Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(2/12)

レオナート もう、どうでもよくなってきた。
 ここまでぼくを傷つけて、責めさいなむなんて。
 いくらでも言えばいいさ、エリフィーラ。
 ぼくはかまわない。
エリフィーラ 私、そんなにひどいことを言った?
レオナート 言ったよ。
エリフィーラ 私が?
レオナート そうだ。
エリフィーラ あなただって、
 私のことを勝手に決めつけてるじゃない!
レオナート ぼくが卑しくて下等な男だから、
 自分とつりあわないと思っているくせに。
 それが不誠実な態度じゃないっていうのか?
 ぼくを好きになったと言いながら、
 最後の最後で、きみはぼくをあざむいた。
 ほんとうにぼくを愛してるなら、
 きみたちが女性の名誉と呼んでいるものを
 ぼくに与えることも拒まなかったはずなのに。
 ぼくが涙を流しながら訴えても、
 あらゆる手立てを尽くしても、
 きみは知らんぷりをして、
 ぼくをひとり寂しくほうっておいた。
 ぼくを愛していたなら、
 言い訳がましいことはしなかったはずなのに。
 きみはぼくをだましたんだ。
エリフィーラ 私は女だもの。
 こういうことは、きちんとしておきたいのよ。
 結婚するまで、それをすることは許されないんだから。
 そのことについては、むしろ感謝してもらいたいわ。
 なのに、そのことで私を責めるの?
 あなたの妻になる女として、当然のことを言ったのに。
 結婚する前にあなたの求めに応じてしまったら、
 結婚した後の私はあなたにとって、
 きっと、つまらない存在になってしまうわ。
 あなたたち男ってものは、手に入れるまでは必死になるくせに、
 一度手に入れてしまうと、とたんに恋人を邪険に扱うんだから。
レオナート そんなことはない。
 おおいに値打ちがあるものを求めているんだから、
 それを手に入れれば、もっと情熱的に愛することができるよ。
 じらされたら、情熱もさめてしまう。
 だけど、きみがぼくを信用していないのは、
 そんなことのためじゃないだろう?
 ぼくに、そこまでひどい言い方をするってことは、
 初めから、きみの態度は嘘っぱちだったんだ。
 きみがそんなにぼくを軽蔑していたなんて、
 すっかりだまされたよ。
エリフィーラ だったら、もういいわよ!
 ばかな人!
レオナート ああ、言ってろよ。
エリフィーラ (なだめるように)
 ねえ、
 もし私があなたをだましていたんだとしたら、
 両親や故郷を捨ててくると思う?
 私の人生を、あなたに賭けたと思う?
 そんなことするわけないでしょう?
レオナート 知るもんか。
 とにかく、ぼくから見れば、きみは嘘つきだ。
エリフィーラ どうして私が信用できないの?
 こんな見知らぬ土地まで、
 あなたについて来たっていうのに?
レオナート ああ、信用できないね。
 思うに、きみはぼくに恋していたというより、
 あそこでの生活にうんざりしていたから、
 ぼくについてきただけなんだろう?
 そうに決まってる!
エリフィーラ うんざりしていた?
 あんまりな言い方ね!
 あなただって、私への愛情なんかないんだわ。
 私がうんざりしていたって、なにに対してよ?
 両親が、私を結婚させようとしていたから?
 私が両親に逆らったのは、
 あなたの愛を信じていたからこそじゃないの。
 私は、逃げ出さなくちゃならないほど、
 両親にひどく扱われていたわけじゃないわ。
 私はあなたを愛していたから、あなたを選んだの。
 あなたは私の恋人よ。
 もう、こんな喧嘩はやめましょう。
 さっきみたいに、私に優しい眼差しを向けてちょうだい。
 「雨降って地固まる」とも言うじゃない?
レオナート (冷淡に)
 愛の話はいいから、
 宝石をこっちにくれよ。
 レケーナ*1を通るときに
 きみが隠しておいたやつを。
エリフィーラ 荷物と一緒に、置いてきたわ。
レオナート 人は呼ばなくていい。
 宿屋に入る前に、ぼくに渡してくれれば。
エリフィーラ なんのために?
レオナート なんのためって…べつに。
 あとで言うよ。
エリフィーラ あなたのお金は、もうなくなったの?
レオナート だから頼んでいるんじゃないか。
エリフィーラ だったら、このブレスレットを売って。
 (ブレスレットをはずして、レオナートに渡す)
レオナート 宝石を、全部くれって言ってるんだ。
エリフィーラ 全部?
レオナート ああ。
エリフィーラ まさか、私を置いて逃げる気じゃないでしょうね?
レオナート なんだよ、その言い方は?
 まだぼくをばかにするのか?
エリフィーラ ねえ、私のレオナート、
 そんな言い方をしないで。
 私の宝石はあなたのものよ。私自身もね。
レオナート 愛してなんかいないくせに。
 さっさと渡せ!このクズ!
エリフィーラ クズだなんて!ひどいわ!
 夫になる人から、そんなふうに呼ばれるなんて。
レオナート 夫なんて言われたくもない。
 はやく出さなかったら、殺すぞ。
 (短剣を抜く)
エリフィーラ 本気なのね!
レオナート 全部ここへ出せ。
エリフィーラ (身につけていた宝石を渡して)
 これで全部よ。
 その短剣をしまってよ。
レオナート あとでな。
 その帽子とマントもよこせ。
エリフィーラ (帽子とマントを脱ぎ、順番に手渡す)
 帽子と…マントも?ほんとに?
レオナート 騒ぐんじゃないぞ。
エリフィーラ 騒がれたらいやなの?
レオナート (短剣をむけて)
 口答えするな。刺すぞ。
エリフィーラ たったひとこと言っただけなのに!
レオナート はやくしろ。
エリフィーラ 剣をしまってよ。
レオナート あとでな。
エリフィーラ (傍白)
 この人、笑ってるわ。
 私の運命も尽きたのかしら。
レオナート それじゃ、服を脱げ。
エリフィーラ 服を?
レオナート ブラウスもな。
エリフィーラ (おびえて)
 ちょっと待って。脱ぐわよ。だけど…
レオナート 騒ぐな。
 (短剣を向ける)
エリフィーラ ねえ、私のレオナート…
レオナート 上品ぶるのはやめろ。
エリフィーラ 剣をしまって!
レオナート あとでな。
 (エリフィーラが脱いだ服を拾いながら)
 いい格好じゃないか!そのままでいろよ。
 (去ろうとする)
エリフィーラ いやよ!裏切り者!待ちなさい!
 (レオナートを捕える)
レオナート なにをする?
エリフィーラ こわくなんかないわよ。
 殴りたかったら殴ればいいわ。
レオナート はなせ!
 (エリフィーラを振りきって逃げる)
エリフィーラ 卑怯者!待ちなさいよ!
レオナート やなこった。

