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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

復讐なき罰(1/13)

読む前に『復讐なき罰』について知りたい方はこちらからどうぞ。↓

 

lopedevega.hatenablog.com

 

 

登場人物

 

フェラーラの公爵

フェーボ(公爵の従者)

リカルド(公爵の従者)

シンティア(娼婦)

フェデリーコ伯爵(公爵の庶子

バティン(フェデリーコの従者)

ルシンド(従者)

アルバーノ(従者)

フローロ(従者)

カサンドラ(公爵の妻)

ルクレシア(カサンドラの侍女)

ゴンサーガ侯爵(マントヴァの貴族)

ルティーリオ(ゴンサーガ侯爵の従者)

アウローラ(公爵の姪)

 

 

 

第一幕

 

(夜。フェラーラの街角。変装した公爵、フェーボ、リカルドが登場。)

 

リカルド (公爵となにか言い合いながら笑っている)

 そいつは傑作だ!

フェーボ (公爵の変装を見て)完璧な変装ですね。

 これなら、だれもフェラーラ公爵だとは気づかないでしょう。

公爵 (大声で出さないよう合図をして)

 ほんとうに、ばれないだろうな?

リカルド (即興詩を披露する)

 化けてしまえば、やりたい放題。

 お天道さまも、われらと同類。

 夜の帳(とばり)のマントをひらり!

 これぞ、お天道さまの隠れ蓑。

 マントの模様は、お星さま。

 襟のブローチは、お月さま。

公爵 さっそくおまえの、くだらない詩か。

フェーボ こいつは、いまどきの詩人たちみたいに

 自信だけは一人前なんです。

リカルド あの連中のやっていることに比べれば、

 私の詩くらいは大目にみようとお考えになりますよ、公爵。

 私の聞いたところでは、

 月のことを「空のチーズ」と表現した詩人もいるそうですから。

公爵 はっきり言うが、

 詩学も地に堕ちたものだ。

 今の詩人は、口から色とりどりのリボンを出してみせる

 あの曲芸師と同じだ。

 小手先が器用なだけで、学識というものがない。

 だが、こんな退屈な話は今はやめておこう。

 (近くの家の窓に女性の姿を認めて)

 あそこにいる人妻、悪くないぞ。

リカルド (女性を見ながら)

 悪くないどころか、天使みたいな上物ですよ!

 でも、あの女はかなり厄介です。

公爵 なぜだ?

リカルド 亭主がそばで見張っていて、他の男を寄せ付けませんからね。

フェーボ 物陰に潜んでいるんだそうで。

公爵 (不機嫌になって)こういう所に住む連中というのは、

 まったく無慈悲だな。

フェーボ 女房に何も買ってやれないなら、

 自分の代わりに服や宝石を買ってくれるお人に

 情けくらい見せればいいのに。

 女房が死ねば、財産の半分をもらえるわけだし。

リカルド やつらに、情けなんてあるもんか。

 小賢しいことをぬかす上に、

 聞く耳をもたないときている。

公爵 あんな陰険な連中は、悪魔の親戚に違いない。

 さんざん要求をつきつけておいて、

 いざとなると、こっちの目的を阻止するんだからな。

 (別の窓にいる女性を見て、その家の扉をノックするようリカルドに合図する)

リカルド あのう、呼び出してもいいんですが、

 いろいろと事情が…

公爵 なんだ?

リカルド (いわくありげに)つまりここは、敬虔な母親が、

 ブドウとサンザシの間で

 二人の娘たちを教育してる家なんですよ*1

 娘たちは、真珠か銀かと思うほどの美人ですが。

公爵 物事は、見かけによらないものだ。

リカルド (あたりを見回しながら)

 たしか、この近くに住んでいましたよ、

 きび砂糖みたいに髪が茶色で、

 とろけるように甘い女が。

公爵 性格はどうだ?

リカルド 見た目と同じく、野性味があります。

 ただ、彼女と同居している男がいまして、

 お客が来るたびに、そいつがそばでうつむいて、

 口をモゴモゴやっているのがどうにもねえ…

フェーボ (笑う)草を食ってる牛みたいなやつだ!

