずっと、

 私に目もくれず、無関心だったのに、

 私がカルロスと結婚しようと決心したとたんに

 やきもちを焼くなんて、どういうわけ?

 

 (間。フェデリーコは当惑する。)

 

 これで、わかったでしょう?

 私の結婚の邪魔はしないでちょうだい。

 それから、覚えておいてね。

 あなたの隠し事に

 加担するくらいなら

 私は死んだほうがましだと思っているんだから。

 あなたはまた、うじうじ悩んでいればいいわ!

 黙って、途方に暮れていればいいわ!

 あなたから受けた仕打ちは、

 絶対に忘れないから。

 あなたがどうなろうが、知ったことじゃないわ。

 嘘だと思ってるのね?

 おあいにくさま!

 いまさらよりを戻そうったって、手遅れよ!

 

 (アウローラは退場。)

 

バティン いったい、なにをしたんですか?

フェデリーコ 見当もつかない。

バティン (あきれ顔で)

 お二人が引き裂かれた理由に

 特別なことがないっていうなら、

 あなたはローマのティベリウス帝みたいですよ。

 そいつはね、妻を殺させておきながら、

 そのことをけろっと忘れて、

 処刑の後の食事の席で、

 妻を呼びにやったというんです*6

 もっとひどいのはメッサラというやつで、

 そいつは自分の名前まで忘れてしまったそうです。

フェデリーコ (激しく自分を恥じて)

 ぼくは、自分が人であることさえ

 思い出せなくなっているみたいだ。

バティン (皮肉っぽく)

 ある農夫はね、

 結婚して二年もたってから、

 妻に向かって

 「おまえは黒い目をしてたんだな」なんて

 言ったそうですよ!

フェデリーコ ああ、バティン!

 ぼくはどうかしている。

 自分のしでかしたことを忘れてしまうなんて。

バティン (さらに調子に乗って)

 あなたは、例のビスカヤ人みたいですね。

 知ってますか?

 そいつは、馬からくつわをはずすのを忘れて、

 そのまま放ったらかしていたんです。

 で、馬がえさを食べないもんだから、

 たてがみをなでて、馬をなだめすかして、

 しまいには病気ではないかと疑って、

 獣医を呼びに行ったわけですよ。

 獣医は、馬にくつわがはめられているのを見ると、

 ビスカヤ人を厩(うまや)の外へ追い出してから

 それを取ってやりました。

 ビスカヤ人が戻ってくると、

 えさを入れた飼い葉おけが

 影も形もなくなっているじゃありませんか。

 獣医の見事な治療のおかげで、

 馬はえさばかりか、飼い葉おけまで

 食ってしまっていたんです。

 で、そいつは言いました。

 「獣医さん、あんたはたいしたもんだ。

 人間のお医者よりずっと腕がいい。

 これからは、馬と一緒におれも診てくれよ」ってね。

 

 (間。)

 

 (挑発するように)

 で、フェデリーコ様、

 あなたの口にはめられている、

 くつわの正体はなんですか?

 私が治してあげましょうか?

 どうなさりたいんです?

 なにをためらっているんです?

フェデリーコ (嘆く)

 ああ、バティン、

 ぼくは自分のことがわからないんだ!

バティン (肩をすくめて)

 そうですか。

 だったらそのまま、

 えさも食わずに、黙っていることですね。

 

『復讐なき罰』10 - Las comedias de Lope de Vega

『復讐なき罰』8 - Las comedias de Lope de Vega

*1:ユリシーズオデュッセウスの別名。知略で名高いギリシャの英雄。

*2:フェデリーコとカサンドラは、血のつながりはないが義理の親子にあたるため、ここでは近親相姦と同等にみなされていると考えられる。

*3:アキレス(またはアキレウス)は、トロイア戦争で活躍したとされるギリシャの英雄。

*4:オウィディウス『転身物語』には、神々に敵対する巨人族ユピテル雷電で倒したという物語がある。

*5:メドゥーサは、見た者が石になるというギリシャ神話の怪物。英雄ペルセウスは鏡のように磨かれた盾に映ったメドゥーサを見ながらこれを退治したとされる。キルケーは叙事詩オデュッセイア』に登場する魔女。

*6:ティベリウス帝ではなく、妻メッサリナを殺したクラウディウス帝を指すと思われる。