Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

守護天使(8/12)

 (カリーソが、兵士のような剣と羽根飾りを身につけて登場。)

 

カリーソ そろそろ起きて、出発しますか?
フェリックス ぼくが眠っていたから出発できなかったのか?
 ごめんよ。もう起きる。
 ロバたちにたっぷり餌をやってくれたかい?
カリーソ 私たちのとばっちりをこうむったロバたちには、
 餌と水を与えてきました。
 ついでに、若鳥の肉も二切れ買ってきましたよ。
 これに二羽のヤマウズラを足して、
 こま切れにしてくっつければ、
 七面鳥にごまかすこともできるんです。
 肉は、ロバの鞍に付けてきました。
フェリックス ありがとう、助かるよ。
カリーソ 私は毎日、
 田園詩を参考にしてるんですよ。
 しかし、ウェルギリウスの詩はあまりうまくないですね。
 彼はガッルスやティテュルスやマエケナスのことを
 褒めそやしていますけど、
 いちばん大事なもののことを書いていないんですから。 
ドニャ・クララ どうして?
カリーソ 豚肉がない生活なんて、
 なんの価値もありませんよ。
 ある学者が書いていますが、
 毎朝水薬を飲むよりも豚肉を食べるほうが、
 健康にいいし、味だっておいしいと
 ヒポクラテスが伝えているそうです。
 彼は、すごくいいことを言っていますよ。
フェリックス どんなことを?
カリーソ フェリックス様、それは水と豚肉との違いです。
 水は、良い水であるためには、
 色も香りも匂いも持ってはならないんです。
 味気ないことじゃありませんか!
 それに比べると豚肉は、良い豚肉であるためには、
 色と、香りと、匂いを持っていなければならないんです。
 水とは大違いでしょう?
 豚肉の色は真っ赤で、
 その香りは、ワインに合うし、
 その匂いは、竜涎香にまけないほどの強さです。
 豚肉のこうした性質はすべて、
 薬よりも効果的に、人間の健康を維持するんです。
 詩を書く人は、
 夜明けにサン・マルティン産のハムと、
 ラ・マンチャ産のチーズを二切れ食べるといいですよ。
 ムハンマドはこれを知らないでしょうね。
 (ベルゼブルが、彼をすみやかに
 アルジェかコンスタンティノープルへ連れていってくれますように!)。

 

 〔*当時のスペインにおける反イスラム、反ユダヤの風潮を示す。イスラム教徒やユダヤ教徒は豚を食べないので、豚肉食を表明することは敬虔なキリスト教徒であることを証明するものとされた。〕

 

 これさえあれば、
 じゃんじゃん詩を書くことができるでしょう。
 これが、ハムじゃなくてただの水だったら、
 エンダイブの漬物を食べてるようなもんですよ。
 夕方にもなれば、
 水筒からついだ、ぬるい水みたいな
 まずい詩しか書けなくなってしまいます。
ドニャ・クララ あなたは、面白い人になったわね。
カリーソ ええ、今はとても楽しいですよ。
フェリックス どこへ行こうか?
カリーソ 偉大なるトレドの街へ行きましょう。
 トレドと言えば、知らない者はいません。
 高貴な人々、なごやかな雰囲気、美しい女性たち!
ドニャ・クララ (あわてて)そんなところはいや!
カリーソ 妬いてるんですか?
ドニャ・クララ 違うわ。
カリーソ だったら何です?
ドニャ・クララ (困って)ただ、私の意見を言っているだけよ。
カリーソ それなら、やめましょう。
 ギニアへ行くといいですよ。
 あそこには、嫉妬などありません。
 マンディンガ族やサペ族は、嫉妬を知らないそうです。
 嫉妬から逃れる道が、この世にあるとすればですけどね。
 冗談はさておき、
 トレドでなければ、セビーリャへ行きましょうか!
フェリックス 有名な街だ。
カリーソ カスティーリャよりも自由な街ですよ。
 大都市だし、
 よそ者や貿易船や外国人だらけだから、
 自由にならざるを得ないんです。
 とても美しい街でもあります。
ドニャ・クララ それじゃ、出発の準備をしてちょうだい。
 そこへ行きましょう。
 (傍白)スペインのどこに行ったとしても、
 この不安からは逃れられそうもないけど。
カリーソ バレンシアという手もありますよ。
 あそこは地上の楽園です。
フェリックス いい街ではあるけど、
 まったく知り合いがいなくても大丈夫かな?
カリーソ どうせなら、バルセロナへ行きますか。
 海の恋人と呼ばれている街です。
 ビナロスを通ればイタリアへ行けるし、
 海路でイタリアへ行くこともできますよ。
ドニャ・クララ (傍白)愛さえあれば、この不安も克服できるはずだわ。
 フェリックスと二人で、私たちを守る城壁を築けばいいのよ。
 (フェリックスに)どこへでもいいから、早く行きましょう!
フェリックス それならまず、トレドに向かおう。
 (クララに)追手が来ることを恐れているなら、
 バレンシアでもかまわないよ。
カリーソ ロバや食事の準備は整っています。
フェリックス きみはどうしたいんだ、カリーソ
カリーソ あなたに任せますよ。
 あなたが目的地を決めて、出発してください。
ドニャ・クララ (カリーソに)ここからトレドまでの距離はどのくらい?
カリーソ 2レグア(約11km)もないでしょう。
ドニャ・クララ それじゃ、そこへ行きましょう。ロバをつれてきて。
カリーソ (傍白)素敵な旅だ!
 豚肉とワインがいつでも手元にあるなんて!(ロバをとりに行く)
フェリックス クララ、どうかしたのか?
ドニャ・クララ なんでもないわ。
カリーソ (戻ってきて)行きましょう。
ドニャ・クララ (傍白)あの羊飼いの言っていたことが気になるの。

