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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(5/12)

 (ピサーノ登場。)

 

ピサーノ お嬢さん、あんたの服を準備したから、
 こっちへ来てくれ。
 ためしに着てみてほしいんだ。
 それから、ベルトラン、彼女に近づくんじゃないぞ。
 おまえは見た目がいいし、手がはやそうだから、
 頭がいかれはじめたら、欲望のおもむくままに行動しちまうだろう。
エリフィーラ (怒って)
 失礼なことを言わないでよ、ヒゲモジャの異端者!
フロリアーノ そうだ、失礼なことを言うな、このトサカ頭!
ピサーノ (エリフィーラに)
 おやおや、
 もう、こいつのことが気に入ったのか?
 おあいにくだな。
 次の幼子殉教者の祝日(12月28日)まで、
 こいつには会えないぜ。
エリフィーラ 大きなお世話よ。
 私はなんでもできるんだから。
 マントから亡霊だって作れるし、
 臓物から財布だって作ってやるわ。
ピサーノ ごちゃごちゃ言ってないで、はやく来い。
エリフィーラ (フロリアーノに)
 さよなら、ハンサムなおばかさん。
フロリアーノ (エリフィーラに)
 さよなら、美しいおばかさん。
ピサーノ ほら、さっさと来い。

 

 (ピサーノとエリフィーラは退場。)

 

フロリアーノ (ものうげに)
 恋心よ、おとなしく去ってくれ。
 ぼくのほかの感情は、風に散ってしまった。
 いやしい、低俗な衝動にかられて、
 ぼくは理性にさからい、おまえを操縦している。
 おまえは、一瞬の混乱がもたらした、
 きまぐれな感情に流されていく。
 正気にかえったぼくは、
 おまえのむなしいたわごとに苦悩する。
 どうかぼくを、おかしな企てに巻き込まないでくれ。
 気のふれた人間に、恋がかなう見込みなどないんだから。
 理性ある世界で、気のふれた者は、あてもなくさまよう。
 恋心よ、
 おまえがもたらす楽しみも苦しみも、ぼくには重荷だ。
 ぼくをそっとしておいてくれ。
 いかれた女性に、ぼくがいかれてしまうなんて、
 まともなこととは思えない。

 

 (バレリオ登場。)

 

バレリオ さっそくきみに会いに来たけど、
 そのことでお礼は言わないでくれ。
 ぼくは、自分の用事で来たんだから。
 それも、ただの用事じゃなくて、
 ぼくの命にかかわるような一大事だ。
フロリアーノ どうしたんだ、バレリオ!
 ぼくが、この病院にいることがばれそうなのか?
 なにかまずいことでも起きたのか?
バレリオ フロリアーノ、
 どうやらぼくのほうが、本当に気がふれてしまったらしいんだ。
 きみは、そんな服を着ていても、
 頭はまともなのにさ。
 きみのことはだれにも気づかれていないし、
 これからも大丈夫だろう。
 神がぼくたちに、
 災いをもたらそうと企んでいるのでなければね。
フロリアーノ どうしたっていうんだよ?バレリオ。
 いつも冷静なきみが、そんなに取り乱すなんて?
 顔色が悪いぞ。
 だれがきみを、こんなふうにしたんだ?
 そいつは、ぼくときみに、なにをしようとしているんだ?
バレリオ さっき、ここへ
 精神病患者の女の子が来なかったか?
 あれこそ、天が作り出した最高の美だ!
 この世に生きとし生けるものの中で、彼女ほど美しいものはない。
フロリアーノ あれは、きみの恋人か?
バレリオ いや、そうじゃない。
 だけど、ぼくの心は、もう彼女のものだ。
フロリアーノ ちょっと待ってくれ。あっちの部屋へ行こう。
 あそこなら人もいないし、座る場所もあるから。
 きみの話をくわしく聞かせてくれ。
バレリオ ああ!
フロリアーノ ため息なんかつくなよ。
バレリオ ぼくは、もうまともじゃいられない。

 

第二幕

 
 (フロリアーノ登場。)

 

フロリアーノ 運命よ、
 ぼくをこれほどまでにもてあそんで、よく飽きないな。
 ぼくの哀れな心には、もはや抵抗する力も残っていない。
 おまえは、どんなに人間に懇願されても、
 ただで恵みを与えてはくれない。
 それには必ず、多くの苦難が伴う。
 ぼくは死から逃れられたと思ったのに、
 いまは前よりももっと死に近づいている。
 ぼくが見てしまった、彼女の美しい瞳には、
 アモルが注ぎ込んだ狂気の炎があった。
 それを見たぼくの身体は、
 魂のないぬけがらとなり、
 彼女の愛の炎の中で、蛾のように身を焼き尽くす。
 これほどまでに、ぼくの心を苦しめたというのに、
 運命は、さらにぼくの親友をつかって、
 ぼくを責めさいなむつもりなのか!
 バレリオは、ぼくの秘密を守ってくれている。
 そのうえ、ぼくに救いの手を差しのべ、ここにかくまってくれた。
 そんなぼくの恩人が、ぼくと同じように、彼女に恋している。
 彼にとって、これは一世一代の恋なので、
 正気であろうがなかろうが、彼女を手に入れたいんだそうだ。
 愛には、知性など必要ではないらしい。
 バレリオは、彼女が彼の親戚の娘だということにして、
 病院から引き取ろうとしている。
 そうすることで、彼女の名誉も回復させようとしているんだ。
 ああ、アモルよ!おまえの力を思い知った者に、
 これ以上、どんな責め苦を与えるというんだ?
 ぼくは、正気であってもなくてもいいから、
 彼女と一緒にいたい。
 だって、彼女を失ったら、どうせ正気ではいられないんだから。

