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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(3/12)

『バレンシアのらんちき騒ぎ』(Los locos de Valencia)

エリフィーラ この世に、情けってものはないの?
 (マルティンに向かって)
 ねえ、そこにいる人!
 私は、いろいろと複雑な事情があって、
 持ち物を盗まれてしまったのよ。
マルティン (冷淡に)
 持ち物ってのが、きみの脳みそなら、
 たしかに、ほとんどなくなってるな。
エリフィーラ (いらだって)
 三千ドゥカードもする宝石よ!
ピサーノ あんたの妄想は、それか。
トマス 男がみんなほしがっている女のお宝も
 盗まれちゃったの?
エリフィーラ (怒って)
 よくもそんなことを!この恥知らず!
トマス おいで、おいで!いい子だから。

 

 (エリフィーラはトマスをひっぱたく。)

 

バレリオ (エリフィーラを制して)
 きみ、落ち着いて。
ピサーノ トマス、しっかりしろ。
トマス (エリフィーラに)
 乱暴な子だなあ!
マルティン だれと口をきいてると思ってるんだろう?
エリフィーラ さあね。これから考えるところよ。
マルティン (トマスに)
 はやく、その娘をつれてこい!
エリフィーラ どうして?
トマス (マルティンに)
 きみが、聖マルティンだってことを教えてやったら?
マルティン 聖マルティンじゃないってば。
 彼の乗っている馬だよ。
エリフィーラ (マルティンに)
 あなたが聖人なら、
 お願いしたいことがあるの。
 だって、聖マルティンなら、
 自分のマントを切って、私に分け与えてくれるはずだもの。
 私は、着るものもなくて震えているのよ。
 かわいそうだと思ってくれない*1

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(参考)エル・グレコ《聖マルティヌス(スペイン語ではマルティン)と物乞い》1597-99年

 ワシントン・ナショナル・ギャラリー


ピサーノ もちろん思ってるさ。
 だからあんたを、これからいいところへつれて行ってやるよ。
 (トマスとマルティンに)
 その娘を捕まえてくれ。遠慮するな。
エリフィーラ 私を?どうして?なんのために?
ピサーノ はやくしろ!
エリフィーラ やれるもんなら、やってみなさいよ。
 (逃げようとする)
トマス 独房に入れてやるぞ、モーロ女め*2
エリフィーラ 独房に?奴隷じゃあるまいし!
ピサーノ 閉じ込めてやれ!
マルティン そら、捕まえたぞ。
エリフィーラ 泣いている女の子に、こんなことをするの?
 バレンシアの人たちは、
 慈悲深いんじゃなかったの?
ピサーノ だからわれわれはいま、あんたにたっぷりと
 慈悲をかけてやってるんじゃないか。
エリフィーラ なんで、泥棒に襲われた私のほうが、
 檻に入れられなきゃならないのよ?
ピサーノ 檻の中で、
 好きなだけ妄想の話をしていればいいさ。
エリフィーラ こんなことをするより、
 私から宝石を奪った泥棒を探してよ!
ピサーノ (バレリオに)
 かわいそうな娘ですね。
 こんな妄想にとらわれているなんて。
マルティン 歩け!
エリフィーラ 踏んだり蹴ったりだわ!
 身ぐるみ剥がれた上に、檻に入れられるなんて!
ピサーノ 話は、明日聞かせてもらうよ。
 私はこれから用があるんでな。

 

 (マルティンとトマスは、エリフィーラを抱え上げて運び去る。)

 

バレリオ (エリフィーラに見とれていたが、我にかえって)
 それじゃ、ピサーノさん、ぼくは失礼するよ。
 理事長に、ベルトランを入院させてくれたことを
 ぼくが感謝していると伝えておいてくれ。
 それから、ベルトランは、
 暴れていないときは独房に閉じ込めないでくれ。
ピサーノ ええ、わかりました。
 それでも彼が不満を言うようなら、独房に行ってもらいますが。
バレリオ それはかまわない。

 (ピサーノ退場。)

 