 

 (レオナートは下着姿のエリフィーラを置いて退場。)

 

エリフィーラ (レオナートに向かって)
 結局あなたは、私をつれて行く勇気がないから、
 こんなふうに私を捨てていくのね。
 (独白)
 見そこなったわ!
 あの人が、こんな恥知らずなまねをするなんて!
 ほんとうに私を裏切ったのね。
 戻ってくる様子はないわ。
 私はひとりぼっち。
 (嘆く)
 ああ、情けない!
 お金も宝石も失って、
 こんなひどい目にあって、
 知らない土地に裸同然の姿でほうり出されるなんて。
 どうすればいいの?

 (震えながら歩く)
 あの泥棒!よくも私を捨てていったわね!
 でも、不幸中の幸いだわ。
 服は奪われても、私の心までは奪われていない。
 私は、あんなつまらない従者のために
 両親を捨ててきてしまった。
 でも、アモル*2よ、
 それはおまえの企んだことじゃないわ。
 私はこれまで、だれも愛したことなんかない。
 ただ、気に入らない相手と結婚するのがいやだっただけ。
 気に入ってもいない相手とわかりあうことなんか、
 できそうにないもの。
 相談できる人がいなかったから、
 私は、ひとりで決断しなくてはいけなかった。
 あやうく、自ら命を絶つところだったわ。
 海にとび込んで死のうかと思ったけど、
 どうにか思いとどまったの。
 私は思いきって、人生という海原に乗り出した。
 でも、その船も浅瀬に乗り上げてしまって、
 凪いでいると思った海に希望の錨を下ろしたら、
 今度はレオナートに裏切られた。
 こんな格好でほうり出されて、生きた心地もしない。
 ひどいことをされたもんだわ!
 彼が私に与えてくれたものといえば、
 いま私が流している、この涙だけ。
 どうすればいいの?あんまりよ!
 頭がおかしくなりそうだけど、
 苦しみのせいで、どうにか正気を保っていられる。
 人を呼びに行かなくちゃ。
 でも、もう、歩く力が出ないわ。
 こわいけど、できるだけ冷静になって考えましょう。
 これまでの私は、冷静でなかったから失敗したのよ。
 だけど、私のこんな姿をだれかに見られたら、
 なんて言われるかしら?
 たいへん!人が来たみたい。

 

 (バレリオ、門番のピサーノ、元患者の使用人マルティンとトマスが登場。)

 

