Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

バレンシアのらんちき騒ぎ(1/12)

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lopedevega.hatenablog.com

 

バレンシアのらんちき騒ぎ

 

登場人物

 

フロリアーノ
レオナート
マルティン
詩人*1
カランドリオ
ベリーノ
レイネーロ
フェードラ
バレリオ
ピサーノ
トマス
モルダーチョ
ヘラルド
リベルト
エリフィーラ
ライダ

 

第一幕

 

(騎士のバレリオとフロリアーノが登場。)

 

フロリアーノ さっき、ここへ着いたばかりなんだ。
バレリオ 驚いたよ、フロリアーノ、
 きみが来るなんて。
 だけど、どうしたんだ?
 顔色が悪いぞ。
フロリアーノ ああ!親切なバレリオ!
(バレリオの手を取って)
 ぼくは、きみだけが頼りなんだ。
バレリオ なにかあったのか?
フロリアーノ きみはぼくの大切な親友だ。
 血をわけた兄弟みたいなものだ。
 (言いにくそうに)じつは…
バレリオ なんだ?
フロリアーノ いや、その…(口ごもる)
バレリオ はっきり言えよ。
フロリアーノ …死なせてしまったんだ。
バレリオ だれを?
フロリアーノ (不安げにあたりを見回して)
 人に聞かれるとまずい。
バレリオ (周囲に人がいないことを確認して)
 大丈夫だよ。
フロリアーノ (おどおどしながら)
 じつは、ぼくは、ある人を…
 その、まずいことに…
バレリオ (いらだって)
 ちゃんと話せよ。
 なにをためらっているんだ?
フロリアーノ (おびえて)
 怒らないでくれ、バレリオ。
 いまのぼくは、神経が高ぶっていて、
 なんにでも過剰反応してしまうんだから。
バレリオ だから、だれを死なせたんだよ?
 そいつの名前を言ってくれ。
フロリアーノ いまにここへ、
 おおぜいの追手が押し寄せてくるだろう。
 そいつらに見つかったら、ぼくはおしまいだ。
 (気を失いかけて、バレリオに支えられる。)
バレリオ まるで、きみのほうが死人みたいだな。
フロリアーノ (弱々しく)
 聞いてくれ。
 ぶっそうな連中が、
 血眼になってぼくを探している。
 ぼくは身の危険を感じ、
 サラゴサを脱け出して、このバレンシアまで、
 馬も使わず、走って逃げてきたんだ。
 途中には村ひとつなく、
 せいぜい、掘立て小屋みたいなものが、
 ぽつんぽつんと建っているだけだった。
 だだっ広い荒野の真ん中で、
 羊飼いに、食べかけの黒パンを分けてもらいながら、
 やっとの思いで、ここまでたどり着いたんだよ。
 まだ、これからどこへ行くというあてもないんだ。
バレリオ そんなことはいいから、
 きみを追っているやつの正体を教えろよ。
 よほど身分の高い人間でも死なせたのか?
フロリアーノ (まわりを気にして)
 ここでは言えないよ。
バレリオ そいつは騎士か?
フロリアーノ (おびえて)
 知らないったら。そんなことを訊かないでくれよ。
バレリオ (腹を立てて)
 ふん、情けないな!
 このぼくを、そんなに信用できないっていうのか?
 軽く見られたもんだ。
フロリアーノ (観念して)
 わかった。言うよ。
 死なせてしまったのは、レイネーロ皇太子だ。
バレリオ (仰天して)
 うそだろう?
フロリアーノ (うなだれて)
 とんでもないことをしてしまった。
 ぼくみたいに平凡な騎士が、
 こともあろうに、皇太子を手にかけてしまうなんて。
バレリオ (気の毒そうにため息をつき)
 たしかに、きみが助かる望みはないな。
 ぼくたちがどんな策を講じてもむだだろう。
 相手が王族では、
 世界の果てまで追い詰められて、
 つかまってしまうにちがいない。
フロリアーノ (うらめしそうに)
 ぼくを励ましてくれるかと思えば、
 絶望させるようなことを言うんだな。
 ぼくが頼れるのは、きみの友情だけなんだ。
 このままでは、ぼくは死を待つしかない。
 ぼくはきみに偽りのない友情を抱いているし、
 きみのためなら、どんな敵だって恐れない。
 それなのに、きみがそんなことを言うなんて!
バレリオ (あわてて)
 誤解しないでくれ。
 きみの身を心配しているだけだ。
 ぼくとの友情が終ったなんて思わないでほしい。
 窮地にいるきみを救えるなら、
 ぼくはなんだってするよ!
 だけど、きみがあまりにもおびえていたもんだから、
 ぼくもつい、不吉なことを想像してしまったんだ。
 起こってしまったことは仕方がない。
 ぼくがきみに言えるのはそれだけだ。
 たとえ相手が王族だとしても、
 知恵を絞ってなんとかこの場を切り抜けよう。
 危険な状況では、知恵こそがわれわれの友となるんだから。
 それにしても、どうしてきみは、皇太子を殺したりしたんだ?
