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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(6/13)

 

 (カサンドラとアウローラが登場。)

 

カサンドラ それで、泣いているのね?

アウローラ カサンドラ様、

 フェデリーコが理由もなく、

 私を嫌って無視したりするわけは

 ないじゃありませんか。

 彼は、私がゴンサーガ侯爵に

 恋をしているっていうんです。

 私が、あのカルロスに?

 この私が?

 いつ?どうして?

 いいえ、

 私はほんとうのことを知っています。

 フェデリーコは、お父様の結婚に絶望して、

 スペインへ去ってしまおうと思っているんです。

 もともと、私とフェデリーコは

 気もちが通じ合う仲でした。

 それなのに、公爵が結婚されてから、

 フェデリーコは私を見ると不機嫌になり、

 そっぽをむいてしまうようになりました。

 以前のフェデリーコは、

 夜が明け初めるたびに

 私に会いに来てくれたのに。

 庭を歩き、泉を眺めるたびに

 私に愛をささやいてくれたのに。

 私の額や唇を、

 ジャスミンや薔薇の花にたとえて

 ほめてくれたのに。

 いつも私と一緒で、

 私なしには生きていけないくらいだったのに。

 私がそばにいてあげなかったら、

 あの人はどうやって

 ひとりで生きていくつもりなんでしょう?

 神から与えられた二人の心が

 ひとつになるように、

 私たちは大事に愛を育んできました。

 子どものころから、ずっとそうでした。

 だって私たちは、

 生まれたとき、すでに愛し合っていたんですから。

 でも、その愛ももう終わりです。

 フェデリーコは、私を見捨てるつもりなんです。

 よほど、公爵の後継者の地位を失ったことが

 悔しいんでしょう!

カサンドラ (同情して)アウローラ、

 私のせいでそんなことになってしまったのだとしたら、

 胸が痛むわ。

 でも、私がフェデリーコと話し合ってみるから、

 そんなに悩まないで。

 嫉妬心を静めるというのは

 なかなか難しいことだとは思うけど…

アウローラ 嫉妬心?

カサンドラ 彼は、カルロスに嫉妬しているのよ。

 公爵がそうおっしゃっていたわ。

アウローラ カサンドラ様、

 わかってください。

 フェデリーコが悩んでいるのは、

 恋のためでも、嫉妬のためでもないんです。

 

 (アウローラ退場。)

 

カサンドラ (フェデリーコの姿を認めて近づく)

 フェデリーコ。

フェデリーコ (カサンドラに気づき、ひざまずく)

 カサンドラ様、お手をこちらへ。

カサンドラ (よそよそしい態度を寂しく感じる)

 床にひざまずいたりして!

 そんなに自分を卑下しないで。

 でないと、閣下とでもお呼びするわよ。

フェデリーコ おやめください。

 お手に接吻しないうちは立てません。

カサンドラ こっちに来て。

 (抱擁しようとするが、フェデリーコは身を引いて逃げる)

 どうしたの?

 なぜ、そんな目で私を見るの?

 まるで怯えているみたい!

 わからないの?

 私はあなたのことが大好きなのに。

フェデリーコ (動揺して)

 ええ、

 あなたのお心が読めたので、

 その結果が、こうして顔に表れているわけです。

カサンドラ (バティンに)

 バティン、しばらく二人きりにしてくれない?

 伯爵と話したいことがあるの。

バティン (傍白)フェデリーコ様は

 こんなに取り乱しているし、

 カサンドラ様は、二人きりで話したいだなんて!

 なにが起きるんだ?

 

 (バティン退場。)

 

フェデリーコ (傍白)

 神よ!

 ぼくはいま、不死鳥のように

 燃え尽きようとしています。

 次の命を得るまで

 どうか、しばらくの猶予を*1

カサンドラ フェデリーコ、

 アウローラから話を聞いたわ。

 ゴンサーガ侯爵カルロスが

 私と一緒にこのフェラーラへやってきて以来、

 あなたは彼への嫉妬心から

 アウローラとの結婚を拒んでいるそうね。

 あなたが自分のせっかくの美点を

 台無しにしてしまっているのは残念だわ。

 むかしの賢者の言葉によれば、

 それは自信のなさと、

 他人をうらやむ心の表れなのよ。

 カルロスは、りっぱな青年ではあるけど、

 宮廷人というよりは

 軍人といったほうがいい人だわ。

 私が思うに、

 あなたがふさぎ込んでいる理由は、

 お父様である公爵が

 私と結婚したことにあるんじゃない?