リカルド (思い出したように)

 そうだ。さっきその辺りで

 我々を歓迎してくれそうな女を見かけました。

 ここの決まりを知っているとすればですが。

公爵 行ってみよう。

リカルド この時間では、無理でしょう。

 扉を開けてくれません。

公爵 無理だと?私が身分を名乗ってもか?

リカルド ああ、それでしたらもちろん…

公爵 では、呼べ。

リカルド 客を待ってるなら、二回も叩けば十分だろう。

 (扉を二回ノックする)

 

 (シンティアが、二階の窓から顔を出す。)

 

シンティア だあれ?

リカルド おれだよ。

シンティア おれって?

リカルド おまえの友だちだ、シンティア。

 扉を開けてくれ。

 公爵をつれてきたぞ。

 おれがおまえのことを、うんと誉めておいたからな。

シンティア 公爵?

リカルド 信じないのか?

シンティア 信じないわ。

 そんな偉い方が、こんな時間に

 あんたと一緒にやってきて、

 私に会おうとするなんて、ありえないもの。

リカルド おまえを立派なレディにしてやるために、

 お忍びでいらしているんだよ。

シンティア リカルド、これがひと月前なら、

 あんたが公爵をうちにつれてきたと言っても

 信じたかもしれないわ。

 だってあのお方は、若い頃から女癖が悪くて、

 その放蕩ぶりは語り草になっているほどだもの。

 気ままな生活を楽しみたいばかりに、

 これまで妻をめとることもなく、

 愛人との間にできた息子を

 自分の後継ぎにする気でいた

 (もっとも、あのフェデリーコ様は、

 立派な方だけどね。)

 これまでの公爵なら、

 私の家へ訪ねてくることもありえたでしょう。

 でも、あの方も今はご自分の立場をわきまえて、

 結婚しようとなさっている。

 そして、お相手のカサンドラ様を迎えるために

 フェデリーコ様をマントヴァへ送られた。

 婚約者がこちらへ向かっているときに、

 公爵が夜遊びなんかするはずがないでしょう?

 今ごろ、婚礼の準備をしているはずよ。

 フェデリーコ様だって、こんな時の夜遊びは

 厳しく咎められるはずだわ。

 あんたが公爵の忠実な召使なら、

 たとえお許しを得たとしても、

 主人の名誉を傷つけるような真似はしないことね。

 だって公爵はもうベッドに入って、

 お休みになっておられるんでしょうから。

 それじゃ、窓を閉めるわよ。

 どうせ私と話をするために、

 でたらめな理由を作ったんでしょう?

 さよなら。また明日ね。

 

 (シンティア退場。)

 

公爵 (リカルドに向かって、苦々しげに)

 まったく、いい家へつれてきてくれたよ!

リカルド 旦那様、私が悪いとおっしゃるんですか?

公爵 明日の夜は、おまえを使うのはやめよう。

フェーボ お望みでしたら、この扉をぶちこわしましょうか。

公爵 あんな話を聞かされるはめになるとはな!

フェーボ たしかにこれは、リカルドの失敗でした。

 ですが公爵、支配者たるものは、

 自分が愛されているのか、

 それとも恐れられているのか、

 ほんとうのところを知りたいのであれば、

 従者のおべんちゃらなどあてにせず、

 粗末な服に身を包んだり、馬車の中に身を潜ませたりして

 夜の街へくり出し、人々が自分のことをどう言っているか、

 実際に聞いてみるべきなのです。

 これは昔、ローマの皇帝たちが実践した方法ですよ。

公爵 隠れた場所で人の噂を聞いても、

 耳に入るのは、自分の悪口だけだ。

 それに、おまえは立派な人物のように言っているが、

 その皇帝たちは、学のない愚か者ばかりだ。

 民衆などというものは、

 真実をあきらかにする審判者ではない。

 気まぐれで一貫性がなく、

 理性に反した考え方をする連中だ。

 彼らが立派な意見を言っているなどと思ったら

 大まちがいだ。

 世の中に不満をもっているやつらが、

 怒りのはけ口を求めて、

 ゴシップ好きの民衆の間にデマを流す。

 あまりにもくだらない内容だから、

 真偽を確かめようとする者もいないし、

 その話が宮廷にまで伝わることもない。

 だから、彼らは好き勝手に、

 君主や貴族たちの陰口を言うのさ。

 