 

 (三人は退場。
  ドニャ・クララの格好をした天使と、ドン・カルロスが登場。)
 
天使 あなたのために、父を説得することをお約束しましょう。
 そのかわりあなたは、あの騎士に手を出したり、
 剣をふるったりしないと、今すぐ私に約束してください。
ドン・カルロス (驚いて)院長様、
 私がドン・フアンに復讐しようとしていると、
 だれからお聞きになったんです?
天使 あなたがそれを知る必要はありません。
 私が知っていれば、それでじゅうぶんです。
ドン・カルロス (恥じ入って)
 おっしゃるとおりです。
 よけいなことを詮索したりして、申し訳ありません。
 あなたが聖女のようなかたであることは、
 この街中の者が知っています。
 その、たぐいまれな美徳を理解しようともせず、
 どのようにしてそれを知ったのかなどと訊く私は
 なんて悪い人間なのでしょう。
天使 カルロスさん、神は恥辱を受けた人々が
 みずからの手で復讐することは望んでおられません。
 「復讐してはならない」と、『レビ記』に書いてあります。
 「積年の恨みを抱いてはならない」と、『申命記』に書いてあります。
 ユディトは言いました。「慎み深い者たちは、待つべきである」と。
 ダビデは、神が彼の敵に復讐してくださることを願いました。
 悪に報いるのは神のわざであり、
 人間が我が身の自由と名誉を取り戻すためには
 神に望みをおくべきであるということが、
 『箴言』に書いてあります。

 己を侮辱した者への報復を神に願う者は
 それを見出すであろうということも、
 『シラ書』に書いてあります。
 そして神はエドムを、イスラエルによって罰することを約束しました。
 彼らが、敵に復讐することを望んだからです。
 預言者ナホムは三度、神を「復讐する者」と呼びました。
 そして、『マタイによる福音書』では神ご自身も、
 「あなたの右の頬を打つ者に、左の頬をも向けなさい」とおっしゃっています。
 パウロもまた、同じことをローマ人とヘブライ人への手紙に書いています。
 ヤコブとペトロもまた、同様のことを記録しているし、
 ヨハネは『黙示録』の中で、正しき人たちの魂について神に嘆願しつつ、
 「彼らの流した血の復讐は神の手にある」と言っています。

