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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(2/13)

『復讐なき罰』(El castigo sin venganza)

(森の中の小道。旅行用の優美な服を着たフェデリーコ伯爵と、バティンが登場。)

 

バティン (川を眺めているフェデリーコに)

 私には、ご主人様の態度が理解できませんよ。

 こんな柳の木の下で、のんびりとひと休みですか?

 フェデリーコ様、あなたはとても重要な仕事を

 任されているんですよ。

フェデリーコ (憂鬱そうに)

 やりたくないんだ。

 だから、そうすべきだとわかっていても、

 急ぐ気になれないし、

 熱意もわかない。

 いろいろな思いが押し寄せてきて

 やりきれなくなったので、

 連れの者たちから逃れてきた。

 独りになりたくてね。

 (柳を見上げて)

 この柳の枝でできた天蓋は、

 川のおだやかな水面(みなも)を見下ろしている。

 すみきった清流は、

 涼し気な水音をたてている。

 緑に着飾った柳は、

 枝をおろして、

 水を一杯、ごちそうになろうとしている。

 

(間。)

 

 ぼくは、自分の今の立場がいやなんだ。

 父上の結婚の話を聞かされると、つらくなる。

 てっきりぼくが後を継ぐのだと思っていたから。

 もちろん、人前では喜んでいるように見せているよ。

 そうするのが礼儀だからね。

 でも、ぼくの心は、どす黒い感情であふれている。

 マントヴァに向かっていても、

 ぼくの気もちは晴れない。

 だって、継母をつれてくるということは、

 ぼくにとって、毒を持ち帰るようなものなんだから。

 仕方のないことではあるけど…。

バティン 国内外で噂になっていた

 お父上の放蕩生活も、

 ついに美徳の足元に屈服しましたね。

 お父上も、落ち着きたくなったんでしょう。

 そのためにはね、ご主人様、

 結婚ほどいい方法はないんです。

 フランス王が家臣から贈られた、

 美しい野生馬の話をしましょうか。

 それは「白鳥」と名づけられた見事な白馬で、

 その皮膚も、豊かなたてがみも、

 雪のように真っ白でした。

 その馬が小さな頭を振ると、

 長いたてがみが

 首から足元まで落ちかかりました。

 美しい女性にもありがちなことですが、

 要するに、自然はこの野生馬に、

 美と傲慢さを与えたのです。

 気性の荒いその馬は、

 最も強くて有能なピカドール*1にさえ

 調教されることを拒み、

 彼を侮辱して楽しみました。

 この、美しくも忌まわしい生き物を見た王は

 どうしたかといいますと、

 その馬をほら穴へ投げ込むように命じました。

 穴の中には、王が飼っていた

 獰猛なライオンがいたのです。

 ライオンを見た馬は

 さすがに肝をつぶし、

 長いたてがみで全身を覆い隠そうとしました。

 たてがみは、加工したわけでもないのに

 縮れてしまいました。

 (たぶん恐怖のせいでしょうね)

 その姿はまるで、白い針の玉か、

 毛を逆立てたハリネズミ。

 こうなると、誇り高い野生馬も

 すっかり形無しです。

 毛穴という毛穴から、

 玉のような冷や汗がタラタラと流れました。

 その日から馬はすっかりおとなしくなって、

 エナーノ*2も背にのせてやるようになり、

 ピカドールをからかうこともやめましたとさ。

フェデリーコ バティン、ぼくにだってわかっているよ、

 父上のように奔放な生活を送ってきた人にとって、

 いちばんいいのは、結婚することだって。

 だけどぼくはこれまでずっと、

 愚かな期待を抱きながら生きてきたんだ。

 気がめいるのも当然だろう?

 女は、最も尊大で鼻持ちならない男でさえ、

 手なずけてしまうものだということは

 ぼくも知っている。

 そして、どんなに勇敢で誇り高い男であろうと、

 このライオンが産んだ最初の子どもには

 服従させられてしまうということもね。

 男は子どもを溺愛する。

 両腕に抱きあげ、

 そのたわいない言葉に耳を傾け、

 子どもが自分の髭を引っ張っても

 耐え忍んでみせる。

 農夫が畑の手入れに気をつかうように、

 結婚した男というものは

 自分の家族に気をつかい、

 それまでの悪い習慣を改めようと努力する。

 だけど、父上が身を落ち着けて

 女遊びをやめたところで、

 ぼくになんの得があるんだ?

