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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

守護天使(5/12)

 (ドニャ・クララが入ってくる。)

 

ドニャ・クララ (外にいる修道士に向かって)
 これで、今の話は片づいたわね。
 それから、祭壇を飾る宝石は
 私が預かっておくから、あとで持ってきてちょうだい。
カリーソ (金貨の匂いを嗅ぎながら)なんてかぐわしい匂いだろう!
 どんな香料よりもいい香りだ。
ドニャ・クララ (守衛室に入り、カリーソに)デオ・グラティアス
カリーソ (あわてて金貨を隠す)

 ポル・シエンプレ〔*いかなる時も=「どうぞ」の意〕。
ドニャ・クララ エレナに、私の手紙を渡してくれた?
カリーソ はい。ご報告していなくてすみません。
ドニャ・クララ 返事はもらったの?
カリーソ ええ、いただきました。

 

 (誤ってドン・カルロスから預かった手紙のほうを出してしまう)

 

ドニャ・クララ ありがとう。

 

カリーソが引っ込める暇もなく、手紙を取る)

 

 これから、すぐエルビラさんのところへ行って、
 大事なお勤めがあることを伝えてくれない?
 それから、宝石をお渡しするっていうことも。
カリーソ はい。(あわてて退場)
ドニャ・クララ エレナは、どんな返事を書いてきたかしら?

 (手紙を開いて読む)

 「もしもあなたが無慈悲な女性だったら、
  あのヘレネのように、
  トロイアの街を千回でも焼くことがおできになることでしょう」
  〔*ヘレネは、トロイア戦争の原因となったといわれる美女。〕

 (困惑する)なんなの、これは?
 (さらに読む)

 「驚かれるとは思いますが、
  私の熱い思いをどうか優しい眼差しで受けとめ、
  私に哀れみをかけてくださいませんか?」

 この字も、手紙の内容も、エレナのものじゃないわ。
 まさか、私への恋文? 
 カリーソったら、こんなものをだれから預かったのかしら!
 とんでもないことをする人ね!

 (さらに読む)

 「あなたはいたるところに、私の苦悩の跡を見出されるに違いありません」

 信心深いサクリスタンだと思っていたのに。
 あんなに、みんなに尊敬されていたくせに。
 でも、もしこの手紙が…(物思いに沈む)

 

 (縄を持ったフェリックスが入ってくる。)

 

フェリックス (うつろな表情で)私は、もう死ぬことにします。
 どうしても、この苦しみに耐えることができません。
 考えることもやめました。
 私は、あなたを楽にしてさしあげたいのです。
 ここで、首を吊って死にます。
 あなたに敗北した者を、これ以上追いつめないでください。
ドニャ・クララ (驚いて)どういうこと?
フェリックス 死にます。
ドニャ・クララ どうして?
フェリックス ただ、あなたが好きだからです。
 いくら苦行をしても、祈っても、役には立ちませんでした。

 

 (梁に縄をかけて首を吊ろうとする)

 

