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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(5/13)

『復讐なき罰』(El castigo sin venganza)

 

第二幕

 

(宮殿の中。カサンドラとルクレシアが登場。)

 

ルクレシア いまのお話には驚きました、奥方様。

カサンドラ (陰鬱な表情で)

「奥方様」なんて呼ばれても、

「ご愁傷様」って言われているような気分よ。

 卑しい人間として扱われるような

 悲しみを負わされているんだもの。

 黄金や華やかなドレスで身を飾っていても、

 夫にうとんじられているのに比べたら

 農家に嫁ぐほうがずっといいわ。

 朝、目覚めたときに

 ちゃんと夫がそばにいるのならね。

 ほんとうに、身分の低い人間に生まれたかった!

 そのほうが、私を大切に愛してくれる人を

 見つけられたでしょうから。

 貧しい家でも、王宮の寝室でも、

 愛し合っている夫婦が

 ともに夜を過ごす喜びは変わらないはずよ。

 夜明けに、金張りの天井の下で、

 ガラス窓から差し込む光に照らされるよりも、

 粗末な家の壁の割れ目から差し込む光を浴びて

 抱き合っているほうが、

 夫婦も仲睦まじく

 くつろいだ気もちでいられるに違いないわ。

 尊大な夫にさげすまれたりせず、

 夫のかたわらで喜びとともに目覚め、

 起きぬけに、近くの泉の水面に映った自分の姿を見ながら

 両手で水をすくって顔を洗う…

 ああ、すてき!

 そんな女の人は幸せでしょうね。

 それに比べてこの私は、

 フェラーラ公爵という不実な男の妻となり、

 こうして涙に暮れているのよ。

 公爵は、結婚して初めのひと月に

 たった一晩、私と夜をともにしただけで、

 その後は私の方を見ようともしないの。

 

 (間。)

 

 だけど、こんな生活を送っているからといって、

 愚痴をこぼしていても仕方がないわね。

 よく言われていることだもの、

 悪い習慣がしみこんでしまった人は、

 たとえ立場が変わっても

 行いを改めたりすることはないって。

 男なんて、朝帰りでもなんでも、

 気ままに、勝手なことをしていればいいのよ。

 それが世間では許されているんだから、

 だれにも手がつけられないわ。

 いやしくも公爵家の娘を

 妻にしておきながら、

 こんな侮辱を与えるなんて!

 それで、ただですむと思っているなら

 あの人もずいぶんばかね。

 あの人はきっと、

 ひとたび結婚してしまえば

 妻なんて家の飾りだと思って、

 広間の椅子や文机のように

 置いておけばいいと考える男の人たちと同じなのよ。

 私が、ひどいと思っているのはそこなの。

 だって、夫が良い人でいてくれてこそ、

 妻も良い人間でいられるんだもの。

 夫から大事にされていれば、

 妻はりっぱにその役目を果たすわ。

 女は椅子や机や肖像画になるために

 生まれてきたわけじゃないのよ。

 たとえ洗練された宮廷人でも

 思いやりのない男なんて、もううんざり。

 なにを考えているのかは知らないけど、

 手遅れになる前に

 なんとか手を打たなければ。

ルクレシア なんてお気の毒なことでしょう!

 奥様がそれほどないがしろにされて

 辛い思いをなさっていたなんて、

 思いもしませんでした。

 あの公爵が、

 結婚した後も夜遊びを続けて、

 奥様を愛そうともせず、

 それでいて取り澄ました態度をとっているのだとしたら、

 まったく信じ難いことです。

 その陰で奥様は、

 屈辱に耐えていらしたのですね。

 これが恋人どうしの話なら、

 嫉妬心を起こさせて

 眠っている恋心を

 目覚めさせてやることもできるんですが。

 つれない態度を見せたり、

 通りすがりの男に笑いかけたり、

 よその男を誉めたりすれば、

 恋人もさすがに

 呑気にしてはいられませんからね。

 でも相手が夫では、

 そんなこともできません。

 マントヴァのお父様に、

 手紙でこのことをお知らせしましたか?

