Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(4/12)

フェードラ これに、そんな効き目があるの?
フロリアーノ それこそ、ぼくを導いてくれる羅針盤です。
ライダ (自分のリボンを見せて)
 この、赤いリボンのほうがよくない?
フロリアーノ (たしなめるように)
 だれもあなたに、
 ぼくの病気のことなんか話してませんよ。
 美人の奥さん!
 旦那がかまってくれないんですか*1
 ぼくがほしいのは砂糖とシナモンです。
 あなたがくれるのは、ただの干し草です。
ライダ (嘆く)
 私、こうなることを恐れていたのよ!
フロリアーノ 恐れというものには、
 ちっぽけな翼しかついていないんです。
 ぼくのところまで、とても飛べやしませんよ。
 よくおぼえておきなさい。
フェードラ 緑のリボンの方がいいわよね。
 (フロリアーノにリボンを渡す。)
フロリアーノ ええ、そうですね。
 こんな希望に満ちたリボンは、
 どんなことがあっても、失われることはないでしょう。
 ぼくはこれから、進む方角を変えようと思います。
 (フェードラの手を取り)
 あなたも、ぼくに合わせてください。
フェードラ どうやって?
 過去の恋を忘れるっていうこと?
フロリアーノ (進む向きを変えて)
 いえ、ただのダンスのステップです。
 それ以外の意味はありません。
 (フェードラと踊る)
ライダ お嬢さままで、いかれちゃったんじゃないですか?
フェードラ だまってなさい、ライダ。
 かんちがいしないで。
 私は、ひまつぶしにやってるだけよ。
 この人が暴れ出さないように、
 たわごとを我慢して聞いてあげているの。
フロリアーノ (傍白)
 困ったな、楽しくなってきたよ。
 これはセリア*2への仕返しにやってることなのに。
 つれないセリア、
 ぼくの心はきみのものだけど、
 きみが浮気するっていうなら、
 ぼくだって浮気できるんだからな。
フェードラ だれかが来たみたい。
 この人と一緒にいるところを見られたらまずいわ。
ライダ もちろんです。はやく行ってください。
 階段を昇って、廊下へ抜けましょう。
 こんなところにいちゃいけません。

 

 (フェードラとライダは退場。)

 

フロリアーノ (去っていくフェードラに向かって)
 ああ!つらい夜だ!
 美しい太陽がいなくなってしまった!
 もし、おひまなときがあれば、
 ぼくのことを思い出してください!

 

 (ピサーノ、トマス、マルティンが、縛られたエリフィーラをつれて登場。)

 

エリフィーラ どうして私をこんな目にあわせるの?
ピサーノ 暴れるんじゃないぞ、いかれた女め。
エリフィーラ いかれてなんかいないわよ。
 さっきまでの私は、いかれていたかもしれないけど。
トマス 魔女をぼくたちの家の中に入れるんだから、
 お金を払ってもらわなくちゃ*3
マルティン そうだ、払え。
エリフィーラ 私にこんなことをしたくせに!
マルティン 規則を破るわけにはいかないんだ。
 すぐに払え。
トマス 払わなかったら、死刑だよ。
フロリアーノ (エリフィーラと男たちの間に割って入る)
 だれだ?きみたちは。
マルティン いたって平和な人間さ。
トマス じゃまするな。このおせっかい。
エリフィーラ (傍白)
 もう、なにも考えられない。
 こんな病院に入れられたら、私の評判もおしまいね。
 でも、かまわないわ!
 いっそ、いかれた女になってしまおう。
 だって、それしか方法はないんだもの。
 こんなにひどい目にあったら、
 頭がおかしくなっても不思議じゃないわ。
ピサーノ ちょっと、ここで待っていてくれ。
 彼女を手荒に扱うんじゃないぞ。

 

 (ピサーノ退場。)

 

フロリアーノ (傍白)
 なんだろう?めまいがする。
 まぶしい太陽の光が目に入ったみたいだ。
 なんてきれいな人だろう!
 運命の女神よ、おまえは気まぐれだな。
 この人は、天国から降ってきた宝石か?
 美の女王か?
 自然の驚異か?
 ぼくは、どうなってしまったんだ?
トマス (エリフィーラに)
 はやく払え。
マルティン ここで払え。
エリフィーラ なにを払うの?
トマス ここに滞在するためのお金だよ。
エリフィーラ 持ってないわ。
フロリアーノ (マルティンとトマスに)
 ねえ、親切なきみたち!
マルティン ぼくらのことか?
フロリアーノ そうだよ。
 きみたちは、なにがほしいんだ?
トマス 入院費だけど?
フロリアーノ (指輪を取り出して見せる)
 この指輪でよかったら、
 ぼくが彼女のぶんを払うよ。
マルティン 見せてみろ。
 (指輪を受け取る。)
トマス いい指輪だね。
マルティン 質に入れようか?それとも、競りにかけようか?
フロリアーノ 好きなようにしてくれ。
トマス (喜んで、フロリアーノに抱きつく)
 ありがとう!
マルティン 修道院のみんなに、
 今日はチューロスと、チーズタルトが出るって言おうぜ!
トマス 宴会を開こう!