 (間。)

 

 たしかに、私はこれまで気ままに生きてきた。

 束縛を嫌い、妻をめとろうとしなかった。

 庶子ではあるが、フェデリーコに

 後を継がせたかったというのもある。

 しかし、今や私は、

 カサンドラを妻に迎える身だ。

 マントヴァ公は娘を送り出し、

 彼女はフェデリーコとともに

 こちらへ向かっている。

 これまでの生活については、忘れることとしよう。

 

(リカルドは、近くの家の扉に耳を当てて、なにかを聞いている。)

 

フェーボ 結婚なさるのは、よいことですよ。

リカルド (扉を指さして)

 公爵、もし興味がおありでしたら、

 この扉に耳を当ててみてください。

公爵 (いそいそと扉へ向かう)

 だれかが歌っているのか?

リカルド ええ。

公爵 ここは、だれの家だ?

リカルド 劇団の座長の家です。

フェーボ イタリアで最高のね。

公爵 イタリア人は歌がうまいが、

 芝居のほうはどうだ*2

リカルド (曖昧な態度で)

 敵と味方がいて、評価が分かれています。

 敵のほうはけなしますし、味方のほうは誉めそやします。

フェーボ まあ、すべての芝居が

 いいものだとは限りませんからね。

公爵 フェーボ、我々の結婚式のときは

 最高の部屋を準備して、

 最高の芝居を上演してくれ。

 俗っぽい芝居はおことわりだ。

フェーボ 貴族や芸術愛好家の方々に認められているものを選んで、

 上演いたしますよ。

公爵 (扉に耳を当てて)舞台の稽古をしているのか?

リカルド (扉に耳を当てて)女の声がします。

公爵 アンドレリーナかな?有名な女優だ。

 身振りも感情表現も、最高にうまいそうだ。

 

(家の中から、女性の歌声が聞こえてくる。)

 

声 物思いよ、私をそっとしておいて。

 思い出よ、もうあっちへいって。

 私のかつての栄光を、

 おまえは苦痛に変えてしまう。

 私は忘れたいの。

 思い出よ、

 私の不幸を慰めるために、

 私が手放した幸福のことを語らないで。

 それはあまりにも悲しいから。

 

 (間。)

 

公爵 すばらしい!

フェーボ 最高だ!

公爵 (不愛想に)もっと聴いていてもいいが、

 気乗りがしなくなった。

 家に帰って、寝るとしよう。

リカルド まだ十時なのに?

公爵 (独白)なにもかもが気に入らん。

リカルド (公爵に)いかがです?あれは、たいした女優ですね

公爵 彼女は、ゆゆしき事を言っていたぞ。

リカルド お気に召しませんでしたか?いったいどうして?

公爵 リカルド、おまえも知っているとおり、

 芝居というのはこの世を映す鏡のようなものだ。

 その中には、さまざまな人間たちが映っている。

 愚か者もいれば賢者もいるし、

 老人もいれば若者もいる。

 腕っぷしの強い者もいれば、

 伊達男もいる。

 国王もいれば、諸侯もいるし、

 乙女もいれば、人妻もいる。

 芝居とは、人生や名誉について語ってくれる

 見本のようなものだ。

 我々の日常のささいなことや、あるいは重大なことについて、

 嘘と真実を織り交ぜながら、

 ときに軽やかに、

 ときに悲劇的に、描き出してくれる。

 あの主演女優の台詞は、

 私のいまの立場を語っていた。

 実にはっきりと、あからさまにな。

 もうじゅうぶんだ。

 またあれを私に聴けというのか?

 よくおぼえておけ。

 権力者というものは、

 まごうことなき真実など

 求めていないのだよ。

 

(公爵、フェーボ、リカルド退場。)

 

『復讐なき罰』2 - Las comedias de Lope de Vega

*1:客の金品を巻き上げるのが目的の、いかがわしい娼館と思われる。

*2:公爵も従者たちもイタリア人という設定であるが、ロペは観客がスペイン人であることを意識して、公爵にこのような台詞を言わせている。