Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(8/12)

エリフィーラ それのどこが、いい知らせなのよ?
 得意そうな顔して!
ピサーノ おまえの声を聞きたいと言っていた人が嘆くぞ!
 その人はおまえを、自分の家で、
 心をこめて看病したいと言っているんだ。
エリフィーラ 大きなお世話よ!
 そんな人のところで食事をしたり、
 寝たりするなんてまっぴら。
 看病されるくらいなら、
 病気でいたほうがずっといいわ。
 ここには、ほんとうの愛があるの。
 私は、どんな健康な体よりも、この病気が好きよ。
リベルト もう行かなくては。
 (ピサーノに)
 バレンシアを発つ前に、
 もう一度きみに会いに来るよ。
フロリアーノ (傍白)
 度胸のない男には、なりたくないな。
 (リベルトのそばに行く。)
 あんたが、
 アルジェのモーロ人かだれかの
 人相書きを持っていると聞いたけど?
エリフィーラ (傍白)
 彼のそばにいたいけど、
 こわくてできないわ。
リベルト (フロリアーノに)
 見たいか?
フロリアーノ ああ、もちろん。

 

 (リベルトはフロリアーノに人相書きを見せる。)

 

リベルト ちょっと待て。折りたたんであったから…
(紙を広げて)
 さあ、これだ。
フロリアーノ (おおげさに驚いて)
 へえ!そっくりじゃないか!
 あんたに似てるわけじゃないけどね。
 ぼくはこの顔の持ち主を知ってるよ。
 どこにいるのかも、よく知ってる。
リベルト (フロリアーノを無視して)
 もう行くよ。遅くなってしまった。
フロリアーノ (リベルトに)
 教えてあげたら、ぼくになにかくれる?
ピサーノ (リベルトに)
 私も行こう。
リベルト (うんざりした様子で)
 いや、いい。
ピサーノ 待ってくれ。

 

 (ピサーノとリベルトは退場。)

 

エリフィーラ (あきれた様子で)
 あなた、ばかじゃないの?
フロリアーノ (笑って)
 エリフィーラ、心配いらないよ。
 きみさえいれば、この場所に危険なんてない。
 こんな服を着ているから、
 ばかに見えてもしかたないけど。
エリフィーラ 心臓が止まるかと思ったわ。
フロリアーノ エリフィーラ、
 ぼくも心の底では、きみと同じように感じていたんだ。
 あの人相書きに描かれていた顔は、ぼくにそっくりだった。
 それを見たときは、内心ぞっとしたよ。
エリフィーラ この状況で、よくあんなことができるわね。
フロリアーノ とにかく、もうぼくは危機を脱したんだ。
 ねえ、ぼくがどうしたいかわかる?
エリフィーラ ええ。もしそうできたら、
 私にとっても、こんなに嬉しいことはないわ。
フロリアーノ ぼくが言わなくても、
 きみの恋の本能は、
 ちゃんとぼくの気もちを察してくれる。
 きみも、そうしたいんだね?
 でも、抱いてあげるのはぼくだ。
 いまのきみには、ぼくを抱けないから。
 (エリフィーラを抱く。)

 

 (ライダ登場。)

 

ライダ (傍白)
 私のカンがあたったわ。
 こんなことだろうと思った!
 (フロリアーノに)
 その人を放しなさい、このろくでなし!
エリフィーラ (あわててフロリアーノを突き放す)
 だましたわね!私を襲うなんて!
ライダ (エリフィーラに)
 この人、あなたを襲ったの?
エリフィーラ そうよ。
フロリアーノ (うろたえながら)
 感情が高ぶって、
 ちょっと手荒なことを…
ライダ 学生だなんて、聞いてあきれるわ!
 悪魔みたいなやつね!
 この人になにをしたのよ?
 いつも、この人の後を追いかけまわして!
フロリアーノ (深く傷ついた様子で)
 ぼくを傷つけたのは、彼女のほうさ。
 心のいちばん深いところをね。
 自分のために死にそうになっている人間を裏切るなんて、
 たいしたお手柄だよ。
 いつか彼女も、
 ぼくと同じ思いを味わえばいいさ。
エリフィーラ (すまなそうにフロリアーノを見て)
 もう、味わってるわよ。
 あなたが仕返しなんかしなくたって。
ライダ (フロリアーノに)
 ベルトラン、そんなにこの人を見つめないで。
 私のほうを見て。
フロリアーノ (ライダに)
 見てるよ。
 でも、だんだん、
 きみに石を投げたくなってきた。
ライダ 私と手をつないで。
 この人の後を追いかけたりしちゃだめよ。

 

 (フロリアーノは、エリフィーラの反応を見ながら
  ライダと手をつなぐ。)

