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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(8/13)

『復讐なき罰』(El castigo sin venganza)

バティン (去っていく二人を目で追いながら)

 あんなに堂々と

 手をつないで行くなんて!

フェデリーコ (気に留めない様子で)

 相思相愛なんだろう。いいじゃないか。

バティン あなたがそんなことを?

フェデリーコ だったら、どう言えばいい?

バティン つがいの白鳥がいたとしましょう。

 雄は、別の雄が近づくのを嫌います。

 雌をつれて、何度でも別の池へ引っ越します。

 同じく雄鶏は、

 雌と一緒にいるところで

 よその雄鶏に出くわしますと、

 嘴でそいつの鶏冠(とさか)をつつきまわします。

 トルコの提督バルバロッハ*1みたいに

 肉垂れをふり立てて、

 嫉妬深くそいつを狙い、

 夜までかかってでも、

 倒そうとします。

 フェデリーコ様、

 あんなに好きだった人を

 侯爵がさらっていこうとしているのに、

 なんとも思わないんですか?

フェデリーコ 男を誘惑する女たちを

 懲らしめてやりたいのなら、

 好きなようにさせてやるのが一番いいのさ。

 いちいち気まぐれにつき合っていたら、

 こっちの名にも傷がつくからね。

バティン (フェデリーコの心を見透かすように)

 女性の扱い方の手引があるなら、

 写しをもらって、暗記したいもんです。

 そうじゃないでしょう、フェデリーコ様。

 失礼ですが、あなたの悩みというやつは

 どこか変ですよ。

 恋心というものは、

 水汲み車の箱みたいなもので、

 水を流したかと思えば、

 すぐに次の水を汲み上げていくんです。

 あなたは、新しい人が現れたから、

 アウローラ様への気もちを捨てたんでしょう?

 だって、前の水が残っていたら、

 新しい水を入れられませんからね。

フェデリーコ (疲れたように)

 うるさいな、バティン。

 ぼくの気もちを

 あれこれ詮索しているんだろうけど、

 ぼく自身にだってわからないんだよ。

 父上がなにをしているのか、見てきてくれ。

 ローマへ出発するのなら、

 やはりぼくも一緒に行くつもりだから。

バティン (意味ありげに)

 ばかにされる覚えはありませんよ。

 あなたの悩みがまともだと認めるほうが、

 よっぽどばかげてます。

 

 (バティン退場。)

 

フェデリーコ (独白)

 (苦悩して)

 かなわぬ恋心よ、なにを求めている?

 おまえは、容赦のないやつだ。

 ぼくにどうしろと?

 なにをさせる気だ?

 おまえは風さえも届かない高みへと飛び、

 いたずらにぼくの命を奪う。

 なぜだ?

 あてもなくさまようのはやめてくれ。

 ぼくを道連れに、死のうとしているのか?

 

(間。)

 

 どうか、ぼくを休ませてくれ。

 これほど美しい思いに、

 哀れな結末は与えないでほしい。

 ひとたび踏みにじられてしまえば、

 心はむなしく燃え上がることもないだろう。

 だが、希望を与えられれば、

 それは苦難にも耐える。

 恋する者には、どんなことも可能なのだから。

 (絶望して)

 それでも、ひと目で恋に落ちたあの人とは、

 永遠に結ばれることはない。

 

 (カサンドラ登場。)

 

カサンドラ (傍白) 私の恋心よ、おまえは

 屈辱感と復讐心のはざまで

 何度も迷いながら、

 それでも進んでいこうとするのね。

 おまえは、私の名誉を無視して、

 よからぬ希望の種をまき散らす。

 おまえは、この世にはない場所へ

 無事にたどりついたかのように、

 根を下ろしてしまう。

 不可能なものを求めても、

 幸せにはなれないっていうのに!

