Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(7/13)

フェデリーコ (悩ましげに)

 インディアス*1に棲むペリカンを獲るとき、

 腕のいい狩人は、

 その巣の周りに火を放つそうです。

 すると親鳥は樹の上から降りてきて、

 巣の中の雛鳥たちを助けようと、

 くるったように羽をばたつかせます。

 炎を消そうとしたつもりが、

 かえって煽り立てる結果となり、

 親鳥は体を焼かれ、羽を失い、

 飛べなくなったことに気づかず

 野原にいるところを狩人に捕まってしまうのです。

 カサンドラ様、

 それと同じように、

 ぼくは愛の雛鳥である恋心を、

 沈黙という巣の中で守っているのに、

 愛はその羽で火を消そうとして

 むしろ煽りたて、

 恋心を助けようとしながらも、

 それを焼き尽くし、

 みずからも焼かれていくのです。

 あなたがぼくを惑わすものだから、

 ぼくは身を焦がしています。

 あなたにそそのかされても、

 ぼくは途方に暮れるだけです。

 けしかけられても、怯えるだけです。

 励まされても、取り乱すだけです。

 解き放たれても、

 よけいに、自分を縛り付けるだけです。

 導かれても、動けません。

 諭されても、なにもできません。

 なぜかわかりますか?

 あなたのおっしゃっていることは、

 あまりに危険なことだからです。

 それに比べたら、

 黙って焦がれ死にするほうが、よほど楽なんです。

 死ねば、すべてが終わるんですから。

 

 (フェデリーコ退場。)

 

カサンドラ (しばらく考え込んだ後)

 神がこの世にお造りになったものの中で、

 想像力ほど、人の心を乱すものはないわ。

 それは、炎を氷に変えることもできる。

 それは、欲望をともなって、

 戦争と平和、嵐と静けさをもたらす。

 それは人の心の似姿となって、

 真実を隠し、妄想によってあざむく。

 

 (間。)

 

 あの人の、あいまいな言葉。

 あの人の、あきらかな動揺。

 彼は私に、はっきりとした理由を言わず、

 胸騒ぎを残していった。

 私が想像したことは、

 どんな嵐よりも、私の心を混乱させる。

 胸に逆巻く激情ほど、

 手に負えないものはない。

 フェデリーコが恋しているのは、

 私なのかしら?

 そう想像してみると、

 すぐに別の思いがこう答える。

 「そんなことはありえない」と。

 私がフェラーラ公爵夫人であるのは

 逃れられない事実。

 でも、どれほど不可能なことでも、

 心の中で想像することはできるわ。

 

(間。)

 

 横暴な夫に苦しめられている上に、

 他の問題までおしよせてきて、

 頭がどうかしてしまったみたい。

 不可能なことも、簡単にできそうな気がする。

 想像力にあざむかれた私の心は、

 もう復讐を遂げたような気もちでいる。

 でも、そんなことをするのは間違っているわ。

 喜びの影には、恐ろしい罰が待っている。

 公爵は、私を斬り殺すかもしれない。

 フェデリーコはとても魅力的だけど、

 こんな愚かな情熱に身を任せるなんて

 無分別きわまりないことよ。

 ばかなことを考えるのは、もうやめましょう。

 神よ、私をお救い下さい!

 私はまだ、過ちをおかしてはいません。

 ただ、心に思っているだけです。

 思うだけで罪になるというのなら、

 名誉を完全に守れる者などこの世にいません。

 私はこれまで、

 自分の名誉を傷つけたことはないし、

 よこしまな考えを持ったこともないのです。

 いまの私も、ただ想像しているだけ。

 あなたは私のこの考えを罪だとおっしゃるでしょう。

 でも、少なくとも名誉が傷つくことはありません。

 あなたは私の心の中をご存知ですが、

 名誉にはそれができないのですから。

 

 (アウローラが登場。)

 

アウローラ ずいぶん長いこと、

 フェデリーコと話をしていらっしゃいましたね。

 彼はなんと言っていましたか?

カサンドラ (うわの空で)

 彼は、あなたの愛情に感謝していたわ。

 あの人にやきもちを焼かせないようにしてね。

 

 (カサンドラ退場。)

 

アウローラ (いらだって)

 なんて、いいかげんな返事!