ドニャ・クララ (フェリックスにすがって)
 まって、フェリックス。死なないで。
フェリックス いいえ、無理です。
ドニャ・クララ (激しく懇願する)
 少しだけでいいから、私の話をきいて。
 お願いよ。
 どうか、神があなたをお守りくださいますように!
 なんて不幸なことなのかしら。
 私たちが、こんなにも弱い存在だったなんて!
 あなたが私に愛を告白し、悩みを打ちあけてくれた日の夜、
 私は眠れなかったの。
 あなたの愛が、私の心を揺り動かしたのよ。
 それを悟ったときは、私もあなたを愛そうと決めていたわ。
 それでも、あなたが誘惑に打ち勝ってくれることを願って、
 私は、自分の気もちを胸に秘めることにしたの。
 あなたが再び私のところへ来たとき…
 ああ、フェリックス!
 私はあなたを必死に軽蔑しようとした。
 自分が恐ろしかったのよ。
 だって、そのときの私は、
 もう神への畏れさえ感じなくなっていたんだもの。
 私は何度も苦行をしたけれど、
 それでも、あなたの言葉を忘れることはできなかった。
 忘れようと思えば思うほど、
 私の血は熱くたぎり、
 この身は燃えあがったの。
 あなたの流した涙が私の心に刻印を残して、
 私の魂は絶え間なく苦しめられ、
 私は、無我夢中で自分の体を鞭で打ったわ。
 この肉体の牢獄から私を解放してもらえないのなら、
 いっそ殺してほしいとさえ思った。
 食べることも眠ることもできず、
 聖堂にいても、馬車に乗っていても、
 窓から外ばかりを眺め、
 あなたの姿を探していた。
 昨日、私は決心したの。
 もし、あなたがもう一度私のところへやってきたら、
 一緒にこの修道院から抜け出そうって。
(泣きながら)お願いだから、私をどこかへ連れていって。
 でなければ、いっそ死なせて。
フェリックス 泣かないでください、院長様。
 ああ!どうか泣かないでください。
 あなたは、太陽のように明るいかたなのですから。
 私は、あなたが岩のように堅い心の持ち主だと思っていました。
 でも、今のあなたは、まるでガラスのようにはかない。
 (クララの前にひざまずき)私はあなたの奴隷にすぎません。
 なんでもお命じになってください。
 いつ、ここからあなたをさらって行けばいいですか?
 手短におっしゃってください。
 私はもう、おかしくなりそうです。
ドニャ・クララ 明日、一緒に抜け出しましょう。
 夜中なら、みんな寝入っているはずよ。
 私は、服を探しておくわ。
フェリックス 二人だけでは危険です。
 だれか、護衛となってくれる者を連れていきましょう。
 信用のおける人間はいませんか?
ドニャ・クララ カリーソがいいわ。
 彼を説得してちょうだい。
フェリックス あの、信心深いカリーソを?
ドニャ・クララ そう思っていたけど、まちがいだったの。
 だから、彼を連れていきましょう。
 きっと、私たちのために仕えてくれるわ。
 天の使いではなく、俗世の使いとしてね。
フェリックス あなたがおっしゃるなら、そうします。
 あとのことは私に任せて、待っていてください。
ドニャ・クララ ええ、待っているわ。
 フェリックス、私はあなたの妻よ。
フェリックス (退場する前に、客席に向かって)
 恋をしている者は、その気もちを相手に打ち明けるがいい。
 耐え忍んでいても、愛を得ることはできないのだから。

 

第二幕 

 

 (変装したフェリックスとカリーソが登場。)

 

カリーソ あまりびっくりしたので、
 腰が抜けそうですよ。
フェリックス 本当の話なんだ。
カリーソ (おおげさに天を仰ぎながら)
 神よ、なんとおそろしい罪でしょう!
 (フェリックスに)わかってるんですか、フェリックス様?
 あのクララ様の純潔を汚したりすれば、
 天から怒りの稲妻が落ちてくるんですよ。
フェリックス カリーソ、きみはばかなやつだな。
 そういう偽善的な言葉はやめろ。
 クララがぼくに話してくれたよ。
 きみは、だれかが彼女に宛てた恋文を預かったんだろう?
カリーソ (驚いて)私が?
フェリックス そうだ。
カリーソ あれは、エレナさん宛ての恋文ですよ。
フェリックス どっちでもいいさ。
 きみとの付き合いは長いのだから、
 クララはきみのことをよくわかっているはずだ。

 

 (短刀を取り出す)

 

 本題に入ろう。
 きみが一緒に来てくれないのなら、
 ぼくはこの短刀できみの胸を貫かなくてはならない。
 きみをこのまま残して行けば、
 ぼくらの身に害が及ぶだろうから。

 

 (思いつめた表情で、カリーソに短刀を向ける)

 