カサンドラ いいえ、ルクレシア。

 泣くのは私だけでじゅうぶんよ。

ルクレシア (残念そうに)やはり、

 フェデリーコ伯爵と結婚されたほうが

 ずっと自然でしたし、

 理にかなっていましたよ。

 お二人が結婚すれば

 国が乱れることもなく、

 公爵の孫を後継ぎにすることができたでしょうからね。

 奥様、フェデリーコ様は

 このところ悩ましい表情をなさっていますが

 なにか、わけがあるんでしょうか。

カサンドラ あの人は私のせいで

 自分が公爵の後継ぎになれないと思って

 妬んでいるのよ。

 でも、それは見当違いだわ。

 私が後継ぎなんて、産めるわけがないもの。

 私たちは二人とも、

 不幸な運命に見舞われてしまったのね。

 

 (公爵、フェデリーコ、バティン登場。)

 

公爵 (カサンドラを見ず、フェデリーコに向かって)

 フェデリーコ、私の結婚が

 それほどまでにおまえを悲しませたのかと思うと、

 ほんとうにやりきれない。

フェデリーコ (悩ましげに)

 父上、それは思い違いです。

 私は、父上の結婚を悲しんでなどいませんし、

 父上の愛情を疑っているわけでもありません。

 おわかりでしょう?

 たとえ結婚に不満があったとしても、

 それを自分の胸に収めておくことくらいはできます。

 顔色が悪いのは、

 たしかに体調がよくないからですが、

 父上の結婚とは関係ありません。

公爵 マントヴァフェラーラの医師たちが

 おまえを詳しく診察して

 結論を下したところによると、

 このような悲しみを治すには

 結婚させるのがよいだろうとのことだ。

フェデリーコ (さらに憂鬱そうに)

 世間知らずのお嬢様ならともかく、

 私はこれでも、一人前の男ですよ。

 そんな方法が効くとは思えません。

カサンドラ (やや離れた場所で、怒りをこめて)

 公爵は、私を見ようともしない。

 人をばかにして!

 無礼にもほどがあるわ!

ルクレシア 奥様に気づかなかったんでしょう。

 仕方ありませんよ。

カサンドラ 気づかないふりをしているのなら、

 あまりにも横暴よ!

 行きましょう、ルクレシア。

 いまに見てらっしゃい!

 

 (カサンドラとルクレシア退場。)

 

公爵 ほんとうの事情はわかっているが、

 あえて言おう。

 私もおまえに結婚を勧めたいのだ。

 相手は、おまえがそう嫌っている娘でもないし、

 外国人でもないぞ。

フェデリーコ ひょっとして、アウローラですか?

公爵 (笑う)言おうとする前に、

 当てられてしまったか。

 おまえも、同じことを考えていたんだな?

 大法院の大御所たちに相談したところ、

 みな、おまえとアウローラとを結婚させれば、

 おまえも屈辱を感じなくてすむだろうと言っていたよ。

フェデリーコ あの人たちに、

 私の気もちがどこまでわかるというんですか?

 私が屈辱を感じて

 腹を立てていると勝手に推測するなんて、

 ばかげていますよ。

 私は、父上の結婚を非難したことなどありません。

 それは、彼らも知っていることです。

 私はむしろ、父上のお心が

 休まることを願っていましたから。

公爵 (愛情をこめて)もちろん、そうだろう。

 私もそう思ってきた。

 フェデリーコ、

 おまえのその素直さを知っているからこそ、

 私にはこの結婚が悔やまれてならない。

 (うなだれる)

フェデリーコ (困惑して)

 父上の結婚は当然のことなのに、

 私がそれを不満に思っているなどと考えないでください。

 お心づかいには感謝しています。

 わかりました。

 まず私が、アウローラの気もちを訊いてみます。

 その上で、私のほうからお返事を致しましょう。

 お心づかいを無視するのは罰当たりなことでしょうから、

 ご命令に従います。

公爵 アウローラの気もちは、もう確かめた。

 おまえと結婚したいそうだ。

 

 (間。)

 

フェデリーコ (考えこんで)

 実は、腑に落ちないことがあるんです。

 ゴンサーガ侯爵がアウローラを口説いていて、

 彼女のほうも、まんざらでもない様子でした。

 その後、侯爵はまだフェラーラに残っていますよね。

公爵 それがどうしたというんだ、フェデリーコ?

