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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(10/12)

『バレンシアのらんちき騒ぎ』(Los locos de Valencia)

エリフィーラ 私は、こんな一大事のときに
 冗談を言ったことなんてないわ。
 あなたは、もう彼女の夫なのよ。
フロリアーノ ぼくが?そんなばかな。
エリフィーラ みんな、そう言ってるわ。
フロリアーノ ありえないよ。ぼくは、なにもしていないのに。
エリフィーラ これからするって、約束したんでしょ?
フロリアーノ 約束はしたよ。
 でも、結婚式はうそで、
 ただ、彼女を喜ばせるためだけのものなんだ。
 彼女がしつこく、ぼくのことを好きだと言うもんだから、
 みんなは、このお芝居をすることで、
 彼女の病気を治せるだろうと思っているんだ。
エリフィーラ 私にとってはそんなの、
 お芝居でもなんでもないわ。
 心は、演技なんかしないもの。
フロリアーノ ねえ、エリフィーラ、
 もし、この結婚式がほんとうなら、
 きみの代わりに、ぼくの心に
 野獣を住まわせるのにひとしい。
 ぼくは、アモルの呪いを受けるだろう。
 安らかな日々は戦乱にかわり、
 ぼくの希望の芽は、育つ前に
 風になぎ倒されるだろう。
 きみはぼくにとって、
 雲に隠れた太陽になり、
 激しい嵐が、
 ぼくときみとを遠ざけてしまうだろう。
 ぼくは、きみに囚われた奴隷なんだよ。
 なのに、どうしてきみは、
 そんなふうに考えるの?
エリフィーラ いま、はっきりわかったわ。
 フェードラはまちがいなく、あなたの妻だってね。
 ぺらぺらしゃべって、
 相手を言いくるめようとする人は、
 無垢な心なんか持っていないんだから。
 もしあなたが、この結婚式をうそだと思っているなら、
 おおげさに誓いをたてたりするはずがないわ。
 そんなことをするのは、
 これがお芝居じゃなくて、ほんとうのことだからでしょう?
 だけど、私はべつに、あなたになにかを頼むつもりはないわ。
 私たちはお互いに、貸し借りなんてないんだもの。
 お互いに、なにか相手に与えたわけでもない。
 昨日会って、今日は別れる。それだけのこと。
 あなたが、私を父の家からさらってきたわけじゃない。
 あなたが、私をここへつれてきたわけでもない。
 あなたは、私に仕えていたわけでもない。
 ましてや、私をだましたわけでもない。
 私とあなたは、互いに契約を交わしたわけでもない。
 あなたの親が、あなたの妻にしたいと私に頼んできたわけでもない。
 だれも私たちを引き合わせたり、
 引き離したりするわけじゃない。
 私があなたを、薄情だなんて言う資格はない。
 あなたが結婚するのを、じゃまする資格もない。
 でも、こんなふうにどなりちらして、
 あなたを責めたてている私もおかしいわよね。
 フロリアーノ、もう私は、
 あのときあなたに差し出した手を
 引っ込めることにするから。
フロリアーノ きみが手を引っ込めたって、
 きっと神が、ぼくに手をさしのべてくれるよ。
 ぼくたちの恋が始まってから、
 まだそれほど時が経っていないのはたしかだ。
 でも、ぼくの魂は、
 おぼろげな予感の中できみを見ていた。
 何年も会ったりしゃべったりしていても、
 互いにまったく恋を感じないこともある。
 そして、親しくなってからたったの一日で、
 ふたりが恋に落ちてしまうこともよくあるんだ。
 ぼくたちの恋が、
 星のめぐりあわせによるのだとしたら、
 ぼくたちの運命が、
 星の軌道と似ていても不思議じゃない。
 心から愛し合った二日間は、
 千年もの愛にひとしい。
 ぼくは、千年前からきみを愛してきた。
 千年間、きみを見つめてきた。
 ひと目見たときに生まれない恋は、
 よほど時間をかけないかぎり、生まれやしない。
エリフィーラ そんなごたくをならべられても、
 私はちっともうれしくないわ。
 理屈で私を丸めこもうとするのはやめて!
 私に勝ちたいなら、愛情を見せてよ。
 むなしいおしゃべりなんかより、
 誠実な心のほうがよっぽど値打ちがあるわ。
フロリアーノ だったら、ぼくの愛は絶大だよ。
 あの幸せをぼくに返してくれ、アモル!
 ぼくの魂は冷えてしまった。
 胸の炎は凍ってしまった。
 エリフィーラ、どうしてそんなに怒るのさ?
 きみがせっかく甦らせてくれたぼくの心を、
 こんなふうにまた死なせるなんて。
 ぼくはまるで凍死体だ。
 どうかきみの美しい手を、
 夫であるぼくの腕にゆだねてくれ。
 慈悲深い神は、
 もう、きみの手かせを外してくれたんだから。
 おねがいだ、ぼくの大切な人、
 もう一度、ぼくに愛情を見せてくれ。
エリフィーラ どれほど私を傷つけたか、

