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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(3/13)

『復讐なき罰』(El castigo sin venganza)

ルクレシア あんたは、結婚してるの?

バティン (嬉しそうに)なんで、そんなことを訊くんだ?

ルクレシア あんたが結婚してるなら、

 奥さんに訊けばいいのにと思って。

バティン 今の言葉には傷ついたな。

 おれがだれなのか、わかってるのか?

ルクレシア さあ?

バティン このバティンの名声が

 マントヴァまで届いていないなんて、

 信じられん!

ルクレシア あんたに、どんな取り柄があるの?

 世間知らずのくせに、

 自分が大物だと信じているばかな人のことを

 井の中の蛙っていうのよ。

バティン いや、そういうことじゃない。

 それに、おれは他人の名声を妬んで

 けなしたりはしない。

 さっきのは、ただの冗談だよ。

 おれは見栄っぱりでも、うぬぼれ屋でもない。

 まあ、正直なところを言えば、

 学問を知っている頭のいい人たちに

 ほめられたいとは思っているけどさ。

 だって、無知な輩の間でほめられたって、

 そんなのは名声とは言えないじゃないか。

 麦の収穫みたいなもんだよ。

 自分で種をまいて、

 自分で刈り取ってるだけだ。

カサンドラ (フェデリーコに)

 あなたに出会えて

 どんなに私が嬉しく思っているか、

 うまく言い表せないわ。

 ここへ来る前から、あなたのことを聞いてはいたけど、

 実際に会って、

 はるかに良くあなたを知ることができたと思うの。

 私の息子のフェデリーコさん。

 あなたの態度や、話し方や、人への接し方を見て、

 立派な人だということがよくわかったわ。

 寄り道をして、運が良かった!

 私の失敗のおかげで、

 あなたに早く会うことができたんだもの。

 真夜中に海で嵐にあった後、

 船長が、道しるべとなる美しい星を見つけたような気分よ。

 その夜とは私の失敗、

 その海とはあの小川、

 その船とはあの馬車、

 その船長とは私、

 その星とは、あなただったの。

 フェデリーコ伯爵、

 今から私は、あなたの母親になるわ。

 だからあなたも、

 私を母親として見てちょうだい。

 私はあなたが好きになったし、

 あなたと親子になるのは、

 とても素敵なことに思えるの。

 あなたを息子に持つことが、

 フェラーラの公爵夫人になることよりも

 嬉しく感じられるほどにね。

フェデリーコ 美しいそのお姿を見るだけで

 畏れ多く、身がすくむ思いですが、

 これほどありがたいお言葉をいただいた以上、

 お答えしないわけにはまいりません。

 私の父、フェラーラの公爵は

 私の存在を、二つに割いてしまいました。

 肉体と魂を、別々にしてしまったのです。

 けれどあなたは

 二つに分かれたこの私に

 新たな命を与えてくださることでしょう。

 私は、魂を得るために

 あなたを母として生まれ直したい。

 魂は神によって吹き込まれるものですが、

 あなたを見た時まで、

 私は自分の魂がどこにあったのか知らなかった。

 あなたはその存在を私に教え、

 私に新たな生を与えてくださいました。

 これまでの私は、魂を持っていなかった。

 私があなたから生まれたいと望むのなら、

 私は公爵とあなたとの間の

 最初の息子と言えるかもしれません。

 こんな望みは

 ただの絵空事ですか?

 そうでもないでしょう。

 だって、神の創造した炉と言われるあの太陽は、

 幾千年も昔に生まれたにもかかわらず、

 日ごとに、新しく生まれてくるのですから。

 

 (ゴンサーガ侯爵、ルティーリオ、従者たちが登場。)

 

ルティーリオ このあたりです、

 私がカサンドラ様と別れたのは。

侯爵 おまえの話では、

 見知らぬ騎士が彼女を助けてくれたそうだな。

 もしその人がいなければ、

 大変なことになっていたぞ。

ルティーリオ カサンドラ様が私に、

 離れているようお命じになったのですよ。

 あの雪のごときおみ足を

 川の冷たい水に浸して、

 真珠の飛沫(しぶき)をお上げになりたいとのご所望で。

 そういうわけで、馬車が転覆したときに

 私も全速力で馳せ参じたものの、

 あの方をお助けするのに間に合わなかったのです。

 そして、あの騎士がカサンドラ様を腕に抱えて

 馬車から救い出し、

 川岸の安全な場所へ運んだのを見届けてから、

 ご主人様へ報告しに来たというわけでして。

侯爵 空っぽの馬車があそこにある。

 川の浅瀬に乗り上げてしまったのか。

ルティーリオ (カサンドラを見つけて)

 柳の木が邪魔で

 よく見えなかったのですが、

 あそこにいらっしゃいました。

 例の騎士と、その従者たちもそばにいます。

カサンドラ (侯爵の一行を見て)

 私の連れが来たわ。

侯爵 カサンドラ様!

カサンドラ 侯爵!