カリーソ そんなもの、しまっておきなさい。
 私は、喜んであなたとクララ様に仕えますよ。
 恐れや義務感からじゃありません。
 愛し合うあなたがたのために、働きたいんです。
 むしろ、嬉しくて躍り上りたいくらいですよ。
 私はもともと、軟弱な人間なんです。
 コルク底の靴とか、前掛けなんか、ぞっとしますね。
 ご婦人がたのヘアネットとか、おくれ毛とかなら大好きですが。
 スータンを着ていても、私の中身はからっぽです。
 音楽を聴けば、心がとろけそうになるし、
 ばかみたいに、われを忘れてしまうし。
 この修道院で、これまであなたが見ていた私は、
 ぜんぶ嘘っぱちです。
 信心深いカリーソなんて、虚像です。
 私の頭の中は、ご婦人がたのことでいっぱいなんですから。
 ご婦人がたの甘い声は、
 私にとって、ラードを塗ったローストチキンみたいに、
 かぐわしいものなんです。
 恋の手伝いをするくらい、私にとって楽しいことはありません。
 恋人たちが瞳を輝かせ、
 恥ずかしそうに頬を赤く染めているところを見られるんですから。
 もう、スータンは脱ぎますよ。
 偽善は、もうたくさんです。
 私は、人間らしくなったんだ。
 あなたも、そう言ったらどうです?
 どんな敵がやってこようが、
 この足で世界を蹴散らしてやりましょう。
フェリックス (安堵の表情で)
 きみが、すすんでぼくたちに仕えてくれるのなら、
 これほど嬉しいことはない。
 クララはいま、服を着替えている。
 それから、宝石を持ってくるそうだ。
 ぼくは、城門のところにロバをとめてきた。
 村人に見張らせている。
カリーソ 村人って?
フェリックス ぼくが所有している農地の園丁だ。
 合図をしたら、こっちへ来てくれることになっている。
カリーソ 私は変装しなくていいんですか?
フェリックス (カリーソに服と槍をわたして)
 もちろんするとも。しかし、ここを出てからだ。
カリーソ (傍白)まだ信じられないなあ。
 フェリックス様は、夢でも見ているんじゃないだろうか。
 (フェリックスに)ほんとうなんですか?
 クララ様が、あなたに首ったけになって、
 修道院を脱け出そうとしているなんて!
 あなたがさらっていくのは、天使のような人なんですよ。
 その信心深さゆえに、この修道院の院長に選ばれた人なんですよ。
フェリックス (もの思わしげに)
 カリーソ、愛する者の涙ながらの訴えに、
 堅い大理石も砕けたってことさ。
 あまりにも苦しい恋だった。
 三度、彼女と戦った…
 けれど、過ぎ去った苦しみのことを言うのはよそう。
 こういう結果になったんだから。
 ぼくは勝った。だから、もういいんだ。
カリーソ (しんみりと)
 たとえ完璧な女性だって、
 こんな敵が何度も戦いを挑んできたら、
 貞淑でなんかいられっこないでしょうね。
 恋してしまったものは、どうしようもありませんよ。
フェリックス カリーソ、ぼくはこの恋が
 ぼくの死によって終わるのではないかと思っていたんだ。
 だがそれは、クララとの結婚という形に変わった。
 そろそろ合図の口笛を吹いてみよう…
 まわりをよく見ていてくれ。だれか来ていないかどうか。
カリーソ こんな時間に、だれがいるっていうんです?
 街はもう真っ暗で、寝静まっていますよ。

 

 (フェリックスは口笛を吹く。ドニャ・クララが優美な服装で現れる。)

 

ドニャ・クララ (フェリックスに)あなたなの?
フェリックス 他にだれがいますか?
 この腕に抱かせてください、
 私の永遠の妻であるあなたを。
ドニャ・クララ ああ、あなたに抱かれたいという望みが、
 今夜、やっと叶ったわ!

 

 (フェリックスと長い抱擁をする。
  カリーソが咳払いをするのを聞き、驚いて悲鳴を上げる)

 

 だれ?そこにいるのは!
カリーソ 私ですよ。おわかりになりませんか?
ドニャ・クララ ああ、カリーソだったの。
 (ばつが悪そうに)すてきな槍を持っているのね。
カリーソ ランソン〔*園丁用の槍〕っていうんですよ。
 クララ様、ここを出て結婚されるそうですが、
 あなたのせいで失われるもののことも、考えてみてください。
 私は、この修道院のサクリスタンです。
 お祭りのときに私がいなかったら、
 みんなきっと困るでしょうね。
 宗教行列用の備品を、この私が持ちだして行くんですから。
ドニャ・クララ ごめんなさい。
 これは、愛による過ちなの。
 魂が、愛に場所を譲ってしまったの。
 二人とも、少しあっちで待っていてくれない?
 私は、しなければならないことがあるの。
フェリックス 急いでください。もうすぐ12時になりますよ。
ドニャ・クララ 12時?
フェリックス ええ。

 

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