Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(9/12)

ヘラルド なんてことだ!
 いったい、なにが起きたんだ?
 だれかに妖術でもかけられたのか?
フェードラ 恋は妖術じゃないわ。すてきな魔法よ。
 とても上品で美しいものなの。
 私がどんな魔法をかけられたのか知りたい?
 だったら一度、ベルトランの姿を見て。
 そうしたら叔父さんもきっと、
 私のことを、幸せな病人だと思うでしょうよ。
ライダ 私も、その人に魔法をかけられたんです。
 この胸の中をお見せできればいいんですけど。
 恋の炎が燃え尽きて、灰になってますから。
ヘラルド (バレリオに)
 バレリオくん、
 この不幸な出来事の原因が、
 ただの恋だなんて、信じられるか?
ライダ 私はトラキア*1の女王よ!
 治めている国は、ここだけど。
バレリオ やはり、
 妖術でもかけられたのでしょうね。
ヘラルド 私もそう思う。なんという悲劇だ!
 恋がひき起こしたものだとしても、
 あまりにひどすぎる。
 この病院に、ベルトランみたいな男をつれてくるなんて、
 まったく迷惑だったよ!
バレリオ こんなにはやく、
 彼への恋の症状が現れたというんですか?
ヘラルド あの二人の様子を見ればわかるだろう?
フェードラ (ライダに)
 踊りましょうよ!
 この悲しみをまぎらわせましょう。
ヘラルド どんどん、症状が悪くなっていくぞ。

 

 (フェードラとライダは踊る。)

 

ライダ (歌う)
 デリゴ、デリゴ、デリゴ…
ヘラルド (フェードラに)
 フェードラ、いったいなんのまねだ?
フェードラ (歌う)
 ケ・デリゴ・デ・カンデリゴ…
ヘラルド ああ、嘆かわしい!
 フェードラ、だれがおまえをこんなふうにしたんだ?
フェードラ (歌いながら)
 ベルトランよ、ベルトラン。わかるでしょう?
ヘラルド (怒りをあらわにして)
 そう、ベルトランだ。あの男め!
バレリオ 精神病患者が、この発作を治せるとでも?
ヘラルド フェードラ!
フェードラ (叫ぶ)
 コケコッコー!
バレリオ (ヘラルドに)
 この姿をだれかに見られる前に、
 フェードラさんを、どこかへ閉じ込めましょう。
 罰を与えられたら、この症状もおさまるかもしれません。
ヘラルド 彼女には、じゅうぶんな手当てをして、
 気もちを落ち着かせよう。
 ベルトランには、思い知らせてやる。
 こんなひどい目にあうくらいなら、
 死んだほうがましだと、やつが思うくらいにな。
バレリオ ベルトランが正気だったら、それはごもっともでしょう。
 ですが、どうか冷静に…
ヘラルド 冷静になど、なっていられるか。
 あいつがすべての原因なんだ。
 きみにもわかっただろう?
フェードラ やめて!彼を牢屋に入れたりしたら、
 私、死んでやるから!
 
 (ピサーノ、マルティン、トマスが登場。)

 

ピサーノ (ヘラルドに)
 理事長さま、
 われわれを急に呼び出したりして、どうなさったんですか?
ヘラルド ごらんのとおりだよ。ひどい事態だ。
ピサーノ フェードラさま、ここにおられたんですか?
フェードラ そうよ。だからなんだっていうの?
トマス この二人、おかしくなっちゃったみたいだ。
ライダ ベルトランにわけをきいてよ。
ヘラルド はやく、この二人に治療を受けさせなくては。
マルティン こっちは、ライダか?
ライダ なによ、このごろつき?
ピサーノ われわれの理性とは、あてにならないものですなあ!
 なにが起きたんです、理事長さま?
ヘラルド 私にはわからんよ。
 彼女たちが言うには、恋のせいらしいんだ。
ピサーノ それなら、私がその原因を取り除きましょう。
ヘラルド 頼む。
ピサーノ (マルティンとトマスに)
 ほら、この二人をつかまえろ!
トマス じっとしてなよ!
フェードラ (暴れる)
 いやだったら!
 こっちに来たら、ただじゃおかないわよ!
マルティン (ピサーノに)
 あの二人に近づくなんて、無理だよ。