 継母の産んだ息子が

 公爵の後継ぎとなれば、

 ぼくは卑しい召使となって、

 ライオンの子どもを抱く役目を押しつけられる。

 そのライオンが成長すれば

 いずれぼくは八つ裂きにされるというのに!

バティン ご主人様、

 賢明で思慮深い人間が、

 解決しようのない問題に直面したときは、

 ひたすらに耐えるのみです。

 そして、人前では明るく、

 自信に満ちているようにふるまうものです。

 嫉妬心を見せてはなりません。

 復讐してもいけません。

フェデリーコ ぼくに、継母を受け入れろっていうのか?

バティン お父上の放蕩のせいで

 あなたが迷惑をこうむるのは

 いつものことじゃないですか。

 迷惑がひとつ増えただけだと思えばいいんです。

 それに、今回の相手は高貴なご婦人なんですから。

 

 (女性たちの悲鳴が聞こえてくる。)

 

フェデリーコ なんだ?あの声は。

バティン 浅瀬のほうから聞こえてきましたよ。

フェデリーコ 女の声だった。行ってみよう。

バティン (おどおどしながら)待ってください。

フェデリーコ 臆病なやつだな。

 助けに行こうと思わないのか?

(退場)

バティン (独白)危険を避けるというのも、

 ある種の勇気ですよ。

 (呼ぶ)ルシンド!アルバーノ!フローロ!

 

 (ルシンド、アルバーノ、フローロが登場。)

 

ルシンド 伯爵のお呼びか?

アルバーノ (バティンに)フェデリーコ様はどこだ?

フローロ 馬が必要なのか?

バティン 女の悲鳴が聞こえたので、

 フェデリーコ様は愚かにも、

 そして勇敢にも、

 とびだして行かれたんだ。

 おれは後を追うから、

 おまえたちは、人を呼んできてくれ。

 (退場)

ルシンド どこへ行くんだ?待ってくれよ!

アルバーノ どうせ、冗談だろう。

フローロ おれもそう思う。

 でも、川の近くで、

 人の声が聞こえたような気もするな。

ルシンド フェデリーコ様は、

 継母を迎えに行くことに

 気が進まないようだ。

アルバーノ ああ。悲しそうな眼をしておられた。

 

 (フェデリーコが、カサンドラを腕に抱いて登場。)

 

フェデリーコ いま、そこへ下ろしてさしあげますので、

 少しの間、失礼をお許しください。

 (カサンドラを下ろす)

カサンドラ ありがとうございます。

 なんてご親切な方!

フェデリーコ 幸運でしたね。

 私はたまたま、道を外れて

 この森へ来ていたのです。

カサンドラ (ルシンドたちを見て)

 この人たちは?

フェデリーコ 私の従者たちです。

 ご心配には及びません。

 みな、あなたを助けようと思って来たのですよ。

 

(バティンが、侍女のルクレシアを腕に抱いて登場。)

 

バティン (重そうにルクレシアを運びながら)

 ねえ、なんであんたはこんなに重いんだ?

 女ってのはふつう、軽いものなのに。

ルクレシア 私をどこへ運んでくださるの?

バティン 少なくとも、

 あのいまいましい砂の上より

 安全なところへね。

 川の浅瀬に、砂がたまっていたのさ。

 こんな美しいニンフを捕まえるために

 川がわなを仕掛けて、

 馬車を転覆させたのかもな。

 おれたちが近くにいなかったら

 あぶないところだったよ。

フェデリーコ (カサンドラに)

 あの、お名前を伺ってもよろしいですか?

 失礼があってはいけないので。

カサンドラ もちろん、お答えします。

 隠す理由などありませんから。

 私はカサンドラ

 マントヴァ公爵の娘で、

 もうすぐ、フェラーラ公国の公爵夫人となります。

フェデリーコ (驚いて)

 そのような高貴な方が、

 なぜ、ひとりで旅をしていらっしゃったのですか?