 

エリフィーラ (ライダの顔が紅潮しているのを見て)
 あーら、面白いお嬢さんね!
 いまは冬だっけ、夏だっけ?
 よっぽど興奮してるのね。
 真夏に外出したみたいに、顔がまっかよ。
ライダ (フロリアーノを見て)
 私のほうを見てるのに、なにも感じてないの?
エリフィーラ (フロリアーノに)
 悪い冗談はやめなさいよ。
 さよなら、マンドリカルド。
 私、嫉妬なんかしないから。 
フロリアーノ (嘆く)
 たちこめてきた暗雲が、
 さっきまでの天国を覆ってしまうのか?
 ああ!苦悩するロドモンテのように、
 ぼくをドラリーチェのところへつれて行ってくれ!
エリフィーラ おあいにくさま。
 洞窟の扉は閉めておくわ。
フロリアーノ (悲しげに)
 閉めればいいさ。
 そして、山へ昇っていけばいいさ。

 

 (エリフィーラとフロリアーノは別々の方向へ退場。)

 

ライダ 信じられない!
 こんな苦しみがほかにあるかしら?
 頭のおかしい男が、
 頭のおかしい女に恋していることが苦しいなんて!
 どうして、こんなことになったの?
 理由ははっきりしてるわ。
 あの二人は、いつもくっついて、
 見つめあったり、しゃべったりしているうちに、
 情を通わせたのよ。
 だめだめ!そんなの許せない!
 私があの二人の間に割り込んで、
 彼らの病気を治してやらなくちゃ。
 そして、私の気もちを無視された腹いせをしなくちゃ。
 (考えこんで)
 いいえ、それはあまりいい思いつきじゃない。
 むしろ、ここから動かずに、
 あの人たちの病気のまねをしてやるのがいいわ。
 発作を起こして、錯乱しているふりをしましょう。
 この病院に入院させてくれれば、
 健康な心を取り戻せるし、幸せになれるんだから。
 ほら、なにをためらってるの?
 (精神病患者を装って)
 こんにちは!宮廷のみなさま!
 どうして、そんなにのんびりなさってるの?
 私が到着したと、王さまにお伝えください。
 馬車から下りるわ。
 お手をお借りできるかしら、公爵さま?
 そこのエナーノ*1
 うちわで風を送ってちょうだい。
 そうそう、涼しくて気もちがいいわ!
 (我にかえって)なかなか悪くないわね。

Enano

(参考)バン・デル・アメン《エナーノ》1626年頃

プラド美術館

Enano - Obra - ARTEHISTORIA V2

 

 (フェードラ登場。)

 

