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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(7/12)

トマス やあ、ベルトラン!
 足かせの具合はどう?重いかい?
フロリアーノ カスティーリャでは、
 これは「ばあさんの足かせ」とも言われているらしい。
 性悪なばあさんが、死にぎわに、
 慈悲深くも、監獄に全財産を寄付したそうだ。
 足かせを買うようにってね。
トマス レイネーロを殺した気の毒な男も、
 その足かせをはめられるべきだね。
 みんなが、そいつを探し回ってるよ。
 人相書きを持って。
フロリアーノ (傍白)
 たいへんだ!
 (トマスに)
 それをだれから聞いたんだ?
トマス ピサーノさんのいとこからさ。
 アラゴンから来たんだ。
 その男を探しに来たらしい。
 人相書きを持ってきたのも、彼だよ。
 犯人の名前は、たしか…
フロリアーノ なんだ?
トマス フロなんとかっていったよ。よく覚えてない。
フロリアーノ ひょっとして、フロリアーノって言わなかったか?
トマス そうだ。それだよ。フロリアーノだ。
 年は30歳くらいだと言ってた。
フロリアーノ それで、ピサーノさんのいとこって人は、
 どこへ行ったんだ?
トマス たぶん、病院の中を見学しているんだろう。
 バレンシアに来る人で、ここを訪れない人はいないからね。
フロリアーノ (傍白)

 まずい!
 (トマスに)
 ぼくも、その人相書きを見たいな。
 きみはここにいてくれ。
 彼を探してくるから。
トマス ぼくが言ったことは秘密だよ。
フロリアーノ もちろんだ。この秘密は、
 きみよりぼくにとって大事なことなんだから。
トマス わかってるさ。
 きみは、いかれてるくせに、頭がいいんだね。

 

 (フロリアーノ退場。手かせをはめたエリフィーラが登場。)

 

エリフィーラ (傍白)
 なんとか、逃げ出してきたわ。
 まだ、手かせははめられたままだけど。
 これだけ頑丈につないでおくことができるなら、
 私と彼とをつないでもらえたらいいのに。
 (トマスを見つけて)
 ここでなにをしているの、トマス?
トマス 困ったお嬢さんだなあ!
 ピサーノさんに見つかったら、
 また閉じ込められるってことぐらいわかるだろ?
エリフィーラ 手かせをはずしてくれる気はないの?
 あの人は、いったい、なにがしたいのかしら?
 私はなにもしていないのに。
 私のことがきらいなの?
トマス (エリフィーラに見とれながら)
 たしかに、こんなことをするのは
 天に対する冒涜だと思うよ。
 だって、きみは星みたいな人なんだもの。
 きらきら輝いてる。
エリフィーラ あら、どうもありがとう。
 ほめてくれたから、あなたとはもうけんかしないわ。
 私のこと、きれいだと思う?
トマス やんなっちゃうよ!
 ぼくは病気が治ってたのに、
 きみを見たら、またおかしくなっちゃった。
 きみの顔が、ぼくの正気を奪ってしまうんだ。
 ぼくと結婚してくれない?
 ぼく、実はこれでも…
エリフィーラ なあに?
トマス トルコの皇帝なんだ。
エリフィーラ すてき!だったら私、ぜひ…
トマス うん?
エリフィーラ イチジクをごちそうになりたいわ。
トマス (がっかりして)
 それじゃあ、結婚はしたくないの?
エリフィーラ してもいいけど、神父さんがいないもの。
トマス (嘆く)
 そんなことで、
 きみに逃げられちゃうなんて!
エリフィーラ いるわよ。
 あなたと私の結婚式を挙げてくれる人が。
トマス だれ?
エリフィーラ ベルトランよ。
トマス 出まかせだろ?
エリフィーラ まさか。私、よく考えたのよ。
 お願い、彼を呼んできて。
 一時課*1を歌い終えたところだから、
 二時課で私たちを結婚させてくれるわ。
トマス なら、結婚しよう!
エリフィーラ いいわ。
トマス 行ってくる。

 

 (トマス退場。)*2

 

エリフィーラ (独白)
 慈悲深いアモルよ、
 このまま進んで!
 おまえは飛び続け、休むことがない。
 私の夫を、ここへつれてきてちょうだい。
 手かせをはめられた、妻の私のところへ。
 たとえ、暗い独房に閉じ込められても、
 彼と一緒にいられるのなら、
 それは幸せな生活だわ。
 甘美な苦しみだわ。
 彼が来てくれますように!
 彼のためなら、私は正気を失ってもいい。
 命を失ってもいい。
 彼のおかげで、私の心は満たされる。
 彼のせいで、私は理性を失ってしまう。
 彼はあまりにも美しいわ。
 私は彼のために生き、彼のために死ぬの。
 これ以上の賢さを取り戻したいなんて思わない。

 

 (すすで顔を黒く塗ったフロリアーノが登場。)