 

 (大騒ぎの末、みんなでフェードラとライダをつかまえる。)

 

ヘラルド しっかりつかまえてろよ、トマス。
 (嘆く)
 ああ、これほどの苦悩がほかにあるだろうか?
バレリオ (興味がなさそうに)
 それで、ぼくの親戚の彼女は、
 いつ引き取らせてもらえるんですか?
ヘラルド 彼女たちを閉じ込め終わったら、
 きみが引き取ろうとしている患者について、
 ゆっくり話をするよ。
フェードラ はなしてよ!
マルティン うるさいな!
フェードラ ベルトランは私の夫なの!
ライダ 嘘つき!私が彼の奥さんなのよ!
バレリオ (女性たちを見ながら)
 へんなことになったなあ!
ヘラルド 恋で頭のおかしくなった人間ほど、悲惨なものはないよ。

 

第三幕

 

 (ヘラルドと、医師のベリーノが登場。)

 

ベリーノ さらに危険なのは、彼女がなにも食べないことだ。
 ヘラルド、彼女をなだめるなり、無理じいするなりして、
 最低限の食事はするようにさせたまえ。
ヘラルド ベリーノ、あの子は気がふれてしまってからというもの、
 食べることを拒否しているんだ。
 われわれが、いくら頼んでも聞き入れてくれない。
 理由は、ベルトランに会わないように、
 みんながあの子を彼から引き離したからだ。
ベリーノ とにかく、彼女は栄養失調で、顔が青白くなっている。
 アトロフィア(萎縮症)とも呼ばれる症状だ。
 空腹によって胃が衰弱し、
 手足の末端まで、身体が冷えてくる。
 少量の酢か、温めたパンなどのにおいを嗅がせてやるといい。
 それがいちばん効き目がある。
 それから、手や足の指先をお湯につけてやるんだ。
ヘラルド あの子は、自分が閉じ込められてしまったのを知って、
 ひどく落ち込んでしまった。
 死にでもしないかと心配だよ。
ベリーノ 彼女は、少し熱があるようだ。
 それから、気分も落ち込んでいる。
 この病気は、カタレプシー(強硬症)と呼ばれている。
 怒り狂ったり、精神が錯乱したりするんだ。
 古代の人々は、フェードラのかかった病気に、
 もっとふさわしい呼び名を与えた。
 エローテスという。
 これは愛のみが原因の、悲しみにおそわれるたぐいの病気だ。
 精神の錯乱は感覚を揺さぶり、
 憤怒をひき起こす。
 そして、この病にかかった者たちは幻覚を見るんだ。
ヘラルド あのいかれた男に恋したせいで、
 フェードラは幻覚を見て、死にそうになっているのか!
ベリーノ 精神錯乱とは、
 頭の近くにある皮膜の腫れによるのだと、
 ポセイドニウス*2が書いている。
 ひどい熱が出るので、暑さのあまり、
 神経をやられてしまうんだそうだ。
 治療法はいろいろある。
 しかし、こんな話を長々とされても退屈だろうから、
 単刀直入に言おう。
 きみが、あのいかれた男をフェードラから引き離しているかぎり、
 彼女はいずれ死ぬだろう。
ヘラルド それでは、ふたりを結ばせてやればいいのか?
 どうやって?
ベリーノ その男がいるところへ彼女をつれていき、
 すぐに彼と結婚させると言って、満足させてやれ。
 彼女の錯乱のもとになっている妄想は、それなんだから。
 それに、きみにだってわかっているだろう?
 女性が男性を求めるのは、
 鋳型が中身を求めるようなものだってことは。
ヘラルド これまで何度も考えてきたよ。
 あの子を正気に戻すために、
 ベルトランと、見せかけだけの結婚をさせようかとね。
ベリーノ そいつは、ガレノス*3
 アウィケンナ*4も怒らせずにすむ、
 唯一の賢明な治療法だ。
 あの、メランコリックな男を閉じ込めてはいけない。
 むしろ、気晴らしや祭りにつれ出してやれ。
 もし彼が望むなら、ワインを飲ませてやってもいい。
 酒というものは、心の中の暗闇や、
 煙幕や、霧などを取り払ってくれるのだから。
 メランコリーというのは、実際のところ、
 味気なく、冷たい気分になってしまう病気なんだ。
 今日は幼子殉教者の祝日だろう?
 バレンシアでは毎年、この病院でお祭りをやるじゃないか*5
 われわれの言葉では
 「ポラート」と呼んでいる祭りのことさ*6
 フェードラを病院の廊下までつれてきて、
 窓際に立たせておくんだ。
 おおぜいの客を見物して、彼女が楽しむようにな。
 もしきみが承知してくれるのなら、今日の午後にでも、
 彼女とベルトランの、にせの結婚式を挙げよう。
 うまくいけば、彼女の気もちを満足させ、
 正気に戻すことができるかもしれん。