 私たちの間に生まれる最初の男の子に、

 爵位の継承権を奪われるのではないかと

 心配しているんでしょう?

 だとしたら、

 あなたの不安と悩みの原因である私が言うけど、

 それは全くの見当違いよ。

 安心していいわ。

 あなたに、弟が生まれる可能性はないの。

 公爵は、ただ周りの人たちを満足させるために

 私と結婚しただけなのよ。

 公爵が私とともに過ごしたのは、

 たった一晩。

 その間に、あのいまわしい悦びを

 味わっていった。

 (こんなふうにしか、表現しようがないの。)

 でも、公爵にとっては

 一晩が何年もの時間に感じられたでしょうね。

 そして、楽しみが過ぎればすぐに

 私の腕を振り切って、

 ますます放蕩三昧の生活に戻ってしまった。

 まるで、言うことをきかない馬が

 太鼓の音に驚いて

 走り去ってしまうように。

 (下品なことは言いたくないから、

 こんな譬えを使っているのよ。)

 刺繍飾りのついた馬具を

 めちゃめちゃに引きちぎって

 あちこちにまき散らし、

 噛み砕いた轡(はみ)は

 泡とともに吐き出して、

 こっちには手綱、

 あっちには飾り結びというように、

 あらゆるものを振り捨てて、

 その馬は駆け去ってしまったのよ。

 公爵は神聖な結婚の誓いを破り、

 名誉も名声もなおざりにして、

 いかがわしい娼館へ通っているの。

 ご自分の勝利もその栄冠も、

 価値ある称号も、

 ご先祖から続いた公爵家の誉れも気に留めず、

 ご自身の健康も損なって、

 時間をむだにしながら

 夜を日にかえて、

 恥ずべき行いにふけっているのよ。

 (悲しげに)

 これでわかったでしょう?

 あなたが公爵の後継ぎになるのは確実よ。

 私、あの人は夫ではなく暴君だと、

 マントヴァにいる父に手紙で知らせようかと思っているの。

 そうすれば、この宮廷という牢獄から

 解放してもらえるかもしれないものね。

 もっとも、今の生活があまりにつらいから、

 その前に死んでしまうかもしれないけど。

 (むせび泣く)

フェデリーコ (おずおずとカサンドラに近づく)

 初めはぼくを叱っていらっしゃったのに、

 最後には泣き出されるなんて。

 それも、岩にも染み通るような悲痛なお声で。

 いったい、どうなさったのですか?

 (カサンドラと目が合う)

 ぼくのことを、暴君の息子として

 見ていらっしゃるのですね。

 でも、誤解なさらないでください。

 ぼくは、父とは違います。

 そんな非道なことはしません。

 カサンドラ様、

 ぼくの悩みの原因が

 そんな些細なことだとお考えですか?

 だとしたら、心外です。

 伯爵の地位を保つために

 領地が必要なわけではありません。

 たとえばぼくがアウローラと結婚すれば、

 彼女の領地が手に入りますし、

 隣国の君主と戦って、領地を奪い返すこともできます。

 ぼくの悩みは、損得とは関係ないのです。

 (カサンドラのけげんそうな表情を見て、次第に涙ぐむ)

 いえ、ほんとうの原因は、

 むしろもっと理屈にあわないものです。

 聞いてください。

 アモル(愛)という神がこの世で

 弓に矢をつがえて以来、

 最も悲しいものとされる人生を

 ぼくは送っているんです。

 なすすべもなく、

 ろうそくが燃え尽きるように、

 少しずつ死んでいくだけ。

 最後のロウがなくなるまで待たずに、

 いっそ命の火を吹き消して

 ひと思いに殺してくれと、

 死神にむなしく祈っている毎日です。

カサンドラ (たしなめる)

 あなたのような人が泣くのは

 みっともないわよ、フェデリーコ。

 男の人は、涙ではなく

 勇気を授かっているものでしょう?

 涙は女の特権なの。

 威勢は良くても力の弱い女たちに

 神が与えてくださったものなのよ。

 男の人が泣くことを許されるのは、

 ただ、失った名誉を回復しようとするときだけ。

 (フェデリーコをしげしげと眺めて)

 アウローラも、罪な人ねえ!

 あなたみたいに美しくて、

 頭が良くて、心もやさしくて、

 ほれぼれするような男の人を、

 こんなにやつれるほど

 嫉妬で苦しめるなんて!