 

 (マルティンとトマスは退場。)

 

エリフィーラ (フロリアーノを見て)
 どうしよう!
 この人、頭がおかしいのね。
 なんで私をじろじろ見るの?
フロリアーノ 見ないほうが、頭がおかしいよ。
 こんな、神も賞賛するようなすばらしいものを。
 (傍白)
 ああ!
 いかれてるふりをして、彼女と話すのか。
 考えるだけでせつないなあ。

エリフィーラ (傍白)
 逃げ出したいのに、できないわ。
 こわくてたまらないけど、
 彼の姿が、私を引きとめるの。
 なんてきれいな人なのかしら!
 こわいけど、この人と話がしたい!
 この人にひかれるけど、やっぱりこわい!
フロリアーノ (傍白)
 ほれぼれするような美しさだな。
 アモルよ、おまえが彼女に話しかけてくれ。
 ぼくの舌は黙っているから。
エリフィーラ (傍白)
 かわった人!
 天はあなたにすばらしい宝をお与えになったけど、
 高い税金をかけたのね。
 こんなに美しいのに、頭がおかしいなんて。
フロリアーノ (傍白)
 世にも奇妙な現象だ!
 この地上で、美しいものがこれほど辱められているなんて。
 これほどの美の中に、狂気が住んでいるなんて!
エリフィーラ (傍白)
 この人って、
 祭壇がついてない大聖堂みたいだわ。
 完璧な肉体を持っているのに、
 肝心の部分がないんだもの。
フロリアーノ (傍白)
 こんなにきれいなのに、
 頭の中に意思もなければ、理性もないなんて!
 まるで、大理石の美しい彫像みたいだ!
 この世ならぬ美しさをもつものは、
 壊れやすく、もろいものなんだな!
 別世界からやってきた、風変わりな、すばらしい肉体!
 きみの体の3分の2は、天上のものでつくられている。
 残りの3分の1は、脳みそのないぬけがらだ。
 神はそれを取り出して、きみの足元に供えてしまったんだ。
 人間の根本をなしているのは
 理性や魂や神性というものなのに、
 きみは美貌をまとっていながら、
 その内側には、なにもない。
エリフィーラ (傍白)
 かわいそうなおばかさん!
 この人は、毒の入った黄金の杯みたい!
 いい香りのするお酒で、これを満たすこともできるのに!
 だけど、正気を失ったこの人は、
 私の正気を奪おうとしている。
 それは、認めざるを得ないわ。
フロリアーノ (傍白)
 恋の牢獄なら、
 囚われているのも楽しいよ。
 でも、彼女の様子がおかしい。
 ぼくのことを疑い始めているのかな?
エリフィーラ (傍白)
 こっちを見るのをやめたわ。
 私の気もちに気づかれたかしら?
フロリアーノ (傍白)
 アモルよ、
 どんな気まぐれな矢筒から、
 おまえはこの矢を手に取ったんだ?
 その黄金の矢尻は、
 どんな狂気で鍛えられていたんだ?
エリフィーラ (傍白)
 話しかけてみようかしら?
 でも、こわいわ。
フロリアーノ (傍白)
 正気のぼくが、
 狂気の彼女に恋をするなんて!
 もっとも、ぼくも正常な状態とは言えないな。
 こんなに激しい苦悩に襲われているんだから。
 せめて、ぼくの頭がまともだってことを、
 彼女に知ってもらえたらいいのに!
 そうすれば、ぼくを好きになってくれる可能性もありそうだ。
エリフィーラ (傍白)
 ばかな夢から覚めたばかりだっていうのに、
 また同じような夢を見ようとしているなんて!
 私は、レオナートにたぶらかされて、
 愚かにも、両親とふるさとを
 捨ててきてしまったんじゃない!
 彼にひどい目に会わされて、
 後悔の涙を流していたんじゃない!
 それなのに、いったいなにを考えてるのよ?
 なぜ、理性というものをなくしてしまったの?
 精神病患者に恋心を抱くなんて!
 なにを考えてるの?
 もしかしたら、私はあまりにもばかになったから、
 この病院につれてこられたのかもしれないわ。
 そして、ここで私はほんものの精神病患者になるんだわ。
 こんなことを考えるなんて、
 私、やっぱり頭がへんになったのね!
 (泣きだす)
フロリアーノ (傍白)
 発作が始まったのかな。
 彼女のきれいな瞳から、涙があふれてきた。
 (エリフィーラにむかって、子どもをあやすように)
 ほらほら、きみが泣いたら、お空も泣くよ。
 せっかくお日さまが出てるのに!