侯爵 我々一同、

 大変あなた様の身を案じておりました。

 ご無事でいらっしゃったことを

 神に感謝いたします。

カサンドラ (フェデリーコを侯爵に示して)

 神だけではなく、この方にも感謝してね。

 私を腕に抱えて

 丁重に救い出してくださったのよ。

侯爵 (フェデリーコに)

 フェデリーコ伯爵ではありませんか。

 まさにあなたこそ、

 この方をお助けするのにふさわしいお人だ。

 なにしろ、カサンドラ様は

 あなたの母となられる方ですからね。

フェデリーコ (侯爵に)

 ゴンサーガ侯爵、

 それでは私はユピテルのように

 鷲に変身したいものです*1

 たとえその翼が、あの傲慢なパエトンのように

 太陽の熱に焼かれることがあろうとも*2

 私は黄金の爪でこの方を支え、

 柔らかな羽毛で包みこみ、

 空中を駆って、

 私の父である公爵の腕の中まで

 大切に送り届けてさしあげましょう。

侯爵 伯爵、この事故は

 神のご計画だったのかもしれません。

 カサンドラ様があなたに

 これほどのご恩を受けたのですから、

 いまからあなた方は、

 固い絆で結ばれるでしょう。

 そしてイタリア中の人々は、

 継母と継子という敵同士が

 互いに愛し合うさまを見届けるに違いない。

 

 (フェデリーコと侯爵は会話を続ける。)

 

カサンドラ (少し離れた場所で、ルクレシアに)

 ねえ、ルクレシア、

 あの二人が話している間に、私に教えて。

 フェデリーコのことをどう思う?

ルクレシア ご主人様、

 私の考えを正直に言ってもよろしいですか?

カサンドラ いいわ。

 だいたい、見当はついているけど。

ルクレシア それなら…

カサンドラ 言って。

ルクレシア お相手を、

 フェデリーコ様に取り換えた方がよくありません?

 あの方のほうが、お似合いですよ。

カサンドラ その通りね。

 運命って、皮肉なものだわ。

 でも、私と公爵との結婚はもう決まったことなのよ。

 なにか口実を作って

 マントヴァへ帰ったとしても、

 きっとお父様に殺される。

 そして、私はイタリア中の笑いものになるわ。

 フェデリーコと結婚はできないし、

 マントヴァへは帰れない。

 だからこのまま、フェラーラへ行かなくては。

 公爵が私を待っているんだもの。

 でも、噂で聞くところでは、

 公爵は放蕩者で、女遊びが派手らしいの。

 そのことを考えると、とても不安だわ。

侯爵 (従者たちに)さあ、みんな集まれ!

 この森での災難も解決したことだし、

 意気揚々と出発しようじゃないか。

 ルティーリオ、

 おまえは先にフェラーラへ行って、

 この喜ばしい出来事を

 公爵に伝えてくれ。

 もしかしたら、

 おまえの知らせよりも

 噂の方が先に公爵の耳に届くかもしれん。

 しかし、よい噂というのは

 それほど速くは伝わらないものだ。

 悪い噂に比べればな。

 カサンドラ様、行きましょう。

 だれか、伯爵のために馬を用意してくれ。

フローロ (叫ぶ)おーい、伯爵に馬を!

カサンドラ (フェデリーコに)

 私の馬車にお乗りになったら?フェデリーコ様。

フェデリーコ あなたがそうお命じになるのなら、

 喜んで。カサンドラ様。

 

 (侯爵がカサンドラの手を引いて退場。フェデリーコとバティンが残る。)

 

バティン お美しい方ですね、カサンドラ様は!

フェデリーコ 彼女が気に入ったかい、バティン?

バティン あの方を例えるなら、

 白ユリのよう。

 清らかな四枚の舌を

 曙の空に向けて、

 「黄金の花粉をあげるから

 朝露の真珠をちょうだい」と

 訴えていらっしゃるようです。

 あんなに愛らしい方は、見たことがありませんよ。

 ねえご主人様、

 みなさんは先に行ってしまわれましたし、

 あまりお待たせするわけにもいきませんが、

 もしお時間があるのなら、少し言いたいことが…

フェデリーコ (警戒して)

 だめだ、何も言わないでくれ。

 おまえはカンがいいから、

 見ただけでぼくの気もちを察してしまったんだろう。

 それで、なにかぼくを喜ばせるようなことを

 言うつもりだな。

バティン あなたのほうがお似合いじゃありませんか?

 あのみずみずしいカーネーションの花、

 若芽をつけた、花ざかりのオレンジの樹、

 琥珀色の砂糖菓子、

 ヴィーナスともヘレネ*3とも見まがうようなお方とは。

 世の中って、残酷なもんですね!