フェデリーコ アウローラに恋しているのではありません。

 父に言ったことは、嘘です。

カサンドラ (驚いて)だったら、だれに?

フェデリーコ アウローラが曙の女神なら、

 その人は太陽そのものと言うべきでしょうか。

カサンドラ ほんとうに、アウローラじゃないの?

フェデリーコ ぼくの恋心は、もっと無謀なんです。

カサンドラ あなたを見て、話しかけた女の人に

 愛を告白したら

 つれなくされたとでもいうの?

 そんなこと、考えられないわ。

 まだ告白もしていないんでしょう?

 ひとりで思いをつのらせているだけでは

 恋がかなうことはないのよ、フェデリーコ。

フェデリーコ かなわぬ恋というものが

 あなたにわかればいいのに。

 ぼくは、いくら悲しんでも

 死ぬことができません。

 まるで石像です。 

 生きているのが奇跡に思えます。

 パエトンは、太陽の馬車で

 空を駆けることに挑みました。

 また、イカロスは軽い羽をロウで固めた翼で、

 空を飛ぼうとしました。

 その姿は鳥そのものに見えましたが、

 不幸にも風によって翼はばらばらに壊れ、

 彼は海の泡の中に消えていきました*2

 ベレロフォンはペガサスに乗り、

 この世界が天球の中の一点に見える場所まで

 昇って行きました*3

 ギリシャ人のシノンは、

 木馬の中に多くの兵士を潜ませて

 トロイアに持ち込み、

 街を炎上させました*4

 イアソンはアルゴスの松材と帆布を

 巧みに操って、

 大海原を初めて渡ろうとしました*5

 無謀なことをしでかしたのは、

 ぼくが初めてではありません。

カサンドラ おおげさね。

 銅像か石像の女神にでも恋したみたい。

 生身の女の人の心は、

 石ほど冷たくはないわ。

 人間の恋心というものは、

 みんな薄衣(うすぎぬ)をまとっているものなのよ。

 たとえどんなに素晴らしい人であっても、

 恋心の方から人の胸に呼びかけることはないの。

 だって、人の心は

 「私はここよ。どうぞ入ってきて」なんて

 返事をしたりはしないもの。

 だれに恋しているのか知らないけど、

 あなたの思いをその人に打ち明けてみなさい。

 ギリシャ人の描くヴィーナスが

 美しいとはいえないサテュロスやファウヌスに

 恋をしているのも、

 理由のないことではないわ*6

 天空にいる女神ディアナだって、

 人間のエンデュミオンに会うために

 銀色に光る月の輪から降り立ち、

 千回もラティモ山にやってきたのよ*7

 フェデリーコ、私の忠告をききなさい。

 どんなに守りの堅いお城でも、

 ひとつくらいは、入りやすい扉があるものなの。

 黙って恋に焦がれ死ぬより、 

 その人と話してみなさい。

 

『復讐なき罰』7 - Las comedias de Lope de Vega

 『復讐なき罰』5 - Las comedias de Lope de Vega

*1:不死鳥(フェニックス)は炎でわが身を燃やし、再びその遺灰から若い不死鳥が甦るとされている。

*2:イカロスは、オウィディウス『転身物語』の登場人物。アテネの名工ダイダロスの子。クレタ島の牢獄に閉じ込められていた時、父の作った翼を使って脱出を図ったが、太陽の近くを飛んだために翼のロウが溶けて墜落し、海中で溺死したとされている。ここでは風で翼が壊れたことになっている。

*3:ベレロフォンは、ホメロス叙事詩イリアス』に登場する英雄。有翼の馬ペガサスに乗って怪物キマイラを退治したとされる。

*4:シノンギリシャ神話の人物。トロイア戦争の最後においてわざとトロイア側の捕虜になり、木馬をトロイア城内に引き入れることに成功したとされる。

*5:イアソンはギリシャ神話の英雄で、アポロニオス『アルゴナウティカ』の主人公。黄金の羊皮(金羊毛)を手に入れるためにアルゴ船に乗って遠征した。

*6:サテュロスとファウヌスは、ともに森や山の精、もしくは牧神。山羊の脚をもち、好色な性格とされる。美術においてヴィーナスとともに描かれることもある。

*7:エンデュミオンはギリシャ神話の人物。月の女神セレネ(のちにディアナに転用される)に愛され、彼女のとりなしによって永遠に若さと美しさを保ったまま眠り続けることを許された。