バレリオ (ため息をついて)
 なんて一日だろう。
 こんなに奇妙なことが、たて続けに起こるなんて!
 その結果、ぼくが死ぬほど苦しむことになるなんて!
 ぼくは、フロリアーノを助けるために、
 彼をこの病院へつれてきた。
 そしたら、健康な人間が病院に入って、
 具合の悪い人間が病院から出てくるはめになったよ。
 さっきつれて行かれたあの女の子!
 彼女を見たとたん、
 ぼくの理性はふっとんでしまった。
 頭がからっぽになったみたいだ。
 完璧な美しさっていうのは、彼女のことを言うんだな。
 世間でよく言われるけど、
 ひとめぼれというのは、事故みたいなものだ。
 ぼくが見たのは、人間の女性なのか?
 それとも、地上に降りてきた天使か?
 (ぐるぐる歩き回りながら)
 ぼくはどうなってしまったんだ?
 すっかり理性をなくしてしまったらしい。
 なぜ、彼女をつれて行かせてしまったんだろう?
 止めることもできたのに。
 せめて、彼女の出身地や、
 名前を聞きだすこともできたのに。
 いまのぼくには、判断力さえもないみたいだ。
 彼女が精神病患者だという事実を、
 認める気になれないんだから。
 だけど、彼女の頭がおかしいんだとしたら、
 ぼくだって、似たようなものじゃないか?
 人は、恋する相手と一体化する。
 ぼくは、彼女にぼくの魂をささげて、
 その結果、いかれた男になってしまった。
 だれが予想しただろう?
 こんなところで、ぼくがおろおろすることになるなんて。
 もう一度、彼女に会いたい。
 きっと、これは幻覚だ。
 病院へ戻りたい。
 ぼくがこんな状態でいるのを見たら、
 病院の人は、出ていけとは言わないだろう。
 そしてきっと、ぼくのこの病気を治してくれるだろう。

 

 (バレリオは退場。
  病院の中庭。
  理事長の姪のフェードラと、侍女のライダが登場。)

 

フェードラ ほら、中庭まで降りてきてあげたわよ。
 あんたがしつこいから。
ライダ お嬢さまはきっと、
 私のたわごとをお叱りになるでしょうね。
 頭のおかしな人間のことを、
 聖人みたいに言ってるんですから。
 ここの理事長は、お嬢さまの叔父さまで、
 私はその使用人。
 でもいまは、理事長が病院を留守になさっていますから、
 私の恋の話を
 お嬢さまにお聞かせしてもいいでしょう?
フェードラ あんた、精神病患者を好きになったの?
ライダ これはアモルのせいですよ!
 でなかったら、こんなに私が夢中になるはずがありません。
フェードラ なるほどね。
ライダ いま、アモルと戦っているところなんです。
フェードラ 今日ここに入ってきたばかりの患者に、
 もうメロメロになってるんだとしたら、
 あんたに勝ち目はないわよ。
ライダ あの人は、見た感じでは、
 病気だなんてとても思えませんでしたよ。
 ええ、ちょっとおかしいな、とは思いました。
 でもそれは、変なことをしゃべるからじゃなくて、
 まったくしゃべらないからなんです。
フェードラ まったくしゃべらないような男を、
 よく好きになれるわね。
ライダ 美しい絵を見たら、
 心を動かされるものじゃありませんか?
 あの人を見て、私はそういう気もちになったんです。
 私は、大理石の彫刻に恋をしたんです。
フェードラ あんたもいよいよ、いかれてきたみたいね。
 口もきかない、石でできた病人に恋をしたなんて!
ライダ そうですよ、美しいフェードラさま。
 私は石に恋したんです。
フェードラ かわいそうに!もう、あんたにはついていけないわ。
ライダ 私はべつに、どこにも行きませんけど?
フェードラ その人は、暴れることはあるの?
ライダ 月の満ち欠けとともに、気がおかしくなるんですって。
 私と似てますよ。
 私はお日さまとともに、恋心が高まっていくんです。
フェードラ だったら、あんたたちはいいコンビよ。
 ひとりは太陽、もうひとりは月が原因で
 頭がおかしくなってるのね。
 病院で、いっしょに治療してもらうといいわ。
ライダ (祈る)
 神よ、私をお救いください!
フェードラ それで、その人は外国人なの?
ライダ いいえ、スペイン人ですよ。
 (祈る)
 アモルよ、私に慰めを与えたまえ!
フェードラ スペインのどこ?
ライダ カスティーリャです。
フェードラ あら、そう。
 バレンシアだってカスティーリャにひけは取らないわよ。
 ちゃんと国に納税しているもの*3
ライダ そういうことなら、私はトレド人でしょうか。
 私の恋は、トレド風ですから。