 こっちは心配で、胸が張り裂けそうなのに!

 私をあれほど愛してくれていた人が、

 フェラーラ公爵の後継ぎになれるという希望を失ったことで、

 すっかり冷たくなってしまった。

 どうしてこんなことに?

 アモル(愛の神)よ、

 おまえの力で私を助けて!

 おまえは、命や名誉や心をも打ち負かすんだから。

 私を愛してくれていたフェデリーコは

 カサンドラ様を見るたびに、

 自分の不幸を思って

 悲しみにくれているの。

 でも、彼は真実を隠して、

 それを嫉妬だとごまかしている。

 

(間。)

 

 そうだわ、

 嫉妬は、眠っている恋心を目覚めさせるもの。

 彼をほんとうに嫉妬させてやればいいのよ。

 ゴンサーガ侯爵と仲良くしているところを

 見せつけてやりましょう!

 

(ルティーリオと侯爵が登場。)

 

ルティーリオ こう、つれない仕打ちを受けていては、

 あなたの愚かな希望も

 報われそうにありませんね。

侯爵 (あわててルティーリオを制する)

 声を立てるな、ルティーリオ。

 そこにアウローラがいるぞ。

ルティーリオ すっかり取り乱していますね。

 彼女の気まぐれに振り回されないように

 気をつけてくださいよ。

 

(ルティーリオ退場。)

 

侯爵 (アウローラに近づき、話しかける)

 アウローラ様、

 曙の女神であるあなたは、

 輝かしい一日の明け初め。

 私はあなたを見つめ、

 あなたに心を奪われ、

 我が身の自由を手放しました。

 苦悩が闇に沈むとき、

 太陽はあなたを遣わし、

 色とりどりの花を咲かせる。

 あなたの薔薇の唇と

 真珠の歯の間から、

 朝の光が差し込んでくる。

 マントヴァからやってきて以来、

 だれもが愛する美しいあなたに、

 私もまた心をひかれました。

 けれど、あなたを愛しても、

 迷惑に思われているような気がしてならない。

 あなたを求めつつ、

 あなたを私の闇に引き込んでいるようです。

 あなたに出会ったことは

 決して不幸ではありませんでした。

 光を拝むことは幸せなことです。

 ただ、私の愛が

 まったく報われなかったことが残念です。

 そんなわけで、

 私はここを去ることにしました。

 これが最もよい方法だと思います。

 あなたのつれなさから逃れ、

 ここから去ることによって

 私は慰めを見出すでしょう。

 奇跡が起きるかもしれないし、

 あなたが後悔しないともかぎらない。

 それでは、さようなら。

 お手に接吻させてください。

 (ひざまずく)

アウローラ 侯爵、

 ちょっと冷たくされただけで

 がっかりしてあきらめてしまうなんて、

 宮廷の粋な男性が

 することではありませんよ。

 恋というのは、

 初めからいい思いばかりできるものではないんです。

 あなたはまだ、

 ほとんど愛してもいないし、

 ほとんど傷ついてもいないじゃありませんか。

 あなたのお望みがここを去ることであるなら、

 私の望みも言わせてください。

 まだ出発はなさらないで。

侯爵 アウローラ様、

 引き留められるのは、

 かえってつらくもありますが、

 やはり嬉しいです。

 ギリシャ軍は十年の間、

 トロイアを包囲しましたし*2

 羊飼いのヤコブは、

 ラバンの美しい娘と結婚するために

 七年間待ちました*3

 あなたによって幸福になるか、不幸になるか、

 疑念と信頼の間を揺らぎながら、

 私もタンタロスのように、

 何百年でも待つことにしましょう*4

 せめて私の心に希望を持たせてくださるような

 品物をいただけると良いのですが。

アウローラ 幸せを手に入れるまでは、

 耐え忍ぶことも大事よ。

 

 (アウローラと侯爵は会話を続ける。公爵、フェデリーコ、バティンが登場。)

 

公爵 教皇庁からの手紙が届いた。

 すぐローマに来るようにとのことだ。

フェデリーコ なんのためです?