 公爵にないがしろにされ、

 悪の道へと傾いているおまえは、

 復讐の喜びを味わうために、

 あまりにも無謀なことを企てたわ。

 

 (間。)

 

 公爵の息子のフェデリーコは

 美しくて魅力的な人。

 復讐の片棒を担ぐのに、

 彼ほどふさわしい人はいない。

 これほど大きな罪を犯すのだから、

 あくまでも内密に事を運ばなければ。

 

 (間。)

 

 あの人は、取り乱していた。

 つのる思いを口にしそうになったとき、

 よろめいて、激しく身を震わせていた。

 男の人って、

 あんなふうに口をつぐんでしまうほうが、

 よほど大胆に思いを語っているんじゃないかしら?

 あれほどの取り乱しようを見て、

 私はなんだかとても安心したの。

 私がフェデリーコに恋したとしても、

 それは公爵に責任があるのだし、

 ほんとうの恋をしているのなら、

 裏切りにはならない。

 そう、私の心が告げているわ。

 それに、フェデリーコほど魅力的な人に

 なすすべもなく夢中になってしまうのは、

 女なら、あたりまえの事じゃないの?

 私が恋する最後の女というわけでもないし、

 最初の裏切者というわけでもないはず。

 

 (間。)

 

 かつては父親に恋をした娘たちもいたし、

 兄に恋をした妹たちもいる。

 それに比べたら、

 私は自然の掟を破ってはいないし、

 自分の血筋を忘れてもいない。

 (自らを恥じて)

 ああ、でも、悪い例を持ち出したところで、

 自分の罪の言い訳にはならないわ。

 (フェデリーコの姿を認めて)

 フェデリーコがあそこにいる!どうしよう!

 (気を落ち着かせて)

 落ち着きなさい。もう心は決まっているんでしょう?

 なにも恐れることはないわ。

フェデリーコ (傍白)

 (カサンドラの姿を認めて)あの人が来た。

 (恍惚として)

 あの人は、ぼくの命を奪う優しい抜き身の剣だ。

 なんという美しさだろう!

 この世のものとも思えない!

 

 (カサンドラがフェデリーコに近づき、フェデリーコは怯えたようにその場に立ちつくす。)

 

カサンドラ フェデリーコ、具合はどう?

フェデリーコ (暗示的に)永遠に消えない悩みのせいで、

 悪くなる一方です。

カサンドラ 悩みは、

 人の健康をそこなってしまうものよ。

 きっと、あなたは病気なんだわ。

フェデリーコ カサンドラ様、

 ぼくは、おろかな望みに執着しているんです。

 それがぼくの悩みの原因です。

 それ以上はご説明できません。

カサンドラ それは、

 私でも治すことのできるものかしら?

 だとしたら、任せてちょうだい。

 恋に関しては、私のほうがあなたよりも詳しいのよ。

フェデリーコ お任せしたい気もちはあるのですが、

 それが恐ろしくもあるのです。

カサンドラ あなたは、

 恋に悩んでいると言っていたわよね?

フェデリーコ はい。

 恋とは、むごいものです。

 ぼくを苦しめるだけでなく、

 至福の喜びをもたらします。

カサンドラ 昔から伝わっている物語を聞かせてあげる。

 恋には勇気が必要だという話なの。

 (話し始める)

 昔、アンティオコスという青年が、

 継母に恋をして、悩んだあげく

 病気になってしまったのよ*2

フェデリーコ (動揺を隠して)

 よかったですね、それで死ねたんなら。

 ぼくのほうはもっと悲惨ですよ。

カサンドラ 彼の父親は嘆き悲しみ、

 ありったけの医者を集めたけれど、

 無駄に終わったの。

 息子の病気が

 恋わずらいだということはわかっても、

 その相手がどうしてもわからなかったからよ。

 でも、ヒポクラテスやガレヌスよりも賢い

 エロストラトス*3という医師は、

 アンティオコスが許されぬ相手に

 恋しているのだと悟ったの。

 でも、心と口の間に毒をはらんでいるかのように、

 病人は口を割らなかった。

 エロストラトスは彼の脈を測りながら、

 宮廷中の女性を集めさせたのよ。

フェデリーコ それで?