 

フロリアーノ これでよし。
 顔の色を変えておいたぞ。
 ぼくのここでの生活は、まるでチェスのゲームだ。
 うつろいやすくて、はかない生活!
 昨日は白のマスにいても、
 明日は黒のマスにいる。
エリフィーラ (フロリアーノを見て驚く)
 ベルトランなの?
フロリアーノ エルビラかい?
エリフィーラ どうしたの?顔を黒く塗ったりして。
フロリアーノ お嬢さん、
 ぼくはチェスをしているんだ。
 とても知的な遊びだよ。
 キングが、二千ものポーンをしたがえて、
 あわれなナイトのぼくを追ってきている。
 ぼくの裏切りに報復するためにね。
 今日、ぼくを探しに、
 この病院へビショップがやってきた。
 ほんの少し彼が動けば、
 ぼくはチェックメイトをかけられてしまう。
 彼はぼくの不幸を楽しみ、
 ぼくを殺そうとしている。
 そういうわけで、
 ぼくは白のマスから、黒のマスへ移動したんだ。
 こんな具合にね。
エリフィーラ そのビショップは、なにをしに来たの?
フロリアーノ ぼくの人相書きを持って来たらしい。
 だからぼくは変装して、
 正体を知られないようにしているんだ。
エリフィーラ こわいゲームね。
 私、不安になってきたわ。
フロリアーノ そうだろう?
 きみはこのチェスの駒で、
 クイーンに匹敵する力がある。
 だから、ぼくを助けてくれ。
 ぼくは、囚われるか否かの瀬戸際なんだ。
エリフィーラ それなら、ふつうに話してよ。
 だれも、私たちの話を聞いてやしないんだから。
 だれかが、人相書きを持って、
 あなたを探しに来たっていうのはほんとなの?
フロリアーノ ああ。ぼくたちは、
 引き裂かれようとしている。
 だけど、心配しなくていいよ。
 アラゴン王がぼくを捕えようとしても、
 うまく逃れてやる。
 気のふれた男を演じて、変装までしていれば、
 正体がばれることはないだろう。
エリフィーラ あなたは、大切な秘密を私にうちあけてくれたのね。
 本気で私を愛してくれているってことがわかったわ。
 見つかる心配がないのなら、
 私たちの話をしましょう。
フロリアーノ あいつらはとうとう、
 きみに手かせをはめたんだね!
 (手かせをはめられたエリフィーラの腕を取って)
 残酷な鉄の鎖め!
 しかし、おまえは幸せ者だな!
 おまえは、天が大地に与えた
 最も美しいものの牢獄になれたんだ。
 (腕を見て)
 鎖の跡がついてる。
 ひどいことをするもんだ!
 すばらしい獲物を捕らえて、
 勝ち誇っているんだろう。
 でも、この腕に痣まではつけられないさ。
 きみを見れば、この鎖もやさしい気もちになって
 身をちぢめるだろう。
 こんな宝物を捕える鎖に、
 ぼくもなりたいよ!
 それとも、金の腕輪になって、
 きみの腕を飾ろうか?
 ぼくのせいで、この美しい腕は、
 こんな目にあってしまったのか!
エリフィーラ これは腕輪よ。鎖じゃないわ。
 あなたのためにこれをつけたの。
 アモルが、この宝石を私にくれたのよ。
 だから、鎖なんて呼ばないで。
 これは、私があなたの妻であるしるしなんだから。
フロリアーノ それなら、いつかぼくは、
 アモルが与えてくれたこの腕輪を、
 真珠とダイヤモンドで覆うことにしよう。
 ぼくたちは、ふたりでひとりになるんだ。
 だって、盲目の神であるアモルは、
 ふたりでひとつの身体になるように、
 ぼくたちを作ったんだから。
 あの連中が見ていたのは、たったひとりの囚人だ。
 ぼくは足を、
 きみは手を、鎖でつながれた。
 だからこの囚人は、手足をつながれ、
 たとえ死んでも、どこにも行けない。
エリフィーラ あなたの足につけられた鎖は、
 私の心も締めつけるわ。
 でもそれは、あなたの愛が私にくれた
 勝利の栄冠なの。
 手かせをはめられているから、
 あなたが抱きしめてくれても、
 私はそれに応えられない。
 それだけが残念だわ。
 でも、心の中であなたを抱きしめるから、
 どうぞ受け取って。
フロリアーノ 役人が来たぞ。
エリフィーラ 私、逃げたほうがいい?ここにいたほうがいい?
フロリアーノ 逃げてもむだだろうから、ここにいて。

 

 (リベルトとピサーノ登場。)

 