 

 (フェードラ登場。)

 

フェードラ (傍白)
 私がここに来たのは、
 ある人に会うためよ。
 私がこれからどうすればいいのか、
 その人が教えてくれるはず。
 だって、この場所に来て以来、
 私がおかしくなったと、みんなが言っているんだもの。
 私は、だれのために生き、
 だれのために死のうとしているのか、知りたいの。
 理性を失ったから、記憶もあいまいだわ。
 アモルのひどい責め苦のせいで、
 私はへんになってしまった。
 私に残されているのは、感覚だけ。
 こわいわ。こんなふうになってしまうなんて。
 アモルは愚かな神だったと聞いたことがあるけど、
 これほどとは思わなかった。
 この、胸に秘めた苦悩!
 アモルって、恐ろしいもの!
 愚かな愛からは、愚かな結果しか生まれない。
 愚かな人間は、さらに愚かな人間を生み出す。
 まったく、無駄なことね。
 私は、見たものの色に変わるカメレオンみたいに、
 彼と同じ病気になってしまった。
 彼はどうやって、私の頭に悪さをしたの?
 ここにはいないのかしら?
 これじゃ、ますます私はばかみたい!
フロリアーノ (傍白)
 ぼくは、
 この人から自分を守らなければ。
 彼女がどうしたいのか、ぼくにはわかる。
 彼女の思いをかわしながら、
 ぼくの心の慰めを得るとしよう。
 前よりも、もっといかれた男を演じよう。
フェードラ (傍白)
 愚かな人間のせいで、
 私は正気を失ってしまった。
 なんて理不尽なの!
フロリアーノ (フェードラに)
 ぼく、なくし物をしたんですが、
 そっちにありませんでしたか?
フェードラ (フロリアーノに気づき、不機嫌に)
 そっちこそ、私が見えないの?
 ここで、煉獄の苦しみを味わっている私が?
フロリアーノ (もったいぶって)
 姉妹よ、
 あなたの魂が煉獄にあるのなら、
 天国へ昇る日も近いでしょう*1
フェードラ (皮肉をこめて)
 それはどうも。
 深遠なお言葉をありがとう!
フロリアーノ (フェードラを見ながら、大げさに)
 おお!
 なんとおいしそうな
 ナスとマルメロとニンジン!
 詩人のフアン・デ・メーナ*2
 コリア産の葡萄シロップに
 漬け込んだものにちがいない。
フェードラ (傍白)
 かなりひどい状態だわ、この人。
フロリアーノ ぼくがなくしたもののことをご存知ですか?
 それを見つけてくだされば、
 罰として、チーズをごちそうするってことも?
フェードラ あなたが、
 理性を失っているってことだけはわかるわ。
 神さまのお許しをもらって、
 私が、あなたの理性を取ってきてあげるわよ。
フロリアーノ それがあなたのごほうびですか?
 ごうつくばりの淫売さん!
 あなたが絶世の美女だったら、
 もっと口汚く、ののしってやるところですよ。
フェードラ あなたが恋していた人は、
 私より魅力的だった?
フロリアーノ 彼女の歯は雪のように白く、
 歯ぐきはパプリカのように赤かった。
 ぼくは彼女を愛していたし、
 じつを言えば、いまも愛しています。
 ぼくはこんな病気ですが、