フェードラ あら、ライダ!ここにいたのね?
ライダ ライダ?女王陛下とお呼び!
フェードラ 知らせがあるのよ。たいへんなことになったの。
ライダ どんな知らせ?
フェードラ 最悪よ!
ライダ 王国をひとつなくしたとか?
 それとも、東インドに行った艦隊が沈んだとか?
フェードラ お父さまが私を、
 セゴルベ*2へ呼び寄せようとしてるの。
 私には逆らいようもないし、
 口答えさえできないわ。
 叔父さんは、もう何通も手紙を受け取っているから、
 私を、さっさとお父さまのところへやりたがっているの。
ライダ それはそれは。
 王国の民が喜ぶことでしょう!
フェードラ 王国って?
ライダ 私が君主として治めている国です。
フェードラ あんた、気はたしかなの?
ライダ いまは、母上のために、婿を探しているところです。
フェードラ (傍白)
 どうしよう!この人、おかしくなっちゃったみたい。
ライダ そのおかげで、心は獲得しましたわよ。
フェードラ ライダ、だれかにへんな薬でも飲まされたの?
ライダ ええ、目から飲みました。
フェードラ ねえ、しっかりして。
ライダ うるさいわね。泥につかってらっしゃい!
フェードラ (次第に、羨望の目でライダを見る)
 いいわね、あんた。
 そうやって、ひとりでいい思いをしているんだから。
 あんたがうらやましいわ。
 私もおかしくなれたら、どんなにいいか!
ライダ (フェードラに)
 こんにちは、奥さま!あら、女官長さんね!
フェードラ (傍白)
 私も、あのくらいばかになりたい!
 なんて幸せな人なの!
ライダ (フェードラに)
 水がめと、オレンジを持ってきてくださらない?
フェードラ (傍白)
 たいしたもんだわ!
ライダ 奥さま!聞こえてますか?
フェードラ (傍白)
 よくこれだけ、たわごとを並べられるわね!
 私も、この子を見習うわ。
 だって、私にとって好都合なことが、
 ふたつもあるんだもの。
 まず、私が精神病患者になってしまえば、
 この病院にとどまることができる。
 それは、いまの私にとって、いちばん大切なことよ。
 そして、ベルトランと同じ病人になることで、
 彼と結婚することも可能になる。
 私が彼のせいで頭がおかしくなったんだと知ったら、
 みんなはきっと、私の病気を治すために、
 そうさせてくれるにちがいないもの。
 それじゃあ、始めましょう!
 分別よ、さようなら!
 理性も、名誉も、なにもかも、さようなら!
ライダ (フェードラに)
 奥さま、はやく持ってきてくださいよ!
フェードラ (精神病患者を装って)
 なにをお持ちしましょうか、女王陛下?
ライダ お水とアニス酒がくるのを、
 もう一時間も待ってるのよ。
フェードラ 給仕長がうっかりして、
 マリネードをこぼしてしまったんです。
ライダ そんな給仕長には、
 胸にミルクをぶっかけて、
 弾丸を撃ち込んでやりなさい!
 (傍白)
 お嬢さまったら、どうしたのかしら?
 私のたわごとに調子を合わせるなんて?
フェードラ (傍白)
 このまま、いかれた頭でいたいわ。
 愛は狂気だとも言うから。
ライダ (傍白)
 お嬢さまは私の考えを見抜いて、
 私をからかってるのかしら?
フェードラ 偉大なる女王陛下、
 ひとりの小姓が来ております。
 陛下に、お話があるそうですよ。
ライダ ドン・ベルトランの小姓だったら、
 ここへ通してくださらない?
フェードラ (腹を立てて)
 私の前で、よくもあんな、
 育ちの悪い男の名前を言えるわね!
ライダ ベルトランが私のものだってことは、
 もうわかりきってるでしょう!
フェードラ 恥知らずなことを言うわね!
 ベルトランはもう、結婚してるっていうのに!
ライダ 結婚してる?だれと?
フェードラ 私とよ。
ライダ あなたと?
フェードラ そう言ってるでしょう!
ライダ だれが、式を挙げてくれたんですか?
フェードラ 教皇さまよ。
ライダ どうせ、頭巾をすっぽりかぶった教皇さまでしょう?
フェードラ なによ!下働きの女が、
 ベルトランと結婚できると思ってるの?
ライダ 失礼な!
 この、オラン*3の女王にむかって!
 百歳のおいぼればあさんのくせに!
(大声で)
 私のカラベラ船団を配備して!
 軍旗をかかげて、世界中へ攻め込むわよ!
フェードラ だからなによ?
 あんたの歯を折ってやるわ!
ライダ 私の歯を折る?
 とんだあばずれのご主人ですね!
 だれか!小姓に頼んで、
 まき割り用の斧を持ってこさせて!
フェードラ あんたが女王だなんて!嘘つき!
 いやしい女のくせに!
ライダ 私が嘘つきだなんて、よくも!
(フェードラを平手打ちする。)
フェードラ 私をぶったわね!この恩知らず!
 待ちなさい!このしわくちゃ女!

 

 (ライダとフェードラはつかみ合いのけんかをする。
  バレリオと病院の理事長ヘラルドが登場。) 

 

ヘラルド (バレリオに)
 入ってくれ。
 なんだか騒がしいから、ちょっと様子を見てくるよ。
 その後で、ゆっくりしようじゃないか。
 せっかく、きみが来てくれたんだから。
バレリオ (フェードラとライダのけんかを見て、ヘラルドに)
 はやく来てください。
 へんな女が、お嬢さんに乱暴していますよ。
ヘラルド 私の姪が!
 (フェードラからライダを引き離す)
 どういうことだ、これは?
 こら、離れろ!
 (ライダに)
 なんで、顔を隠すんだ?
 おとなしくしろ!ほら!
 (バレリオに)
 この、いかれた女をつかまえておいてくれ。
 発作を起こしたのか?
 いったいぜんたい、どうして檻から出したりしたんだ?
ライダ (顔をあげて、ヘラルドに)
 私がお分かりにならないの?
 修道士のおじいさん!
ヘラルド おまえだったのか、ライダ!
ライダ そうですよ。
フェードラ こいつは性悪女よ。
 きいて!この人、自分のことを女王だと言ってるのよ。
 そして、ドン・ベルトランと結婚してると言うのよ。
 あのならず者が私の夫だってことは、
 周知の事実なのに!
ヘラルド なんだって?
 なにを言っているんだ、フェードラ?
バレリオ たいへんですよ、ヘラルドさん。
 二人とも、頭がへんになってます。

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(9/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(7/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:背の低い従者

*2:バレンシア近郊の街。

*3:現在のアルジェリアの都市。