cartel del porrat 2015

(参考)パオラの聖フランチェスコのポラート(アラクアス)の広告

2015年

http://www.demercadosmedievales.info/2015/festa-del-porrat-de-sant-francesc-de-paula-en-alacuas-valencia/


ヘラルド ありがたく、きみの忠告に従うよ。
 ちょっと待ってくれ。
 噂をすればオオカミだ。
ベリーノ なんだって?
ヘラルド ベルトランが来た。

 

 (フロリアーノ登場。)
 

フロリアーノ (怒った様子で)
 ぼくは、たとえ殺されたって、
 ここからは出ていかないぞ。
ヘラルド ベルトラン、どうしたんだ?
フロリアーノ 今日の午後、ほかの患者と一緒に
 中庭に出ろって言われたんだ。
 ぼくのことを、あいつらと同じように、
 いかれた人間だと思ってやがる。
 ぼくは、いたってまともだよ。
 あんたがたや、この病院のほかのだれよりも、
 知性はあるんだ。 
 じろじろ見られるようなところへ出ていくなんて、お断りだよ。
ヘラルド もっともだな。
 (部屋の外にむかって)
 おい、彼を自由にさせてやれ!
 施しを乞う者なら、じゅうぶん足りているだろう?
 彼が嫌がっているのなら、無理にさせることはない。
フロリアーノ (ベリーノにヘラルドを示して)
 この、親切な人はだれだ?
ベリーノ 忘れてしまうなんて、薄情だな。
 きみの友人だよ、ベルトラン。
フロリアーノ あんたはだれだ?
ベリーノ 私は医者だ。
フロリアーノ (うやうやしく礼をして)
 これはこれは、大先生!
 すばらしい方にお会いできて光栄です。
 ぼくは、あらゆる物事の本質、
 あらゆる種類の魂について知っておられる
 高潔な人たちが大好きなんです。
 その人たちも、ぼくの胸の中の魂までは読めないようですがね。
ベリーノ 魂とはなにか、きみにはわかるかね?
フロリアーノ 魂とは、ものごとの真髄です。
 それは、第一幕にありますね。
 完璧な美しさをもった役者も必要です*7
ベリーノ 魂の中に生じる情熱というものはわかるか?
フロリアーノ ぼくにわからないとでも?
 ぼくはそれに苦しめられているんですよ!
 ぼくの魂の中に、べつの魂があるんです。
 そいつはいつまでも、ぼくを痛めつけるんです。
ベリーノ きみの魂の中に、べつの魂があるって?
フロリアーノ ええ。魂の中の魂です。
ベリーノ 魂はどこにあるのか、知っているか?
フロリアーノ 心臓にあるという人もいますね。
 聖書の「箴言」で、
 ソロモン王がそう語っていますから。
ベリーノ なんだって?
フロリアーノ 「箴言」にはこう書かれています。
 “何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある”と。
 しかし、あなたのような偉大な医者や哲学者などによれば、
 魂は脳の中にあるのでしょう?
 そこからあらゆる感覚が生じ、
 魂から行動が導かれる。
 その力は全身にゆきわたり、
 熱を送るとともに、手足を活気づける。
 ちがいますか?
ヘラルド (ベリーノに)
 ほんとうか?
ベリーノ 驚いたな!
 この男はとても優秀な学生だったにちがいない。
 気がふれてしまっていてさえ、
 これだけまともなことを話せるんだから。
 ベルトラン!
フロリアーノ はい?
ベリーノ きみは、魂とはなにかを知っている。
 そして、きみの魂は悩み、苦しんでいる。
 その原因は、もしかすると、
 きみの魂の中にいるという、べつの魂なのかもしれない。
 だとすれば、きみを治す方法があるよ。
フロリアーノ どんな方法です?
ベリーノ あの、気の毒なフェードラさんは、
 きみへの恋わずらいで、
 すっかり精神が錯乱してしまっている。
 きみが彼女と結婚しなければ、
 彼女は死んでしまうだろう。
 ヘラルドも、私と同じ意見だ。
 そういうわけで、きみも準備してくれ。
 今日の午後、きみとフェードラさんとの
 結婚式を挙げるから。
 それは、きみにとってもよい治療となるだろう。
フロリアーノ それは、ほんとうの結婚式ですか?
 うその結婚式ですか?
ベリーノ (ヘラルドに小声で)
 どう言おうか?
ヘラルド (小声で)
 うそだと言ってくれ。
ベリーノ (フロリアーノに)
 すべてうそだよ。
 われわれは、彼女を喜ばせてやれば、それでいいんだから。
フロリアーノ わかりました。
 それなら、ぼくをひとりにしてください。
 しばらく、考えごとをしたいので。
 うまく新郎の役をつとめられるようにしますよ。
ヘラルド (ベリーノに)
 彼は頭がいいな。きっとうまくいくだろう。
 われわれも準備をしなければ。
 ベルトラン、ここにいてくれ。
 時間が来たら、きみを呼ぶから。
 行こう、ベリーノ。
フロリアーノ それでは、ここでお待ちしています。
ベリーノ 必要なものを取りそろえておこう。

