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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

守護天使(4/12)

『守護天使』 (La buena guarda)

 (三人は退場。
  フェリックスが入ってくる。)

 

フェリックス (絶望的に)私は狂っている!
 この聖なる怪物!
 おろかな欲望の地獄!
 嵐の中にあっても
 希望の光を求める、私の哀れな心!
 なぜ、自らの死を願って、愛に身を投じるのだ?
 傲慢なやつめ!
 おまえは、火に飛び込む蛾のようだ。
 愛は、おまえを焼き尽くす炎だ。
 どこへ行こうというのか?
 何を求めているのか?
 ああ、クララ!
 あの人は、一万人の女性よりも、ひとりの天使に似ている。

 

 あの人に、おまえのしたことを伝えるがいい。
 そして、おまえの現状を伝えるがいい。
 あれほど祈ったにもかかわらず、すべては無駄だったと。
 再び燃え上がってしまった私のおろかな恋の炎よ、
 おまえを消すことは、もはや不可能だ。
 むなしい希望も、執拗に私をさいなむ。
 この苦しみは、まだ終わらないのか?
 まだ、私の気もちは変わらないのか?
 クララの優しい思いやりに応えて、
 己の苦しみをのりこえようとは思わないのか?
 おまえの恋には、なんの望みもないというのに。
 あの人は、一万人の女性よりも、ひとりの天使に似ている。

 

 おまえが崇めている人は、ただの女性ではない。
 考えるのを止めろ。
 天使は明るい。まさにクララは天使だ。
 (*クララClaraと「明るい(claro,clara)」という語が同形であることから)
 おまえのおろかな思い上がりは、
 邪悪な闇となって彼女を汚している。
 あの人は、私のために苦行してくれると言った。
 彼女の優しさと清らかさを、私は辱めようとしていたのに。
 あの人は、私の心を救おうとした。
 これで楽になれると思ったのに、
 再びおまえに苦しめられるとは!
 あの人は、一万人の女性よりも、ひとりの天使に似ている。

 

 ああ、神は容赦のないおかただ!
 私はすでに寝食も忘れ、
 悲嘆に打ちひしがれている。
 心は休まらず、
 この情熱に身を焼かれ、
 頭をもたせかける場所さえもない。
 彼女の美しさは、清らかな泉のようだ。
 私はそれを見つめながら、胸を焦がし、
 甘美な死へといざなわれてゆく。
 ああ、愛よ!おまえは地獄だ。
 あの人は、一万人の女性よりも、ひとりの天使に似ている。

 

 地上の女性に恋したのなら、
 私もこれほど苦しみはしない。
 たとえ、一万人の高貴な女性に恋したとしても。
 しかし、クララは天使だ。
 天使に恋する男がいようか?

 

 (懊悩しながら)
 愛が私を駆り立てる。
 しかし、畏れが私をためらわせる。
 彼女と話す勇気がない。
 きっと、お怒りになるに違いない。
 (クララがやってくるのを見て)
 どうしよう?もう彼女は来てしまった。
 愛よ!なんておまえは執拗なのだ!
 あの人は、一万人の女性よりも、ひとりの天使に似ている。

 

 (ドニャ・クララが入ってくる。)

 