エリフィーラ (泣き続ける)
 私、頭がおかしいのよ!いかれてるのよ!
フロリアーノ (優しくなだめながら)
 もうちょっと、晴れ間がほしいな!
エリフィーラ (疑わしそうに)
 あなた、まともな人なの?
フロリアーノ (あわてて視線をそらす)
 きみを見たら、まともじゃいられないみたいだ。
 これから、もっとへんになると思うよ。
エリフィーラ (なにかを考えている様子で)

 あっちへ行ってて!
フロリアーノ (傍白)
 なにを期待してるんだ?
 いかれた人間に、
 理性なんて役に立つわけがない。
エリフィーラ (精神病患者を演じながら、大声で叫ぶ。)
 だれか、馬をつれてきて!
 マンドリカルド*4
 私を待ってるんだから。
フロリアーノ (同様に、精神病患者を演じながら)
 ぼくの馬と槍を持ってこい!
 派手な色の衣装もな。
 (傍白)
 もう、セリアとのことは忘れよう。
 いま、新しい恋が始まったんだから。
エリフィーラ (馬から降りるふりをして)
 そこのあなた、馬のあぶみを押さえていてくれない?
フロリアーノ (傍白)
 喜んでするとも!
 きみのためなら!
 (エリフィーラの足にキスしようとする)
エリフィーラ (フロリアーノを蹴飛ばす)
 このチンピラ!私の足にかみつくなんて!
フロリアーノ チンピラじゃないよ。きみの捕虜だ。
エリフィーラ 私がドラリーチェ姫*5だと
 わかってるの?
フロリアーノ もちろん知ってるさ。きみの美しさを見ればね。
 ぼくがきみのマンドリカルドになってもいい?
エリフィーラ マンドリカルドには少しこわいところもあるけど、
 私は好きよ。
 でも、彼はいかれてなんかいないわ。
 あなたじゃ、むりね。
フロリアーノ ぼくがいかれているのは認めるよ。
 だけど、もしきみにぼくの心が見えれば、
 きみへの忠誠に満ちているのがわかるはずだ。

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(参考)アリオスト『狂えるオルランド』フランス語訳

ギュスターヴ・ドレによる挿画

1879年

マンドリカルドとドラリーチェ

Roland furieux : poème héroïque / Arioste ; traduit par A.-J. du Pays ; et illustré par Gustave Doré


エリフィーラ ルッジェーロ*6が来たかどうか、
 私の従者に訊いてよ。
フロリアーノ 到着したってさ。
 靴屋で、水を飲ませてもらったらしい。
エリフィーラ あなたの名前は?
フロリアーノ ベルトラン。
エリフィーラ オルランドじゃないの?
フロリアーノ もしきみが望むなら、
 同じテーブルを囲んだ
 十二勇士*7
 だれにだってなってみせるよ。
エリフィーラ カライーノス*8
 知ってる?
フロリアーノ 彼とは何度も、ツバメの巣を獲りに行ったことがある。
エリフィーラ サンソネット*9は?
フロリアーノ 知ってるよ。
 それから、キュウリをいっぱい食べたオジェ*10も。
エリフィーラ みんな、強くてかっこいい騎士よね!
フロリアーノ そうとも!
エリフィーラ (傍白)
 この人と話してると面白いわ!
 この人がまともなのか、
 私がおかしくなってるのか、
 どっちなのかはわからないけど。
フロリアーノ (傍白)
 ぼくがまともなことに気づかれたかな?
 また、ごまかさなくちゃ。
 (再び、大声で叫ぶ。)
 狩りに行くぞ!
 馬はつれてきたか?
 猟犬は?
 鷹とハヤブサは?
エリフィーラ 犬に革ひもはつけた?
 ハヤブサの足に紐はつけた?
フロリアーノ そいつらに骨をやっておいてくれ。
 オオタカは見つかるかな?
 小鳥を放って、そいつに獲らせてみたいな。
エリフィーラ 野蛮ねえ!どうぞご勝手に。
 だれか、ポルトガル製の糸をちょうだい!
 ヘアネットを編みたいから。
 (編み物をするまねをする)

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(5/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(3/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:ライダは未婚ですが、フロリアーノが勝手にライダを既婚者扱いして「美しきマルマリダーダ la bella malmaridada(結婚運の悪い女性の意)」と呼んでいます。ちなみにロペは1596年に『美しきマルマリダーダ』という別のコメディアを書いています。

*2:フロリアーノの恋人の名。

*3:当時の精神病患者は、悪霊に憑かれた者や魔女とみなされることも多かったと思われます。

*4:アリオスト『狂えるオルランド』の登場人物。タタール人の王で異教徒。

*5:『狂えるオルランド』に登場するグラナダの姫。マンドリカルドと恋仲になる。

*6:『狂えるオルランド』の登場人物。

*7:シャルルマーニュ帝に仕えたとされる騎士たちのこと。

*8:『モーロ人カライーノスのロマンセ』の主人公

*9:『狂えるオルランド』の登場人物。

*10:オジェ・ル・ダノワ。十二勇士のひとり。