 彼女のほうも、ぼくと同じ病気に苦しんでいるんです*3
フェードラ あなたが理性をなくしたのは、
 ほんとうに彼女のせいなの?
フロリアーノ ぼくは理性をなくすと、
 いちだんと頭のさえる男になります。
 ぼくが探しているのは、そんなものじゃない。
 もっと別のものです。
 ぼくが正気でなくなったことを、
 忘れさせてくれるようなものです。
 ぼくを見てください。みっともない格好でしょう?
 ぼくがなくしたのは…
フェードラ なんなの?
フロリアーノ (笑いながら)頭巾をかぶった、雌のロバです。
 お産が終ったばかりのね。
フェードラ (傍白)
 恋がいやになったんじゃなくて、
 新しい恋を求めているならいいんだけど!
フロリアーノ あなたはそれほど醜いかたではありませんね。
 ぼくも希望がわいてきました。
 あなたのような分別のある女性に
 よく思ってもらえるなら、
 ぼくと同じような者たちは、喜ぶでしょう。
フェードラ (傍白)
 もともと、きれいな顔立ちだから、
 もし病気が治ったら、
 ユーモアのある素敵な男性になるでしょうね! 
フロリアーノ 哲学を語られるとは!
 しかも、きわめて道理にかなっている。
 健全な肉体には、健全な精神が宿るものです。
 健全な精神が、知性を高め、鋭敏にするのです。
 肉体というものは、精神によって動く道具ですから。
フェードラ 私があなたにあげたリボンはどうしたの?
 それで病気が治ると言っていたけど?
フロリアーノ トランプ遊びをしているときに、
 なくしてしまいました。
 恋のことを忘れたわけではないのですが、
 もっといいカードがまわってきたので、

 それを捨ててしまったんです。
フェードラ それはなに?
フロリアーノ ハートのクイーンです。
 このカードは千戦千勝、負けなしですよ。
 しかし悪魔がわれわれの間に割って入り、
 さらにいいカードがあると言って、
 ぼくのゲームを台無しにしてしまったんです。
 友情と恋愛とは、やっかいなものですよ。 
 スペードのフラッシュが出そうだというときにはね。
フェードラ 私のリボンは、希望に満ちたリボンだと言ったけど、
 それを捨てて、賭け事を選んだってわけね?
フロリアーノ ええ。そしてぼくの希望も捨ててしまったんです。
フェードラ 別のリボンをあげましょうか?
フロリアーノ ええ、ぜひ。
 ぼくが使っても、あなたがかまわないのなら。
 また、勝負ができそうで嬉しいですよ。
 ぼくの恋する女性に、

 それを愛のしるしとして渡すことができますし。
 どこですか、リボンは?
フェードラ ここよ。
フロリアーノ あなたが、頭に巻いているやつですか?
フェードラ ええ、そう。
フロリアーノ それじゃ、取ってください。
フェードラ あなたが取ってよ。
フロリアーノ わかりました。
(フェードラの首に腕をまわして、リボンをほどこうとする)
フェードラ (傍白)
 やったわ!彼に抱きついちゃおうかしら?
 かまわないわ!この人、いかれてるんだもの!
 わかりゃしないわよ!
(フロリアーノの腰に手を伸ばす。)
フロリアーノ (リボンをほどきながら)
 ぼくにポケットでも作ってくれるんですか?
 それとも、ぼくからなにか盗もうとしてるんですか?
フェードラ やっぱり、これ以上は勇気が出ないわ。
 アモルよ、なにをためらっているの?

 

 (ぼろぼろのスモックと奇妙なフードをつけたエリフィーラが登場。)

 

エリフィーラ (フロリアーノとフェードラの様子を見て)
 こんなことで、べつに怒ったりしないわよ。
 あんたたち、お似合いだわ。
 そうやって、ずっと抱き合ってれば?
 (フロリアーノに)
 マンドリカルド、
 あんたは私の夫になりたいと言ってたけど、
 もう、そんなくだらない冗談はやめにしましょう。
 (フェードラに)
 それから、そこの内縁の奥さん、
 デンマークからでもいらっしゃったの?
 あなた、ずいぶん背が低いのね!
 まともな人間のくせに、
 なんで病人といっしょにいるのよ?
 自分も病気になりたいの?
 なによ、その襟とか、帽子とか、
 ちゃらちゃらした飾りとか!
 さっさと出ていきなさい!
 このおばかさんには、もうご主人がいるんだから!
フェードラ エルビラ*4、ちょっと…
エリフィーラ さっさと二階へ行きなさいったら!
 このおしゃべり!
 お父さんに抱っこをしてもらえるのは、
 娘だけときまってるのよ!
フェードラ こんなたわごとには、つきあっていられないわ。

 

 (フェードラ退場。)

 

フロリアーノ (傍白)
 嫉妬よ、
 おまえは最高の取り持ち役だな!
 おまえは愛を増幅させる。
 だれだろう?おまえをアモルの子どもなどと呼んだのは。
 むしろ、アモルの父親と呼ぶべきだ。
 おまえは何度でも愛を生みだすんだから。
 おまえはぼくのために、いいことをしてくれた。
 だけど、なぜ彼女は話をやめてしまったんだろう?
 なぜ、本心を言ってくれたのに、黙ってしまうんだろう?
 (エリフィーラに)
 どうして、なにも言わないんだ?
 何を考えこんでるの?

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(6/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(4/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:煉獄とは、天国と地獄の間にある場所で、死者の霊魂が天国に入る前に火によって罪を浄化されると考えられていました。

*2:コルドバ生まれの15世紀の詩人。

*3:ここでは、セリアではなくエリフィーラのことを思って話しているのでしょう

*4:エリフィーラが身元をかくして名乗った偽名。