フェデリーコ (いたたまれずに)行こう。

 みんなに、変に思われたらまずい。

 (嘆息して)

 継母を魅力的だと思う継子なんて、

 きっと、ぼくくらいのものだろうな。

バティン 大丈夫、いまにわかりますよ。

 ちょっと親子げんかでもしてごらんなさい。

 すぐにあの人が醜く見えてきますって。

 

 (フェラーラの宮殿の広間。公爵とアウローラが登場。)

 

公爵 フェデリーコがすぐに出発したのなら、

 途中でカサンドラに会っているはずだ。

アウローラ なかなか出発しようとしなかったんです。

 あちらからの知らせを受けて、

 ようやくお迎えに行きました。

公爵 (心配そうに)あの子はなにかを悲しんでいて、

 出発する気になれなかったのじゃないか?

 フェデリーコは、私の後継ぎになれると信じていたのだろう。

 私もそうしたかったし、そうするつもりでいた。

 だから、彼がそう思ったのも当然なのだ。

 アウローラ、私はフェデリーコをこの世で最も愛し、

 大切に思っている。

 彼を裏切るようなことをしてしまったが、

 これは、私の意思によるのではない。

 家臣たちの強い勧めで、

 私はやむなくこの結婚に同意したのだ。

 そのせいで、フェデリーコを苦しめることになってしまった。

 家臣たちも、ほんとうは

 フェデリーコが後継ぎとなることを望んでいる。

 私の愛情を知ってのことなのか、

 彼ら自身のフェデリーコへの愛情によるのかは知らないがね。

 だが、そうなると私の親族たちが

 きっと爵位の継承権を主張して

 反対を唱えることになろう。

 内乱でも起きれば、

 私はそれを鎮圧しきれず、

 国内は荒れ果てるに違いない。

 戦争の原因は、きまって身内の争いだ。

 だから、私は結婚する道を選んだのだよ。

 ほかに方法がなかったのだ。

アウローラ (公爵を慰める)

 公爵のせいではありません。

 仕方のないことじゃありませんか。

 フェデリーコは頭がいいし、

 物事をわきまえていますから、

 きっと公爵のお気もちを

 理解してくれますよ。

 でも、もしひどくお悩みなのでしたら、

 私にひとつ考えがあります。

 それでフェデリーコの落胆も

 いくらか癒されるでしょうし、

 公爵も彼への愛情を

 示せるのではないかと思うのです。

 ずうずうしい申し出かもしれませんが、

 公爵はこれまで私を

 とてもかわいがってくださいましたので、

 思いきって、私の思いを言わせてください。

 偉大な公爵様、

 私はあなたの姪で、父はあなたの弟でした。

 アーモンドの若木に咲いた花を

 北風が吹き散らすように、

 まだ二十五であった父を

 無慈悲な死が連れ去ってしまいました。

 まもなく母も亡くなり、

 あなたが私をこの家で育ててくださいました。

 私にとってあなたは、

 ただひとりの愛するお父様です。

 悲しい運命に見舞われ、

 迷宮の中で途方に暮れていた私に、

 あなたはアリアドネのごとく

 黄金の糸で正しい道を示し、

 光の方へ導いてくださいました*4

 そしてあなたは私に、兄弟として、

 従兄のフェデリーコを与えてくださいました。

 私とフェデリーコは、ともに大きくなったのですが、

 誠実で頼もしいフェデリーコは、

 いつも私に優しく接してくれました。

 私は彼に素直な愛情を抱いています。

 彼も同様に、私を愛してくれています。

 私たちはふたりで同じ人生を歩んでいるのです。

 私たちは同じ掟、同じ愛情、

 同じ意思、同じ信頼で結ばれています。

 もし私たちが結婚すれば、

 この結びつきは、永遠に続くでしょう。

 私がフェデリーコのものになり、

 フェデリーコが私のものになれば、

 死でさえも

 私たちの絆を断ち切ろうなどとは思わないはずです。

 愛する父が亡くなってから、

 私に残された財産は増えています。

 イタリアじゅうを見ても、

 フェデリーコの財産や地位に見合った結婚相手は、

 私以外にそう多くはいませんし、

 私自身も、たとえ高貴な家柄の方であっても、

 スペインやフランドルの方との結婚は望んでいません。

 もし公爵が私とフェデリーコを結婚させてくだされば、

 カサンドラ様と公爵の間にお世継ぎが生まれても、

 フェデリーコが悲しむことはないでしょう。

 私が彼を守る盾となり、壁となりますから。

 いかがでしょう、私のご提案は

 公爵にとって、慰めとなりませんか?

 

『復讐なき罰』4 - Las comedias de Lope de Vega

『復讐なき罰』2 - Las comedias de Lope de Vega

*1:ユピテルギリシャローマ神話の神。鷲に変身して美少年ガニュメデスをオリュンポスへさらっていき、酌係とした。

*2:パエトン(あるいはファエトン)はギリシャ神話の太陽神の息子。父の凱旋車を駆ろうとしたが、御し方を知らずに馬が暴走して大地に被害を出したため、ユピテル雷電で打たれ殺された。

*3:ギリシャ神話中の人物。トロイア戦争を引き起こした美女として名高い。

*4:アリアドネギリシャ神話の人物。迷宮に行こうとする英雄テセウスに糸玉を与え、無事に脱出する方法を教えた。