 ですからカルロスさん、あなたがご自分の恥辱を晴らしたいなら、
 神にそのことをお願いしなさい。
 そうすれば今日、私の父がここへ来たとき、
 私があなたの保証人になってあげましょう。
 きっと父は来るはずです。
 天におられる父のほうは、言うまでもなく
 常に私とともにありますけれど。
ドン・カルロス (天使の神々しさに恍惚として)
 太陽よりも明朗で純粋なクララ様、
 星々も霞んでしまうようなクララ様、
 あなたの話を聞き、あなたを見ているだけで、
 私のかたくなな心にも、信仰心が湧いてきます。
 どうか、あなたの足元にひざまずかせてください。
 さっきまで私は、悪しき企てを心に抱いていました。
 神よ、私をお許しください。
 そして私に、神の声を聞かせてくださったあなたも、
 どうか私をお許しください。
 私はドン・フアンを殺そうと思っていました。
 しかし、そのことを彼に告白し、
 謝罪するべきだとあなたがおっしゃるなら、
 私はそうするつもりです。
 いま、あなたの前でこうしているのと同じように、
 彼の前にひざまずいて、許しを乞いましょう。
天使 いいえ、わざわざそれを彼に教えることもないでしょう。
 彼は、あなたが彼の命を狙っていたことなど知らないのですから。
 あなたの名誉は、私が回復してあげましょう。
 心配しなくても、あなたの名誉はまだ傷つけられてもいないのですよ。
 ドン・フアンに、エレナをあなたへ返すよう頼んであげます。
 もともと、エレナを得ることが彼の目的だったのですから。
 私が彼を説得すれば、あなたはエレナと結婚できるでしょう。
ドン・カルロス 院長様、あなたにお会いできた私は幸運です。
 私と結婚するはずだったエレナを
 この手に取り戻したいと願っているのはたしかですが、
 それだけが理由ではありません。
 あなたが私にこれからサラマンカへ行き、
 貧しい衣をまとって観想修道院に入れとお命じになるなら、
 すぐにでも私はそうするつもりです。
 あなたが私に向ける眼差しは、それほどの威力を持っています。
天使 (少し困って)
 あなたがそうすることを神がお命じになれば、
 もちろん私は嬉しく思います。
 けれど今は、あなたの立場を回復することを考えなさい。
 妹のエレナはあなたを愛しているし、
 結婚というものは、聖なる秘跡でもあるのですから。
 トビアスが、サラとともに喜びに満ちた日々を送ったように、
 あなたも喜びのうちに生きることができます。
 たとえ婚約できたとしても、
 すぐにあなたの目的をとげることは控えなさい。
 卑劣で恥知らずなまねをすれば、
 悪魔の手にかかって死ぬことになりますよ。
 むしろ神に謙虚な祈りを奉げ、
 神への奉仕のためだけに彼女とともに生きることを願いなさい。
ドン・カルロス クララ様、
 私が己の企みを実行しようとしているところへ
 あなたが現れてくださったのは、
 天使によるお導きだったのかもしれません。
 私は必ず、誠実な心をもった人間になります。
 あなたは、私の大天使ラファエルです。
 どうか、私をお守りください。
天使 大丈夫です。神はあなたとともにおられますよ。

 

 (ドン・カルロスは退場。)

 

 なんとすばらしいお慈悲でしょう!
 人間は多くのものをあなたの肩に負わせています。
 それでいながら、ありがたく感謝してそれを下ろそうともしないのです。
 どれほどあのかたは人間のために苦しみ、
 また望みをかけておられることでしょう!
 ご自身を軽んじた者のために、
 御母マリアと私が善き守護者として
 その者に仕えるよう取り計らわれたのですから。
 あなたの奥義はかくも崇高で、
 その目的を知ることは誰にもできません。
 燃えるセラフィム熾天使)でさえ、
 あなたのお考えを見通すことはできないでしょう。

 

 (守衛所の女性が入ってくる。)

 

守衛所の女性 どうか、執事のフェリックスを呼んでいただけませんか?
天使 (傍白)彼のことも守ってあげなくては。
 (守衛所の女性に)フェリックスは今、この街にはいないの。
 何かの集金に行っているのよ。
 (傍白)身を滅ぼしに行ったと言うべきだけど。
守衛所の女性 リブランサ(支払い命令書)のお金の請求が来ています。
天使 リブランサ?
 それなら、私が支払っておくわ。
 (傍白)残念なこと!
 フェリックスが犯した罪に対する
 リブランサ(*放免という意味もある)ならよかったのに。
守衛所の女性 それに、増築した部屋の資材費として、
 百ドゥカード払わなければなりません。
天使 ああ、そうね!ちょっと待って。
 もちろん払いますとも。
守衛所の女性 こんな大事なときに、
 なぜ執事をよそへやったりしたんですか?
 火にくべる薪もないし、
 炭ももうなくなってしまいましたよ。
天使 大丈夫よ、みんな補給するわ。
 フェリックスは忙しいのよ。
 もしほかに足りないものがあったら、
 必要なだけ言ってちょうだい。
守衛所の女性 たくさんありますよ。
天使 ぜんぶ引き受けるわ。今ここで。
守衛所の女性 それではまず、
 いま来ている聖体安置台の彩色師と話してください。
天使 なぜその人に支払いをしなかったの?
守衛所の女性 フェリックスがいなかったからです。
天使 そういうときは、私に請求してちょうだい。
 フェリックスは忙しいんだもの。

 

 (鐘の音が聞こえてくる。)

 

 あら、晩課の鐘だわ。
守衛所の女性 晩課の鐘の後は、
 ご負担でなければ、
 (ご負担と言われたことはないのですが)
 院長様に率先して合唱席と回廊の床を
 掃除していただくことになっています。
天使 もちろんやるわ。
 私は、姉妹たちの中で最も小さき者ですもの。
 箒を持ってきてちょうだい。
守衛所の女性 (傍白)なんて慎み深いかたなのかしら!
 なんて完全なかたなのかしら!
 このかたをどんなふうに扱ったとしても、
 心を奪われてしまうのは確かだわ。
天使 箒はどこかしら?
守衛所の女性 掃除は私がいたしますよ。
 なんて楽しい仕事でしょう!
 (傍白)しばらくの間、この仕事をしたら、
 天使に変われるかも。

 

守護天使(9) - buenaguarda

守護天使(7) - buenaguarda