リベルト のんびりしているひまはない。
 やることがたくさんあるんでね。
ピサーノ 私に手伝ってほしいことはないかい?
リベルト きみに会えただけでじゅうぶんだよ。
 有名な精神病院も見ることができたし。
ピサーノ (フロリアーノの顔を見て驚く)
 ここにいたのか?なにをしているんだ?
フロリアーノ あんたは、いつもぼくに嫌がらせをするんだな。
 今度は、仲間までつれてきて、
 ぼくを破滅させようっていうのか。
エリフィーラ (リベルトに)
 あなたはだれ?
 だれかを探してるの?
リベルト 私は、ちまたで噂になっている犯罪者を探しに来たのさ。
フロリアーノ たぶん、ここにいるだろうね。
 でも、あんたには見つけられっこないさ。
リベルト 二つめの推理のほうは当たっているかもな。
エリフィーラ その犯罪者って、なにをしたの?
リベルト 皇太子を殺したんだ。凶悪犯だ。
エリフィーラ 名前は?
リベルト フロリアーノ。
エリフィーラ (笑いながら)

 あら、私はその人の奥さんだけど?!
リベルト 面白いことを言う病人だな。
 それに美人だ。
ピサーノ ああ。完璧なほどに。
フロリアーノ (ピサーノに)
 おい!大食いのバグバイプ野郎め!
 こんなにおまえに腹が立ったのは初めてだ。
 どうせぼくをばかにするつもりだろうけどな。
ピサーノ (軽蔑している様子で、
  フロリアーノをリベルトに示す)
 この男は優秀な学生だったんだが、
 恋で頭をやられてしまったんだ。
フロリアーノ (ピサーノをリベルトに示して)
 こいつは、
 ゾウを後ろ足で蹴り上げた、ばかなロバなんだ。
ピサーノ (エリフィーラをリベルトに示して)
 この娘は、
 自分が盗賊にあったと言っているんだ。
 それが彼女の妄想らしい。
エリフィーラ なによ、知ったかぶりをして!
 あんたに関係ないでしょう?
 私は、裏切り者に宝石を盗まれたけど、
 いまは別の泥棒に足かせをはめて、捕まえてやったのよ。
フロリアーノ そう。捕まえられたのは、このぼく。
リベルト (エリフィーラを見て)
 ほんとうに美人だな。
 彼女を見ていると、情がわいてしまうよ。
エリフィーラ (フロリアーノに)
 ねえ、この問題が解ける?
 三つの輪っかが、
 ひとつの輪っかになってるものはなんでしょう?
フロリアーノ (悩みながら)
 三つ足の五徳?
エリフィーラ 正解!
フロリアーノ これ、むずかしいよ。
エリフィーラ 次にいくわよ。できの悪い生徒さん。
 私についてるひとつの鎖と、
 ふたつの鎖はなんでしょう?
フロリアーノ そんなにむずかしいのが、ぼくに解けると思う?
 鎖ってなに?
 ぼくにはわからない。
エリフィーラ ふたつの鎖は、
 (ピサーノを指さして)
 あそこにいる、まともな人につけられたの。
 もうひとつの鎖は、
 (フロリアーノを指さして)
 ここにいる、頭のおかしな人につけられたの*3
ピサーノ (リベルトに)
 彼女は、じきにここを出て行くだろう。
 家柄のいい人なんだ。
リベルト そうだろうな。雰囲気でわかるよ。
フロリアーノ (リベルトに)
 ぼくのことはわかるのか?おまえは?
リベルト わからないし、わかりたくもない。
フロリアーノ おまえには、興味があると思うけどな。
リベルト 顔が真っ黒だな、きみは。
フロリアーノ もとが白かったら、もっと黒くなれただろうね。
 そういうおまえは、獲物のとれない、
 役立たずのタカみたいなもんだ。
リベルト 私は、このままの自分で結構だよ。
フロリアーノ どうしてぼくの顔が
 こんなに黒いかわかるかい?
 あんたに、ホシだと思われないようにだよ。
エリフィーラ (リベルトを見て)

 お仕着せの服って、味気ないものね!
フロリアーノ ぼくは、馬を盗んで逃亡したりしないぞ。
 ぼくは、東方三博士に付き添っている道化で、
 ギニアの大使なんだ。
 王様に逆らうなんて、むだなことはしない。
ピサーノ (エリフィーラに)
 エルビラ、いい知らせがあるんだ。
エリフィーラ こっちも、知らせたいことがあるの。
 この手かせがきついのよ。
ピサーノ おまえの親戚が、おまえを引き取りたいと、
 病院の理事長に頼みに来た。

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(8/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(6/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:聖務日課で、午前6時頃に唱える祈り。

*2:トマスはこの後、フロリアーノが見つからないのであきらめてしまったか、あるいはエリフィーラとの結婚の約束自体を忘れてしまったようです。もともと気のいい青年なので、エリフィーラにだまされたこともあまり気にしていないのでしょう。

*3:「手かせ」と「妻」が同じつづり(esposa)であることから作られた言葉遊びですが、ここでは日本語でわかりやすいように訳しました。