 まったくわかってないのね。
 もうとっくに、あなたを軽蔑してるっていうのに。
 私があなたと結婚したがってると思う?
フロリアーノ 思うよ。
 きみの冷たい態度から、そう推測してるんだ。
エリフィーラ あっちへいって!
フロリアーノ ああ、ぼくのエリフィーラ!
エリフィーラ あなたの?
フロリアーノ ぼくの心は、きみを求めているんだ。
エリフィーラ フェードラと結婚しなさいよ。
フロリアーノ ぼくが結婚したいのはきみだけだ。
 ぼくがこんなに悲しんでるのがわからないの?
エリフィーラ わからないわ。私、もうなにも感じないから。
フロリアーノ (嘆く)
 死にたい。
エリフィーラ (冷淡に)
 だからなに?
フロリアーノ なんて言い方を!
(ナイフを取り出す)
エリフィーラ ほんとに死ぬ気?
フロリアーノ きみがそれで満足するっていうんなら、
 喉をかき切ってやる!
エリフィーラ (つめたく)
 切りなさいよ。
 フェードラとの結婚に「はい」って言った、
 その舌も切っちゃいなさいよ。
フロリアーノ ぼくが、きみを裏切って、
 「はい」なんて言うわけないだろう?
 きみは、自分自身をおとしめているのがわからない?
エリフィーラ ちょっとまって。だれかが来たわ。
フロリアーノ (憂鬱そうに)
 ああ、あれはぼくの敵だ。

 

 (バレリオ登場。)

 

バレリオ 手伝いの者たちをつれてきたよ。
フロリアーノ (エリフィーラに)
 彼はきっと、きみを引き取りに来たんだ。
エリフィーラ まあ、うれしい!
フロリアーノ 行くの?
エリフィーラ もちろんよ。あなたも見てて。
バレリオ (エリフィーラに)
 ぼくは、きみを探していたんだ。
エリフィーラ あなたは、私の叔父さんの
 プレスター・ジョンから遣わされて来たのね?*1

Portrait of Prester John, King of Ethiopia, half-length with a sceptre.  1599  Engraving

(参考)ルカ・チャンベルラーノ

(かつてはアゴスティーノ・カラッチに帰属)

《エチオピアの王として表されたプレスター・ジョン》

1599年

大英博物館

 


バレリオ (フロリアーノに)
 元気かい、ベルトラン?
フロリアーノ いいや、最悪だよ。
バレリオ ぼくが、エルビラを引き取る許可を得たってことは、
 聞いてないか?
エリフィーラ (バレリオに)
 彼も、あなたを祝福してるはずよ。
フロリアーノ (皮肉に)
 それは、神もご存じの通りさ。
バレリオ (フロリアーノに)
 彼女を、ぼくの家で治療しようと思うんだ。
フロリアーノ ほんとうに、つれていくのか?
バレリオ (陽気に)
 ぼくも、一種の妄想にとりつかれたってことだよ。
 彼女がぼくの、ほんとうの親戚だという妄想にね。
 だから彼女を、こんなところには置いて行けない。
 彼女を運ぶための椅子と、担ぎ手を用意してきた。
エリフィーラ うれしいわ!
 はやく私をつれていって!
 ここで開かれるお祭りなんて、見たくないの。
 悪魔の宴みたいなんだもの。
バレリオ エルビラ、
 ぼくといっしょに来てくれるかい?
エリフィーラ もちろんよ!喜んで。
 あなたはかっこいいし、
 着ている服もおしゃれだもの。
 あなたといると、怒りを忘れてしまうわ。
 じつは、さっきまで腹が立っていたんだけど、
 あなたがとってもすてきだから、
 怒りもどこかへ消えてしまったみたい。
フロリアーノ (傍白)
 女ってのは、
 怒るとこうなるんだから!
エリフィーラ (いまいましそうに)
 今日の午後、
 ここに新婚の夫婦が来るの。
 嫉妬も、さらけ出してしまえば、
 それほど苦しいものじゃないわ。
 だれかが私の片目を傷つけようとしたら、
 私はそいつの両目を傷つけてやる。
 だれかの命を奪ってやることだって、
 自分の命を捨てることだって、
 いまの私にはできるのよ。
フロリアーノ エルビラ、
 ここから出ていきたいのなら、
 きみが怒ってもいないことに対して、
 けちをつける必要はないだろう?
 こうなったことをきみが喜んでいるなら、
 他人のことを悪く言うもんじゃないよ。
 病院はどこへも行かない。
 常にここにとどまるだろう。アーメン!
エリフィーラ (バレリオに)
 ねえ、行かないの?
バレリオ 行こう。
 椅子は、玄関のところに準備してある。
フロリアーノ (傍白)
 これ以上、なにも言わないほうがよさそうだ。
 黙って、耐え忍んでおこう。
 そうしないと、ほんとうにぼくたちはだめになってしまう。
 たとえここから出て行っても、
 すぐ彼女はそのことを悔やむはずだ。
 (エリフィーラに)
 ほんとうに行ってしまうの?
エリフィーラ ええ、もちろん。
フロリアーノ ぼくは悲しくて、混乱している。
 でも、しかたないね。
 行くなら行ってくれ。
 ぼくらが終わりを迎えなきゃならないとしても、
 それには時間が必要だ。
バレリオ それでは失礼するよ、ベルトラン。
 いまは、彼女をつれて帰る。
 あとできみたちのお祭りを見に来るよ。
エリフィーラ さよなら、ダメ男さん。
 あなたの花嫁さんに言ってあげて。
 私は安っぽい女じゃないんだってね。
フロリアーノ 天使がいないなら、
 パイで満足するのも悪くないよ。
エリフィーラ それって、フェードラのこと?
 どうぞ、そうしてよ!
 きっとあの人、浮気して、
 よその人の子どもを産むでしょうけど。
フロリアーノ そんなことを言って、後悔するよ。
 品のないお嬢さん!