フロリアーノ ぼくの恋人の家の前に、知らない男がいた。
 彼女とのことで言い争いになり、
 お互いに剣を抜いて戦っているうちに、
 運悪く、死なせてしまったんだ。
バレリオ (ため息をついて)
 これまでぼくらが起こした刃傷沙汰と、
 ほとんど同じパターンじゃないか。
 きみは女のこととなると、われを忘れてしまうんだから。
フロリアーノ ふたりの従者がその男を護衛して、
 盾をかまえていた。
 そして彼は、すごい形相で
 ぼくを殺そうと斬りかかってきた。
 ぼくはなんとかそれを振りきって、狭い裏道へ入ったんだ。
 しかし彼は、ライオンみたいに猛りくるって、
 ぼくを追いかけてきた。
 剣で何度も彼の攻撃を防いでいるうちに、
 ぼくは、もはや恐れてはいられないと思い、
 盾をかまえながら、逆手で剣を突き出したんだ。
 すると、剣は盾と腕の間をすり抜けて
 彼の胸に刺さった。
 そして、彼は倒れて…死んでしまった。
バレリオ なんてこった!
フロリアーノ 彼の剣がぼくの肩にあたっていなかったら、
 彼を串刺しにしていたかもしれない。
 窮地をうまく切り抜けたと思ったぼくは、
 その場から逃げようとした。
 決闘としてはルール違反だったけどね。
 彼が皇太子だとわかったのは、
 彼がぼくの行為を嘆いてこう言ったからだ。
 「気の毒なやつ!だれを殺したのかわかっているのか?
  だが、きみが悪いわけじゃない。私が無分別だったのだ。
  一国の王となるべき者が、このざまとは!」
 それを聞いて、ぼくはすっかり動転してしまった。
 皇太子の体は、次第に冷たくなっていき、
 ぼくも、生きた心地がしなかった。
 ぼくはそこから四つ辻を抜けて追手をまくと、
 刃のこぼれた剣を鞘におさめた。
 剣は血まみれだった。それを思い出すといまもぞっとする。
 そして、夜が明けるまでに
 ぼくは9レグア(約50km)も走ってここへ来たんだ。
 怒り狂った死神に追い立てられている気分だったよ。
バレリオ たとえきみが、
 ラス・イエグアス湾*2とか
 ナルボンヌあたりでトラブルに遭ったとしても、
 ぼくはうまく調停できると思うけど、
 こんなやっかいで恐ろしい敵が相手では、ぼくもお手上げだ。
 勇敢で、剣の腕が立つってのも困りものだな!
 騎士道精神をそんなふうに発揮するってのもね!
 スペイン剣術を考案した、あの偉大なるカランサも、
 きみほどのことはしなかっただろうな。
 ちょっと待っていてくれ。
 いま、きみを助けるためにはどうすればいいか、
 あらゆる手立てを考えているところだから。
 きみをかくまってあげたいのはやまやまだが、
 いくらぼくの家が裕福だといっても、
 国王に反抗してまで、
 きみの身の安全を保障することはできそうにない。
 結局、打つ手はないってことか?
 まてよ、たったいま思いついたアイデアなんだが、
 こういうのはどうだろう?
 きみは、正気を失ったふりができるかい?
フロリアーノ ああ。ふりなんかしなくても、
 実際にそうなってるよ。
バレリオ いいか?
 完全に気がふれてしまったようにふるまうんだ。
 みんなが、きみを異常だと思うくらいにね。
 バレンシアには有名な精神病院があるんだ。
 そこに入院している患者は、
 手厚い看護を受けている。
 こんなふうに命の危険が差し迫っているときは、
 病院の独房に身をひそめるのがいちばんいい方法だ。
 きみが病院にいるなんて、だれも思わないだろうし、
 薄汚れた格好で、わらのベッドに寝かされているきみを見れば、
 まともな人間だと思うやつなんていないよ。
フロリアーノ それは名案だ!
 いまのぼくのようなみじめな人間が助かるには、
 それしか方法はない。
 ぼくは恋のせいで、
 一度はほんとうに理性を失ってしまったんだから、
 そうなったふりをするくらい、お手のものさ。
 きみがびっくりするくらい、うまくやってみせるよ。
 演技が真実にまさることがあるならだけど。
バレリオ きみの場合、恋をしてさえいれば、
 演技する必要はないかもな。

 

 (レオナートとエリフィーラが登場。
  レオナートはブーツを履いている。
  エリフィーラは短いマントをはおり、つば広の帽子をかぶっている。)

 

レオナート エリフィーラ、ここがバレンシアさ。
 (城門を指さして)

 これは、クアルトの門というんだ。
 ヴィーナスとマルスという神によって、
 この街は大きな恵みを得た。
 見てごらん。りっぱな城壁だろう?
 あれは、トゥリア川さ。
 オレンジの香りを含んだきれいな水を
 海へ運んでいるんだよ。
 あれが大聖堂で、その横にあるのがミゲレーテの塔だ。
エリフィーラ すばらしいところね!バレンシアって。
 みんながここへ来たがるのがわかるわ。
 なんて豊かで、美しい街なのかしら。
レオナート 最高だろう?