ドニャ・クララ フェリックス、私に用があるんですって?
フェリックス (動揺して)はい。昨日おたずねになっていた件です。
ドニャ・クララ 徴税人が来たのね。何か言っていた?
フェリックス (うろたえながら)盲目の愛がどうとか…
ドニャ・クララ (けげんそうに)なんのこと?あなたはだれと話していたの?
フェリックス すみません。
 自分でも、何を言っているのかわかりませんでした。
 本当の用事を、これから申し上げます。
 院長様、私はすっかり正気を失ってしまったので、
 今日こそ、自分自身を葬ってしまわなくてはなりません。
ドニャ・クララ 何があったっていうの?
フェリックス わかりません。
 ただ、祈っても、断食をしても、
 倒れるまで苦行をしても、
 私の心が変わらないということだけはわかりました。
ドニャ・クララ (厳しい表情で)
 あなたには、信仰心ってものがないの?
 あなたが神に身を委ねて、
 何度もお祈りを奉げれば、
 神はあなたをお救いくださるはずよ。
 何を疑っているの?
 あなたは快楽にとらわれて、
 神の救いがどういうものか、見えなくなっているようね。
 お祈りは、正しい目的と節度をもってしなければ、
 なんの役にもたたないのよ。
フェリックス (苦悶して)どうしろとおっしゃるんです?
 あなたはそんなにも、
 神の恩寵と完全さを備えていらっしゃるというのに。
 神があなたを創られたのでしょう?
ドニャ・クララ そうよ。
フェリックス 私は、神が創られたものを愛しているだけです。
 神が、あなたに与えた美点にご満足されているなら、
 私のどこに落ち度があるというんです?
ドニャ・クララ (怒りをこめて)いいかげんにして!
 なんてことを言うの?
 やけになっているんでしょうけど、
 神に向かって不遜な言葉を吐くのはやめなさい。
フェリックス (絶望的に)そうです、
 そういう冷たい言葉がほしいんです。
 私にもっと言ってください、早く。
 お願いです。私にはこの火が消せないんです。
ドニャ・クララ (怯えて)きっと、悪魔があなたにとりついてるんだわ。
フェリックス いいえ。
 これは、ひとりの天使のしわざなんです!
ドニャ・クララ (厳かな声で)
 よく聞きなさい。
 私の夫であるキリストは、
 あなたのそんな醜い過ちを
 許してくださるはずはないわ。
 あなたはばかな人ね、フェリックス。
 最初はあなたを穏やかに諭してあげたけど、
 それは、あなたが反省して、
 二度と同じ過ちを繰り返さないだろうと思ったからよ。
 でも、今度はそうはいかないわ。
 残念だけど、あなたを解雇せざるをえないわね。
 執事には、別の人を雇うわ。
フェリックス (クララの足にすがりつき)やめてください、院長様。
 どうぞお許しください、お願いです。
 神が、ご自身の足元にすがる者たちをお許しくださるのはご存じでしょう。
 私のために、どうかもう一度、
 神のお許しを願ってください。
ドニャ・クララ (怒りを和らげて)
 もういいわ、フェリックス。
 あなたは皆に尊敬されている、立派な人ですもの。
 二度も襲ってきた不遜な敵を、
 私はこのとおり打ち負かしたわ。
 フェリックス、あなたを許してあげる。
 そのかわり、自分の罪の償いをしてちょうだい。
 あなたにそれをやり遂げさせるのが、
 神に課せられた私の義務なんだから。
 善は急げよ。
 キリストがあなたのような人間のために死なれたということを
 心に留めておきなさい。
 ここでお祈りをして、あなたの罪を告白しなさい。
フェリックス おっしゃるとおりにいたします。
 どうか、私のためにお祈りください。
ドニャ・クララ 今の言葉を忘れちゃだめよ。
 これから私は独房に入るわ。
 あなたは告解をして。
フェリックス もう二度と、あなたにご心配をかけるようなことはしません。
ドニャ・クララ (十字を切って)ああ!
 主よ、これは私の落ち度です!(退場)
フェリックス (壁に掛かっている磔刑像の前にひざまずき、祈る)
 主よ、あなたは何度、私の名を呼ばれたことでしょう。
 そして、私は何度、恥じ入りながらそれに答えたことでしょう。
 アダムのように裸のまま、
 ただ、罪の木の葉だけを身につけて。
 私は千度もついていきました、あなたの聖なる足の後を。
 十字架につけられたあなたの足は、
 私の手のすぐ近くにありました。
 そして恥知らずな私は、千度もあなたに背を向けました。
 あなたが私に払ってくださった分と同じだけの代価を払って。
 私はあなたに平和のキスをしましたが、それはあなたを売るためでした。
 主人を捨てて逃亡しておきながら、
 迎えに来てくれた者を傷つけました。
 今、私は涙ながらにあなたを見ています。
 私をあなたの十字架につけてください。
 そして三本の釘で手足を打ちつけてください。(退場)