 

 (白いスモックを着たフロリアーノが、
   精神病患者を演じながら登場。)

 

フロリアーノ (病院からとび出してきて、
  振り返りながら悪態をつく)
 ぼくに鎖をつけるって?
 なんでだよ!
 りっぱなお屋敷の
 執事みたいな顔をしやがって。
 (身構えて)
 来るなら来てみろ。
 ぼくを甘く見るな。
 おまえは巨人で、
 ぼくは、ちびの羊飼いだって?
 それで、勝てると思うのか?
 (煉瓦の塊を拾う)
 ダビデはこうやって
 ゴリアテをやっつけたんだ。
 この煉瓦でもくらえ!
 これは、トゥロン・デ・アリカンテ*4なんかじゃないぞ!
 (煉瓦を投げるふりをする)
フェードラ (おびえて)
 逃げましょう、ライダ!
ライダ 待ってください。
 あの人は、からかわれると怒りますけど、
 普段はおとなしいんです。
フロリアーノ (フェードラとライダに気づき、
  急におだやかになって、彼女たちの前にうやうやしくひざまずく。)
 ぼくはあなたがたの奴隷です。
 賢くて、忠実で、働き者ですよ。
 そんなにびっくりしないでください。
 ぼくが生まれたのは、あのぶっそうなインディアス*5でもないし、
 エチオピアでもありません。
 アモルがぼくをここへ連れてきたんです。
 恋に落ちた人間の、悪い見本としてね。
 ぼくは人間ですが、存在しない人間です。
 存在するということに、意味がないからです。
 ぼくは、存在しない方がいいんです。
 だからぼくは、自分を隠すことで、
 存在を保っているんです。
 ぼくは、不幸な学生でした。
 もしぼくの話を聞いてくだされば、
 これほどみじめな人間は他にいないとお思いになるでしょう。
 この白いスモックをもらったおかげで、
 ようやくぼくは、生きる力を取り戻しつつありますけど。
 ぼくはひとりの女性を愛しました。
 美しく、聡明で、
 屈託がなく、感じのいい人でした。
 彼女があれほど魅力的でなかったら、
 ぼくも正気を失わずにすんだのに!
 彼女は、多くの男たちに愛されていました。
 しかし、中でもとびきりすてきな求婚者が現れて、
 彼女の心を射止めるという栄誉を勝ち取ってしまったのです。
 彼の高貴な身分が、
 彼女を振り向かせたというわけなんですよ。
フェードラ (同情して)
 まあ、ライダ!
 気の毒な話ね!
ライダ ほんとうに!
フロリアーノ (フェードラに)
 麗しいお嬢さん、
 どうか、おみ足にキスさせてください。
 ぼくもあなたのように、宙を舞いながら歩きたいんです。
 あなたの顔は、あのつれないぼくの天使に生き写しだ。
 ぼくは、バレンシアいちの愚か者だ!
 (フェードラの足にキスをする)
フェードラ この人、きれいな顔立ちをしてるわ!
 それに、話し方に愛嬌があるわね!
フロリアーノ ぼくは不安でたまらないんです。
 ぼくを追って、
 フリゲート艦隊がやってくるかもしれません。
 そうしたらぼくは捕虜になってアルジェに送られるか、
 足を縛られて、海にほうり込まれるでしょう。
 ほんとうの話なんです。
 でも、どうかだれにも言わないでください。
ライダ (フェードラの様子を見て、心配そうに)
 お嬢さまも、この人が好きになっちゃったんじゃありませんか?
フェードラ 月がこの人を狂わせるって言ったけど、
 私のことを、月だと思ってるのかしら?
 でも、こんなに熱烈に愛されるのなら、
 月になるのも悪くないわ。
ライダ この人と、つきあうんですか?
フェードラ まさか。
 この人の気もちを、もっと燃え上がらせてあげるだけよ。
 ほんとうの月が現れるまでね。
ライダ そんなばかなことをして、なんの役に立つんです?