 霊が話す声でも聞こえてきたんですか?

カサンドラ 継母が部屋に入ってきたとき、

 アンティオコスの脈が速くなったの。

 それで、病気の原因が継母であることが

 わかったのよ。

フェデリーコ なるほど。その人は名医ですね。

カサンドラ ええ。世間でも賞賛されているわ。

フェデリーコ それで、

 その青年は治ったんですか*4

カサンドラ (質問に答えずに)

 フェデリーコ、白状しなさい。

 あなたもこれと同じ状態なんでしょう?

 

 (間。)

 

フェデリーコ (恐る恐る尋ねる)怒っていらっしゃるのですか?

カサンドラ いいえ。

フェデリーコ それでは、

 ぼくを憐れんでいらっしゃるのですか?

カサンドラ ええ、そうよ。

フェデリーコ (カサンドラを悲し気に見つめる)

 カサンドラ様、

 ぼくは神への畏れも、

 父への畏れもなくしてしまいました。

 かなわぬ恋によって、

 これほど嘆かわしい人間になったのです。

 ぼくは自分を失い、

 あなたを失い、

 神をも失いました。

 神を失ったのは、あなたを愛してしまったからです。

 自分を失ったのは、あなたがそばにいないからです。

 あなたを失ったのは、あなたを得ることができないからです。

 あなたには、きっとわからないでしょうね。

 では、ぼくの話を聞いてください。

 ぼくがこうなってしまったのは、

 あなたのせいでもあるんです。

 それを知っていただきたいのです。

 

 (間。)

 

 自らこの世を去るのは

 最も重い罪であると言いますが、

 ぼくはあなたが原因で、

 死を望むようになりました。

 いまの自分が

 あまりに惨めだからです。

 ぼくは存在を失い、

 多くの悪に染まっています。

 昔の自分と変わったかどうかを

 確かめるために、

 迷いながらも自分自身を見つめてみましたが、

 「変わっていない」と言い切る勇気はありません。

 ですからぼくには、

 神によって生かされているという感覚がないのです。

 ぼくの命は、あなたの手の中にあります。

 ぼくとあなたは、二人とも罪を負っているのです。

 ぼくが、ぼくでなくなっているという罪です。

 自らの存在を忘れてしまったぼくは、

 自分を失い、あなたを失い、

 神をも失っているのです。

 

 (間。カサンドラは憐れみの表情でフェデリーコを見つめる。)

 

 自分を失うのはたいしたことではありません。

 あなたなしでは、どのみちぼくの命はないのですから。

 そして、あなたを失うことも、たいしたことではありません。

 ぼくの命は、あなたの中にあるのですから。

 けれど、ぼくたちの創造主である神を失ったら、

 たとえ生きていられるとしても、

 この愛以外、なにが残るというのでしょう?

 ぼくはあなたを愛しましたが、

 神は、美しいあなたを愛してはいけないと

 ぼくに命じました。

 それでもぼくはあなたを

 愛さずにいられませんでした。

 そしてぼくは、神を失いました。

 あなたによって生きることも、

 神によって生きることも、

 自分自身によって生きることもできません。

 こんな人間が、

 出口のない地獄の中で

 それでも生きながらえようだなんて、

 なんと愚かな考えでしょうか!

 ぼくたちは、これからどうすればいいのでしょう?