 

 (ドン・カルロスとカリーソが入ってくる。)

 

ドン・カルロス これから、例の場所へ行くんだろう?
カリーソ ええ。
 私はあのかたのご様子をうかがいに、
 しょっちゅう家にお邪魔していますから。
 しかし、今回のことには驚きましたよ。
 結婚のお話が、あんなことになるなんて!
ドン・カルロス カリーソさん、
 悪意ある人間は、どこの世界にもいるものなんだ。
カリーソ (あきれて)恥知らずにも、ほどがありますね!
ドン・カルロス 私は、この縁談をぶちこわした人間を知っている。
 だが、やつの思い通りにはさせないぞ。
 私の手で、必ず報いを受けさせてやる。
カリーソ (分別顔で)どんな状況だとしても、
 復讐するというのは悪いことですよ、カルロスさん。
 それは神に委ねるべきことです。
 神にお任せしておけば、
 あなたが受けた恥辱を晴らしてくださるでしょう。
ドン・カルロス (苦悶しながら)
 だって、あまりにひどい仕打ちだ!
 私には耐えられない。
 エレナが恋しくて死にそうだ。
カリーソ そんなことを言ってはいけません。
ドン・カルロス なぜ?
 結婚とは神聖なものだろう。
 ドン・ペドロは私とエレナとの結婚を許してくれた。
 それを知った私の敵対者が、悪い噂を流したんだ。
カリーソ 思慮深い人たちは、
 恥辱を受けながらも、賢明さによってそれを乗り越えてきたのです。
 あなたも、賢明であろうと努めてください。
ドン・カルロス そうするよ。
 ところで、きみは口が堅そうだな。
 エレナに私の気もちが通じるよう、
 取り計らってくれれば嬉しいのだが。
(手紙を取り出し、カリーソに差し出す)
 彼女に、この手紙を渡してくれないか?頼む。
 もし彼女と結婚できれば、必ず礼はするから…
カリーソ とんでもない!
 そんな手紙、私はお預かりできませんよ。
ドン・カルロス 私が結婚に向けて努力するのは、
 神の御心にかなうことだろう?
 (カリーソに金貨を見せる)
 ほら、ドブロン金貨4枚だ。受け取ってくれ。
カリーソ (しばらく考えてから)そうですね、
 神聖な理由による行いであれば、かまいませんよ。
 お二人とも、信心深いかたですし、
 そのご希望も、お気もちも、誠実なものですし、
 あなたの結婚をお助けするのは、正しいことでしょうからね。
 承知しました。それでは、ごきげんよう。
 院長様は、エレナさんによく手紙を書かれます。
 今日は私がその手紙を届けることになっているんです。
 そのとき、あなたの手紙もエレナさんに渡しておきますよ。
 けれど、これはあなたがエレナさんと神聖な結婚をなさるために
 私に命じられたことですからね。
 覚えておいてくださいよ。
ドン・カルロス もちろんだ。よろしく頼む。(退場)
カリーソ 金は万能なり!
 されど、愛も万能なり!
 (手紙を服の中に隠す)
 クララ様と話をする間、この手紙を隠しておこう。
 見つかったら、きっと咎められる。
 (外の様子をうかがい)いまは、修道士のフアンと
 話をなさっているようだ。
 守衛室に入っておこう。
 (守衛室に入り、金貨を見ながらほくそ笑む)
 ドブロン金貨ってのは、
 おれに真の喜びを与えてくれるなあ。
 ああ、たまらん!
 つい、顔がにやついてしまう。

 

守護天使(5) - buenaguarda

守護天使(3) - buenaguarda