フェードラ この人の恋わずらいを、消すことができるじゃない。
ライダ お嬢さまったら!
 私、嫉妬しちゃいますよ。
フェードラ 嫉妬なんて、ばかな女のすることよ。
フロリアーノ (もったいぶって)
 嫉妬を抑えるには、
 こめかみに油を塗って、
 顔を思いきり殴るといいですよ。
 コウモリの血を煮詰めて、
 おでこに塗るのも有効です。
 嫉妬する人間の頭には、角が生えると言いますから*6
 脱毛剤として使われるコウモリの血が効くんですよ*7
 しかし、ひとたび疑心暗鬼に陥ってしまえば、
 嫉妬からは逃れられません。
 アモルの力は強大なんです!
 だから嫉妬は永遠に続きます。
 パン(牧神)が、いつもポプラの葉で角を隠しているのも、
 そういうわけなんですよ。
 ぼくも、嫉妬の苦しみは知っています。
 お聞きください。
 嫉妬によって生える角と疑心暗鬼について、
 三段論法を立ててみましょう。
 一、恋する人間はみな嫉妬深い。
 二、嫉妬深い人間は、みな角を生やしている。
 三、ゆえに、恋する人間はみな、疑心暗鬼で角を生やしている。
 この不幸な感情によってもたらされる結果を
 想像してみてください。
 嫉妬や、それによる愚行を無理におさえようとしても、
 それは焼け石に水です。
 椅子に座っていようが、鞍に乗っていようが、
 常に心は苦しめられ、休まる時はありません。
 恋人がいれば、それを失うのではないかと恐れ、
 恋人がいなければ、それを失った悲しみに襲われるのです。
フェードラ なかなかおもしろいことを言うわね。
 ライダ、こんなふうに話せるってことは、
 彼は頭がいいんじゃないかしら?
フロリアーノ (悩ましげな様子で、フェードラに)
 お嬢さま、
 ぼくに、安らかなる眠りを与えてくださいませんか?
フェードラ どうやって?
フロリアーノ あなたの、そのリボンをください。
 アプレイウスの書いた『黄金のろば』*8では、
 ろばにされた青年が、
 バラの花によって、もとの人間に戻りました。
 あなたのリボンは、そのバラの花にひとしい。
 おそらく、ぼくの病気をすぐに治してくれるでしょう。
 あなたのリボンは、ぼくの嫉妬の解毒剤。
 あなたは、ぼくの病を治すアポロ*9です。

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(4/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(2/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:聖マルティン(ラテン語ではマルティヌス)が、寒さに震えている物乞いに自分のマントを切って分け与えたという逸話があります。

*2:「モーロ」とは主にアフリカ出身のイスラム教徒を指す呼称ですが、ここでは素性のわからないエリフィーラに対する蔑称として使われています

*3:バレンシアアラゴン連合王国を形成する国家のひとつで、中央集権的なカスティーリャ王国に拮抗する勢力に属していました。

*4:アリカンテ産の固いアーモンド菓子。

*5:中南米の植民地。

*6:妻を寝取られた男性を「角の生えた男(un cornudo)」と表現しますが、ロペは性別を問わず、嫉妬する人間には角が生えるという俗説があるとしています。

*7:当時、コウモリの血は脱毛効果があると信じられていたようです。

*8:2世紀に書かれた小説。ろばに変えられた青年ルキウスの物語ですが、その中の挿話『クピドとプシュケ』がとくに有名です。

*9:アポロは医療をつかさどる神。