カサンドラ (親しげに笑う)

 ひとりで来たわけではないわ。

 そんなこと、できるはずがないでしょう?

 この近くで、

 ゴンサーガ侯爵が待っているの。

 馬車で森の小道を走っていたとき、

 私は彼に、

 ひとりで小川を渡りたいと頼んだのよ。

 強い日差しを避けたかったし、

 川辺にはたくさん樹が生えていて、

 その木陰は涼しそうだったから。

 ところが、途中で川の水かさが増えて、

 私は不運の女神に見舞われてしまったの。

 幸運の女神ではなくてね。

 ほら、幸運の女神は、

 永遠に回る車輪を持っているでしょう?

 でも、私の馬車の車輪は

 途中で止まってしまったんですもの。

 こんどは、あなたのことを教えて。

 もちろん、あなたの示してくださった行動を見れば、

 親切で勇敢な方だということはわかるけれど、

 私だけでなく、侯爵や私の父も

 あなたに感謝を示す義務があると思うのよ。

フェデリーコ (恐縮して)

 名を名乗る前に、

 ご挨拶を申し上げねばなりません。

 どうか、お手を取らせてください。

 (カサンドラの前にひざまずく。)

カサンドラ (驚いて)

 ひざまずくなんて、おおげさね!

 なにも、そこまですることはないわ。

フェデリーコ いいえ、こうしなければならないのです。

 こうするのが当然なのです。

 私はあなたの息子なのですから。

 

 (間。)

 

カサンドラ そうだったの。

 そうと気づかないなんて、私もどうかしていたわ。

 あの危機から

 私を助けてくれるのにふさわしい人は、

 あなた以外にいないのに。

 さあ、こっちへ来て。

 (フェデリーコを抱擁しようとする。)

フェデリーコ (身を引いて)

 いえ、お手だけで結構です。

カサンドラ だめよ。

 あなたにお礼の気もちを示したいの、フェデリーコ伯爵。

フェデリーコ お気もちだけでじゅうぶんです。

 

 (フェデリーコとカサンドラは会話を続ける。)

 

バティン (ルクレシアに)

 おれたちも、運が良かったよ。

 マントヴァへ迎えに行くはずのご婦人が、

 あそこにいる方だったとは。

 ところで、もうひとつ知りたいんだが、

 あんたもやっぱり貴婦人なのか?

 だとしたらおれも、

 それにふさわしい態度をとらなきゃな。

ルクレシア 私は、子どもの頃から

 カサンドラ様に仕えてきたの。

 「私室侍女」という役目を仰せつかっているわ。

 お召し物を着せたり、脱がせたりするの。

バティン 召使いか?

ルクレシア (不機嫌に)違うわよ。

バティン それは「ほぼ召使い」っていうんだよ。

 召使いのちょっと上か、ちょっと下ってところだ。

 王侯貴族の方々は、

 あんたの言う「なんとか侍女」ってやつを

 たくさん持っているんだろうね。

 いちばん偉い侍女と、下っ端の侍女の中間にいて、

 働き者もいれば、役立たずもいる女たちをさ。

 あんたの名前は?

ルクレシア ルクレシア。

バティン ローマの?

ルクレシア もっと近くよ。

バティン ああ、よかった。

 ローマのルクレシアの物語を聞いてから、

 貞潔の強制とか、

 ばかげた用心とかで、頭が痛くなっているもんだから*3

 タルクィニウスは、あんたに会いに来たか?

ルクレシア 私に?

バティン もし、彼に会ったらどうする?

 

『復讐なき罰』3 - Las comedias de Lope de Vega

『復讐なき罰』1 - Las comedias de Lope de Vega

*1:馬上から牛を槍で突きさす闘牛士

*2:身長の低い道化

*3:ルクレシアは、ラテン語でルクレティア。ローマ王の息子セクトゥス・タルクィニウスによる陵辱を恥として、短剣で胸を突いて自殺した女性。