ピサーノ それじゃ、私が彼のめんどうをみますよ。
 できるだけのことはします。
バレリオ (心配そうに)
 もう、薬を飲ませるのかい?
 はやすぎないかな。
ピサーノ まだです。調合できたら飲ませます。
 それより、あの人を檻に入れないのはまずいですよ。
 精神病患者をおとなしくさせるには、
 閉じ込めておくほうがいいんです。
バレリオ いまは落ちついているから、大丈夫だよ。
 満月から新月にかわる時期だからね*3
 檻に入れる必要はないんだ。
 ひどく暴れるようなら、入れてもかまわない。
 彼は明るくふるまっているように見えるだろうが、
 メランコリーに襲われると、
 一日で死んでしまうかもしれないんだ。
ピサーノ わかりました。気をつけます。
 彼の名前は?
バレリオ ベルトラン。
ピサーノ 出身地は?
バレリオ トレドだ。
エリフィーラ (傍白)
 この人たちに見つかったら、
 精神病患者とまちがわれてしまうかもしれない。
ピサーノ なにか仕事をしていましたか?
バレリオ 大学で、哲学を学んでいたんだ。
ピサーノ 勉強のしすぎが、病気の原因でしょうか?
バレリオ あとは、恋だな。
ピサーノ よくあることですよ。
 プラトンもクピドも、病気を引き起こすんです。
バレリオ それぞれの受けもちがあるんだろう。
 過度の勉強と恋は、
 どっちも理性を失わせるらしいから。
ピサーノ ここでは、患者に対して、
 穏やかに接することになっています。
 厳しくしてはだめなんですよ。
 優秀な学生が、恋で頭をやられてしまうのは、
 なんともお気の毒です。
バレリオ 恋をしている男が、やたらに勉強したりすると、
 よけいに頭がおかしくなってしまうだけなんだ。
 知識がつけばつくほど、苦しみが増すんだから。
ピサーノ 恋の悩みの原因が病気なのか、哲学なのかは、
 私にはわかりませんがね。
 (マルティンとトマスを指さして)
 あそこにいる二人の男が見えますか?
バレリオ ああ、見えるよ。
ピサーノ 彼らも優秀な学生だったんですが、
 やはり恋のせいで、この危険な病にかかったんです。
 いまはおとなしくなったので、
 この病院の仕事をやらせています。
 寄付を頼みに行ったり、
 お使いをしてくれたりしますよ。
 トマス!
トマス はーい!
ピサーノ こっちへ来い。
エリフィーラ (傍白)
 逃げたほうがいいかしら?
 どうしよう?
ピサーノ (トマスの頭をなでる)
 よしよし、おまえは自慢の息子だぞ。
トマス うん。
 だけど、ぼくのお父さんは死んだんだ。
 だから、ぼくを「息子」って呼ぶのはおかしいよ*4
ピサーノ マルティン、
 おまえは郷士なんだろう?
マルティン ああ。
 物好きな連中が、
 ぼくのお母さんについて、
 いろいろと噂をしてるからね。
ピサーノ (バレリオに)
 この男には、
 自分が郷士の生まれだという
 妄想があるようなんです。
マルティン 火は、ものをあぶるってことを知ってる?
ピサーノ ああ。冷やすんじゃないことは確かだ。
マルティン そうか。
 それなら、あんたのじいさんも火であぶられたんだろうね*5
ピサーノ おい、このろくでなし!訴えてやるぞ。
トマス ぼくらを訴えたって、もう手遅れさ。
バレリオ (エリフィーラを見つけて)
 あの女の子はだれだろう?
トマス (うっとりして)
 砂漠の聖女ティスベだ!
 死んだ恋人を探しているのかな*6
 
エリフィーラ (傍白)
 見つかっちゃったわ。
 強盗に襲われたと言って、
 あの人たちに助けを求めようかしら?
 そうすれば、私がこんな格好でいることも
 説明できるわよね。
 バレンシアの人たちは慈悲深いっていうから、
 きっと私に優しくしてくれるはずよ。
マルティン やあ、きみ。
 きみにはお父さんはいる?
 きみのおじいさんの生まれは名家かい?
エリフィーラ (大声で嘆く)
 ああ、だれか助けて!
 泥棒が私から、宝石と服を奪っていったの!
ピサーノ (エリフィーラを見て)
 ちょうどいいタイミングだ。
バレリオ 彼女も、精神病患者らしいな。
エリフィーラ (傍白)
 どうしてこうなるの?
 今日は、なにもかもが悪い方へ転がっていくわ!
トマス (エリフィーラに近づき)
 ねえ!
エリフィーラ なあに?
トマス じっとしててよ。
エリフィーラ どうして?
トマス ちょっと抱きしめさせて。
エリフィーラ (暴れて)
 あっちへ行って!いやらしい!
ピサーノ まちがいなく、いかれてるな。彼女は。
トマス こっちへおいでよ!

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(3/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

バレンシアのらんちき騒ぎ(1/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

*1:バレンシア近郊の街

*2:愛の神

*3:当時、精神病の発作は月の周期に関係すると信じられていました。

*4:ピサーノは親しみを示す呼称として「息子(hijo)」という言葉を使っていますが、トマスは文字通りの意味にしか理解していません。

*5:ピサーノがコンベルソ(改宗ユダヤ人)の家系であることへの揶揄ではないかと思われます。

*6:ティスベは、オウィディウス『転身物語』(または『変身物語』)に登場する悲恋の主人公。自分のために死んだ恋人の後を追って自殺します。ここでは、砂漠で悔悛する聖女の姿と重ね合わされています。