公爵 なんであろうと、すぐ出発するぞ。

フェデリーコ 父上、それは極秘の任務ですか?

 それなら詮索はいたしませんが。

公爵 私は、おまえに隠すことなど何もない。

 おそらくイタリア各地での戦争に備えて

 教皇は軍隊を準備しておられるのだろう。

 私は、教会軍の総司令官に任命されるかもしれない。

 そうなれば、資金援助も求められるだろうな。

フェデリーコ それで、私に話して下さらなかったのですね。

 お独りで行かれるつもりだったのでしょう?

 あいにくですが、私も一緒に参ります。

 だれよりも父上のお役に立てるはずです。

公爵 それはだめだ、フェデリーコ。

 この家には、私とおまえのどちらかが残らなくてはならん。

 おまえ以外に、後を任せられる者はいない。

 それが道理だし、私もそれを望んでいるのだ。

フェデリーコ 私も父上のお考えに異存はありませんが、

 行かなければ、イタリアで我々が

 評判を落とすことになりませんか?

公爵 これは統治の問題だ。

 それに私は、たとえ実の息子であろうと、

 だれも連れていくつもりはない。

フェデリーコ わかりました。父上の決定に従います。

 

 (公爵は退場。フェデリーコは物思いに沈む。)

 

バティン (フェデリーコに)

 ご主人様が公爵とお話をされている間に

 アウローラ様の様子を見ていたんですが、

 あなたには目もくれず、

 侯爵と二人だけでおしゃべりをしていましたよ。

フェデリーコ (うわの空で)侯爵と?

バティン そうですよ!

フェデリーコ それがどうかしたのか?

アウローラ (侯爵にリボンを渡して)

 では、このリボンをあなたへの最初の贈り物にするわ。

侯爵 このリボンは私の首の鎖となり、

 手の枷となるでしょう。

 私は一生、これを手放すつもりはありません。

 身に着けていてもかまいませんか?

 そうすれば、喜びも二倍に増えるので。

アウローラ (傍白)フェデリーコへの仕返しにはなるけど、

 私にとって屈辱にも思えるわ。

 (侯爵の首にリボンをつけながら)

 どうぞ、つけていてください。

 そのほうが、リボンも見栄えがしますから。

バティン (アウローラと侯爵の様子を見ながら)

 女の魔性ってのは、

 自然界の驚異ですね。

 すべての女がそうってわけじゃありませんがね。

 まあ、女が気まぐれだからこそ、

 男は女にどっぷり溺れずにすむわけです。

 あのリボンを見ましたか?

フェデリーコ リボンって?

バティン なにを呑気な!

 太陽をめぐる惑星のように、

 いとも優雅で美しい唯一の女性を

 飾っていたリボンじゃありませんか。

 今では日蝕のときみたいに、

 天竜座の尾にぶらさがっていますけどね。

 さしずめあれは、不和のリボンといったところでしょうか。

 パリスが三人の女神に差し出した、

 不和のリンゴを思い出しますよ*5

フェデリーコ 以前はそうだったけど、

 いまは違うんだ。

アウローラ (侯爵に)

 一緒に、庭へ行きましょう。

 

 (侯爵とアウローラは退場。)

 

『復讐なき罰』8 - Las comedias de Lope de Vega

『復讐なき罰』6 - Las comedias de Lope de Vega

*1:当時スペインの植民地であった中南米

*2:トロイア戦争において、ギリシャ軍が十年間トロイアを包囲したのち陥落させたことをさす。

*3:旧約聖書『創世記』におけるヤコブの物語。ヤコブは伯父ラバンの娘ラケルとの結婚を望み、その代償として七年間羊飼いとして働いた。

*4:ギリシャ神話の人物。罪を犯したために冥界の底で永遠に罰を受けているとされる。

*5:ギリシャ神話の物語。争いの女神エリスが「最も美しい者に」と記した黄金のリンゴを宴席に投げ落とし、ユノ、ミネルウァ、ヴィーナスの三人の女神がリンゴを得る権利を主張した。判定は羊飼いの青年パリスに託され、パリスはヴィーナスにリンゴを渡した。