 神があなたを造られたから、

 ぼくはあなたと出会うことができたのに、

 ぼくはあなたが原因で神を失いました。

 あなたを愛したことで神を失い、

 あなたを得られないことで

 自分自身をも失っています。

 

 (間。)

 

 ぼくはあなたの幸せだけを願い、

 ひきかえに、数えきれないほどの不幸を背負っています。

 ぼくはあなたを愛していますが、

 あなたはぼくを愛してはいません。

 ぼくにわかるのは、

 なにを得て、なにを失ったのかということだけです。

 ぼくは自分を失い、あなたも失い、

 絶え間ない不安と戦っています。

 あなたを愛しても、そこに希望はない。

 あなたと結ばれることは決してない。

 だからぼくは自分を失い、

 あなたをも失ったのです。

 

 (間。カサンドラの心に葛藤が生じる。)

 

カサンドラ フェデリーコ、

 神のことや、あなたのお父様のことを考えると、

 私も恐ろしいの。

 神は万能の力を持っておられるし、

 公爵も人として絶大な権力を持っているんですもの。

 でも、この世で愛のあるところには

 赦(ゆる)しが見られるものよ。

 私の罪は、それほど重いものだとは思わないわ。

 罪が小さければ、

 それだけ赦しは大きいはず。

 これまでに多くの人たちが過ちをおかしてきたけれど、

 その人たちは罪ばかりを見て、

 悔い改めからは目をそらしていたのよ。

 

 (間。)

 

 フェデリーコ、

 これ以上の罪を犯さないために

 私たちにできることは、

 二人きりで会ったり、

 話したりするのを避けることだわ。

 会って話すことさえしなければ、

 焦がれ死にするか、

 恋心が冷めるか、どちらかだもの。

 お願い、あなたが私から逃げて。

 私は、あなたから逃げられるかどうかも、

 焦がれ死にできるかどうかも、

 よくわからないの。

フェデリーコ (苦悩しつつも喜びを感じて)

 カサンドラ様、

 それなら、ぼくが死にます。

 ぼくにはそれしかできませんから。

 生きることなど望みません。

 ぼくはもう、魂を失ったぬけがらです。

 あてもなく、死を求めてさまよいましょう。

 (カサンドラの前にひざまずき)

 どうか、お手に今一度、接吻させてください。

 あなたの手から、ぼくに毒を与えてください。

カサンドラ (恐ろしくなり、フェデリーコに背を向ける)

 フェデリーコ、

 それは、火の中に火薬を投げ込めというようなものよ!

 そんなことはできないわ!

 さようなら!(去ろうとする)

フェデリーコ (絶望して)

 ここまでしておいて、なぜ?

カサンドラ (動揺して)

 決心していたつもりだったの。

 でも、毒の効き目は早いのよ。

 すぐに心臓に達してしまうわ。

フェデリーコ カサンドラ様、

 あなたはセイレーンだ。

 甘い歌声でぼくを誘い出して、

 水の中に引きずり込んで、殺したんだ*5

カサンドラ (傍白)

 (動揺して)

 どうしよう!

 自分の名誉や立場のことを考えなさい!

 踏みとどまらなくちゃだめ!

フェデリーコ (傍白)

 (よろめきながら去ろうとする)

 もう、どこを歩いているのかわからない。

カサンドラ (傍白)

 だめだわ、自分を抑えられない!

フェデリーコ (傍白)

 ああ、どうしたらいい?

カサンドラ (我を失い、フェデリーコに駆け寄る)

 あなたが好きよ。死んでしまいそうなほど好き。

フェデリーコ ぼくは、もう死んでる。

カサンドラ あなたのせいで破滅しそうだわ。

フェデリーコ それでも、ぼくは嬉しいんです。

 死んであなたを失っても、

 ぼくの魂は永遠に

 あなたを愛し続けるのだから。

 

『復讐なき罰』9 - Las comedias de Lope de Vega

 『復讐なき罰』7 - Las comedias de Lope de Vega

*1:オスマン・トルコの提督。通称バルバロッサ(赤髭)。スペイン語ではバルバロッハとなる。

*2:以下に語られる物語は、プルタルコスの『対比列伝』に収められている。

*3:「エラシストラトス」の誤り。

*4:『対比列伝』によれば、アンティオコスの父は息子に妻ストラトニケを譲り、アンティオコスの病は回復したとされる。

*5:セイレーンは叙事詩オデュッセイア』に登場するギリシャ神話の海の怪物。歌の魔力で船乗りたちを惹きつけて死に至らしめる。