 

 (ヘラルドとベリーノは退場。)

 

フロリアーノ (考えにふけりながら)
 ぼくは、今日という日がくることを恐れていた。
 ここへ来るお客たちの中に、
 ぼくを知っているやつがいるかもしれない。
 病院の人たちは、
 ぼくたちの手かせや足かせを外してくれた。
 今日はお祭りだから、
 患者は自由に行動することが許されている。
 バレンシアじゅうの人たちが、
 ここに来て、祭りを祝っていくだろう。
 だけど、こんな状況にいるぼくは、
 むしろ何重にも足かせをはめられて、
 独房に閉じこもっているほうが、
 心の平和を保っていられるにちがいない。

 

 (祭りの準備をする声や音楽が聞こえてくる。)

 

 しかし、ここはひとつ、
 ぼくの幸運に、あえて逆らってみよう。
 不幸な出来事を恐れているよりは、
 不信心なくらいのほうがいい。

 

 (エリフィーラ登場。)

 

エリフィーラ あなたを探していたのよ、
 お祝いを言おうと思って。
 それから、私自身にお悔やみを言おうと思って。
 だって、このおめでたい出来事は、
 私にとっての不幸なんだから。
フロリアーノ 冗談でも、
 そういう言葉を言われると傷つくよ。
エリフィーラ 冗談?
 私の気もちが、なにもわかってないのね。
 あなたの同意がなければ、
 こんなことになるわけないでしょう?
フロリアーノ ぼくはお芝居で、
 あの人と結婚するつもりなんだ。
 きみだって、これがお芝居だと知っているんだろう?
 怒ったふりをするのはやめてくれ。

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(10/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(8/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:現在のブルガリアを中心とする地域。古代文明が栄えた場所で、ギリシャの文献に言及されています。

*2:古代ギリシャの哲学者。

*3:ローマ帝国時代のギリシャの医学者。

*4:イブン・スィーナーのラテン名。ペルシアの哲学者・医学者。

*5:バレンシアに実在した精神病院の名は「幼子殉教者病院(el Hospital de los Inocentes)」でした。幼子殉教者とは、ヘロデ王に殺されたベツレヘムの幼子たちのことです。

*6:ポラートporratとは、聖人の祝日に行われるバレンシア地方の伝統的な祭りで、現在は主に農作物や肉の市場が開かれています。

*7:ここでは、さりげなくロペの演劇論が述べられているようです。美男のフロリアーノを演じる役者に言わせることで、説得力が増したかもしれません(笑)。