フェデリーコ 結婚するとなれば、

 その相手に言い寄っていた男のことは

 気になるものでしょう?

 それに、屈辱も感じますよ。

 言ってみれば、

 一度、字を書いてから消した紙に

 もう一度字を書くようなものですから。

公爵 女の気まぐれを

 いちいち気にかけていたら、きりがない。

 それこそ、生まれたときから女を人目から遠ざけて

 城の中にでも閉じ込めなければならんよ。

 どんなにきれいに磨いた鏡でも、

 覗き込めば息で曇る。

 だが、ちゃんと手入れをしておけば心配ない。

 すぐに元通りになるのだから。

フェデリーコ (皮肉に)

 さすが、父上のおっしゃることは違いますね。

 ですが、たとえば炉の中に炎が燃えさかっているときに、

 それを消そうとして、炭火に水をかけたりすれば、

 火はそれに刺激されて、よけいに燃えあがり、

 激しさを増すでしょう?

 それと同じで、

 妻に言い寄る男の情熱を

 夫が冷ましてやろうとしても、

 恋はかえって勢いづくのではありませんか?

 ですから私は、愛人の存在を恐れるのですよ。

 下手なことをすれば、

 私の名誉も評判も傷つくことになりますから。

公爵 (立腹して)ばかなことを言うな、フェデリーコ。

 それに無礼だぞ。

 アウローラを闇の女神だと言わんばかりに

 汚い言葉を並べ立てて、

 悪しざまに言うなどとは。

 (去ろうとする)

フェデリーコ (引き留めようとする)

 待ってください。

公爵 断る!

フェデリーコ 父上、どうかお待ちを!

 

 (公爵は退場。)

 

バティン (皮肉に)

 うまくご機嫌をとったもんですね!

フェデリーコ (暗い表情で)

 いいんだ。

 こうなることを望んでいたんだから。

 いっそ、不幸のどん底まで落ちていきたい。

 なんの希望もないし、

 死ぬことばかり考えている。

 もし死ねるのなら、

 千度でも生まれ変わり、

 そのたびごとに、また死んでいきたい。

 ぼくには生きる勇気もないし、

 死ぬ勇気もない。

 生きるということは、また死ぬということに等しい。

 ぼくが自殺しないでいるのは、

 この病気が死よりも強く、

 ぼくをこの世に縛り付けているからなんだ。

バティン (憐れんで)

 フェデリーコ様、

 生きたくもないし、

 死にたくもないんですって?

 まるで、ヘルマフロディトス*1みたいですね。

 あれは、男でもあり女でもあるという人間ですが、

 あなたの場合は、

 生きていながら死んでいる人のようです。

 悲しみのあまり、

 生と死との間をさまよっているんでしょうか。

 (フェデリーコの前にひざまずき)

 ねえ、フェデリーコ様、

 あなたの落ち込みようは、とても見ていられません。

 どうかその悩みの原因を教えてください。

 でなければ、いっそ私を首にしてください。

 主人に忠実に仕えたがゆえの不幸を、

 どこかで嘆くことにしますから。

 (手を差し出す。)

フェデリーコ (悲しげに)

 バティン、おまえに打ち明けられるくらいの悩みなら、

 たいした悩みではないし、

 治る見込みもあるってことだ。

 残念だけど、この悩みはぼくの理性ではどうにもならない。

 心の問題なんだ。

 慰めを求めてなにかを言っても、

 この心のうちは、

 とても言葉では言い表せない。

 ここにいるのが嫌なら

 よそへ行ってもいいよ、バティン。

 ぼくをひとりにしてくれ

 ぼくは幸せなんて、

 これっぽっちもいらない。

 

『復讐なき罰』6 - Las comedias de Lope de Vega

 『復讐なき罰』4 - Las comedias de Lope de Vega

*1:オウィディウス『変身物語』に登場する、男女両性を備えた存在。