 

 (エリフィーラは、何度も部屋を出たり入ったりする。)

 

エリフィーラ ふん、この女ったらし!
 女に飢えてるんでしょう!
フロリアーノ だまってろよ。
 そっちこそ、年よりの猟犬みたいに、
 しっぽを巻いて逃げ出すくせに!
エリフィーラ あなたのかわいい奥さんに、
 私からのお祝いの言葉を伝えておいてね!

 

 (エリフィーラとバレリオは退場。)

 

フロリアーノ (独白)
 行ってくれ、
 子羊みたいな、かわいいエリフィーラ。
 きみにはりっぱな番犬がついてるんだから。
 きみとの仲がこわれてしまうのがこわいから、
 ぼくは弁解しないことにした。
 きみが、後悔してくれるかどうか知りたい。
 きみがまだぼくを愛しているなら、
 その疑念や怖れは、嫉妬からきているんだ。
 疑念をもたない愛なんて、存在しない。
 ぼくは、自分の気もちを隠しておかなくてはならないんだ。
 バレリオにいやな思いをさせたくないから、
 ぼくは、この秘密を守る。
 きみはぼくを置き去りにしていったけど、
 すぐに戻ってきてくれるはずだ。
 ぼくは信じている。
 きみがあんなことをしたのは、ぼくを愛しているからだと。
 だけど、きみがどんな勝負に出るのかわからないうちは、
 ぼくのカードを見せやしないぞ。
 それに、例の結婚式がどんなものなのかを見てやらなくちゃ。

 

 (フロリアーノ退場。
  ライダ、トマス、マルティン、詩人、モルダーチョ、
  ポルトガル人のカランドリオが登場。
  彼らの後から、鞭をもったピサーノが登場。)

 

ピサーノ おれの前を歩け。
 きちんと並ぶんだ。
 おしゃべりしたり、人に迷惑をかけたりするなよ。
 見物人たちを喜ばせてやれば、
 たっぷり寄付金がもらえるからな。
トマス (びくびくしながら)
 だったら、そんなにどならないでよ。
 もっと穏やかにできない?
 鞭も、そんなに鳴らさなくていいから。
マルティン (大声で)

 どなたか、寄付をいただけませんか?
 あわれな私たちに、お慈悲をかけてくださるかたはいませんか?
詩人 ここにいる精神病患者たちに、
 寄付を下さる人はいませんか?
モルダーチョ (歌う)
 ド、ソ、ファ、ソ、レ、ミ、ソ、ファ、レ、ド。
カランドリオ (ポルトガル語で)
 彼女が親父と仲よくして、
 めでたく結婚できるよう、
 おれはすべてを整えた。
 それというのも、彼女のせいで、
 おれは狂わんばかりだからさ。
詩人 その詩は、ペトラルカの引用だな。
 オウィディウスと一致するところがかなりあるがね。
ライダ (傍白)
 すべては、私が精神病患者を演じたところから始まったんだわ。
 いまの私は、自分がふつうの人間だと言える自信がない。
 習慣っておそろしいものね!
モルダーチョ 音楽とは、
 この下界と天国との聖なる結合だ。
 この世にあるものは、すべて音楽だ。
 人間も、空も、太陽も、月も、
 惑星も、星座も、そのほかの星も。
 すべての美しいものは音楽だ。
 ド、ソ、ファ、ソ、レ、ミ、ファ、ソ、レ、ド。
カランドリオ (ポルトガル語で)
 「尻大砲(カガフォーゴ)」って呼ばれてる船を知ってるか?
 大砲を勢いよくぶっぱなすんだ。
 おれの心もあんなふうに点火され、
 ため息となって発射されるのさ。
詩人 詩でたいせつなことは、ふたつある。
 甘美であることと、有益であることだ。
 これについては、キケロが次の言葉を残している。
 「祈りとは、甘美であるだけではだめだ。
  有益であるということが重要なのだ。」とな。
ライダ ベルトランの眼はきれいなの!
 口の形もかわいいし、
 甘い言葉を語ってくれるの!
 それを聞いていると、幸せな気もちになるの!
トマス (大声で)

 あわれな私たちに、寄付をくださるかたは
 いらっしゃいませんか?

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(11/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(9/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:プレスター・ジョンは
アジア、あるいはアフリカにキリスト教国を築いたといわれる中世の伝説上の王。