 (エリフィーラと抱き合う)
フロリアーノ (バレリオに)
 あの二人は、ここに住んでいる人たちかい?
バレリオ ちがうようだな。あっちへ行こう。
フロリアーノ ぼくの正体がばれるとまずい。
バレリオ 病院の理事長に会いに行こう。

 

 (フロリアーノとバレリオは退場。)

 

エリフィーラ ほんとにすてき!
レオナート ここ以上にいい場所はないよ。
エリフィーラ うまく、逃げ出してこれたわね。
 父はどうしているかしら?かんかんに怒っていたけど。
レオナート お父さんは
 郷士*3だからね。
 恥をかかされたと思ってるだろう。
 ああいう人たちは、身分の低い連中を恐れているから、
 広場にとび出して、公衆の前で
 ぼくたちを非難するのがせいいっぱいなのさ。
 「親不孝な娘だ!」とか。
 「恩知らずの従者だ!」とか言ってね。
エリフィーラ 私たちが愛し合っているって知ったら、
 父はなんて言うと思う?
 私のことを、ばかだって言うかしら?
レオナート まあ、そうだね。
 身分ちがいの恋をしたのは、
 ばかなことかもしれない。
 だけど、そういう言い方はやめてくれ。
 ぼくを侮辱する気か?
 きみは、ぼくの心を受け入れてくれた。
 だからぼくは、きみと対等の立場になったはずだ。
 もうぼくは、以前のぼくじゃない。
エリフィーラ レオナート!
 あなたのことをばかにしたんじゃないわ。
 私のことを言っただけよ。
レオナート ぼくには、そうは思えなかったな。
エリフィーラ 私、そんなにひどいことを言った?
レオナート 言ったとも。
 さっきの言葉から察するに、きみは後悔してるんだろう?
エリフィーラ あなたは私のために、
 人生をささげてくれたんでしょう?
 どうして私にそんなことを言うの?
 私だって、自分の人生をあなたにゆだねて、
 両親を捨ててきたのよ。
 さっきの一言が、
 あなたへの軽蔑から出たものだっていうの?
 私たちのしたことは愚かだったけど、
 それがあなたのすばらしさを損なうわけじゃないわ。
レオナート 身分ちがいの恋なんてものは、
 たいして価値はないし、長続きしないんだ。
 きみはぼくを喜ばせてくれたけど、
 自分はつまらなさそうにしていた。
 ほんとうは後悔していたんだろう?
 それくらい、わかってるよ!
エリフィーラ どうして私が後悔するの?
 いまのあなたが、
 以前のあなたよりも劣っているっていうの?
 あなたはもう、私の従者じゃないのに?
レオナート ただの従者だよ。いまだって。
エリフィーラ あら、そう。
 だったら、なにが侮辱だっていうのよ?
 あなたも、私をあざむいていたんじゃないの?
 よくわかったわ。
レオナート いいや、
 ぼくがどれだけ侮辱を耐え忍んできたか、
 きみにはわかっちゃいない。
 きみがぼくを軽んじているのは、
 否定しようもないよ。
エリフィーラ (あきれて)ばかじゃないの?
レオナート ばかだったよ。
 だけど、しかたないだろう?それは。
エリフィーラ それが、
 私が自分をばかだと言ったのと、
 なんの関係があるの?
 私があなたに夢中になったことが、
 あなたを侮辱してることになるの?
レオナート きみの気もちは、よくわかったよ。
エリフィーラ 私の気もちが
 いちばんよくわかってるのは私なのよ。
 愛情のことだろうと、理性のことだろうとね。
 結局あなたは、私を捨てるための
 口実がほしいんじゃないの?
レオナート ああ、その調子でもっと言ってくれ。
 もっとぼくを侮辱しろ。
 ぼくを卑怯者扱いするくらいなら、
 このさい、思ってることをぶちまけたらどうだ?
 臆病風に吹かれたぼくが、
 きみを捨てようとしてるだなんて、
 勝手に決めつけてさ。
エリフィーラ いったい、なにを怒ってるの?
 どうして、私にそんなひどいことを言うのよ?
 私の気もちにやましいところなんてないのに、
 どうしてそれを否定するの?
 あなたと話している気がしないわ。
 まるで他人と話しているみたい。

 

バレンシアのらんちき騒ぎ(2/12) - Buenaguarda: las comedias de Lope de Vega

 

*1:原文では「ベラルド」ですが、もうひとりの登場人物「ヘラルド」と表記が似ているため、ここでは「詩人」と表記します。

*2:カナリア諸島付近の湾

*3:貴族と平民の間に位置する階級