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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

ロペの年譜(1562-1600年)

ロペ・デ・ベガについて➀生涯 ¿Quién es Lope? su vida

 そろそろロペの年譜を作ってみようと思います。いろいろとにぎやかな人生なので、前後に分けます。

 

 ロペの人生の前半では、エレーナ・オソリオとの恋が最も大きな出来事と言えるでしょう。もともと既婚者だった彼女との恋は、彼女の父親が劇団経営者でロペと娘の恋に利益を見出していたために見てみぬふりをされていたものの、ロペに経済力がなくてエレーナが新しい愛人をつくった(もしくは親にあてがわれた)ことによって終わったと推測されています。ロペにとってエレーナとの恋は生涯忘れられないものだったらしく、彼女は若き日のロペの詩にうたわれているだけでなく、晩年に書かれたロペの自伝的な小説『ラ・ドロテーア』のヒロインのモデルにもなっています。

 

Lope de Vega: La Dorotea, Colección La Crítica Literaria por el célebre crítico literario Juan Bautista Bergua, Ediciones Ibéricas (Spanish Edition)

Lope de Vega: La Dorotea, Colección La Crítica Literaria por el célebre crítico literario Juan Bautista Bergua, Ediciones Ibéricas (Spanish Edition)

 

 

 最初の妻イサベル・デ・ウルビーナも重要な人物です。彼の詩やコメディアに登場する「ベリーサ」という名前はイサベルのアナグラムです。彼女の死後、ロペはフアナ・デ・グアルドという女性と再婚しますが、女優のミカエラ・デ・ルハンとの間にも子どもをつくり、ふたつの家庭を行き来するという生活を送ります。

 

1562       11月25日、マドリードに生まれる。

       父は刺繍職人のフェリックス・デ・ベガ・カルピオ。

       母はフランシスカ・フェルナンデス・フローレス。

       12月6日、サン・ミゲル・デ・ロス・オクトエス教区教会で受洗。

1574(12歳) イエズス会の学校コレヒオ・インペリアルで学ぶ。

1576(14歳) アビラの司教ドン・ヘロニモ・マンリーケに仕える。

1577(15歳) おそらくこの年にアルカラ大学に入学する。(卒業はせず)

1578(16歳) 父が死去。

1579(17歳) この頃、コメディア『ガルシラーソ・デ・ラ・ベガの偉業』を書く。

1583(21歳) テルセイラ島(ポルトガル西方の島)遠征に参加。

1583-1587(21-25歳)

       ラス・ナバス侯爵に仕える。

       既婚者であるエレーナ・オソリオとの恋。

       彼女は劇団経営者兼監督ヘロニモ・ベラスケスの娘であった。

       ヘロニモ・ベラスケスに自作のコメディアを売る。

       劇作家として名声を得る。

1587(25歳) 12月、エレーナの家族に対する誹謗文を書いたとして告訴される。

       12月29日、拘留。裁判の開始。

1588(26歳) 2月7日、宮廷から8年、カスティーリャ王国から2年の追放が決定。

       3月、宮廷画家の娘イサベル・デ・ウルビーナの誘拐で告訴される。

       春、アルマダの海戦に参加するためリスボンへ赴く。

       5月10日。代理人を立ててイサベルと結婚。

       12月、アルマダの海戦から帰還、バレンシアへ到着。

1589(27歳) 7月10日、イサベルとバレンシアで挙式。

       娘アントニアが生まれる。

       母フランシスカが死去。

       詩集を刊行。

1590(28歳) カスティーリャ追放の期間が終わり、トレドへ移住。

       後のマルピーカ侯爵ドン・フランシスコに仕える。

1592-1595(30-33歳)

       アルバ公爵に侍従として仕える。

       家族と共にアルバ・デ・トルメスに居住。

       娘アントニア死去。

1594(32歳) 妻イサベルが娘テオドラ出産の際に死去。テオドラも死去。

1595(33歳) 所有物を競売で売却。

       エレーナの家族と和解。

       追放期間が減免されてマドリードへ戻る。

       マルピーカ侯爵に仕える。

1596(34歳) アントニア・トリーリョとの内縁関係によって告発される。

1597-1599  国王フェリーペ2世の喪に服すため、劇場が閉鎖される。

1598(36歳) サリア侯爵(後のレモス伯爵)の秘書となる。

       4月25日。肉の卸売業者の娘フアナ・デ・グアルドと結婚。

       マドリードに居住。

       女優ミカエラ・デ・ルハンとの恋。

       小説『アルカディア』、叙事詩『ドラゴンテア』を出版。

1599(37歳) 4月、バレンシアでのフェリーペ3世の結婚式に出席。

 

 

続きは、「ロペの年譜(1601-1635)」へ。

lopedevega.hatenablog.com

 

Lope de Vega : pasiones, obra y fortuna del monstruo de naturaleza

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