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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

守護天使(2/12)


 (歌声が聞こえてくる。)

 

歌手たち (歌う)袖の赤い服を着た
 田舎のかわいい女の子。
 宮廷の貴婦人よりも
 あの子は無邪気で清らかだ。
 アラ、ベン、イ、ドゥラ!
 神父は渋面するけれど。

 

カリーソ (興奮して、無意識にステップを踏んでしまう)
 なんだろう?
 体が勝手に跳びはねる。
 フライパンの上で
 焼かれてる肉みたいに。
 楽しい曲だ!いい歌だ!
 (自分の足に向かって)
 おい、おれの足よ、何をしてるんだ?
 ステップが止まらない。
 しかたない。フロレータくらいはいいか。
 スータンをたくし上げよう。
 カスタネットを打ち鳴らせ。
 そら、ここでジャンプ!
 おっと、だめだ!ふらついた。
 やはり、踊りはおれには無理だな。
 聴いているだけにしよう。(ステップを踏むのをやめる)

 

歌手たち (歌う)あの、美しい髪結いの女。
 まるで、タラベラ産の壺みたい。
 肌は艶やかで真っ白だ。
 アラ、ベン、イ、ドゥラ!
 恋より楽しいものはなし。

 

カリーソ (うっとりしながら)恋だって?
 髪結いの女だって?
 ああ、神よ!
 私も生身の男なんです。
 扉の近くに行ってみよう。
 (扉の陰から中をのぞく)ここで眺めていよう。
 また歌が始まったぞ。
 これがカーニバルってものだ。
 びくびくすることはない。

 

 (歌手たちが聖堂から出てくる。
  仮面をつけた数人の男女が続き、踊り始める。)

 

歌手たち (歌う)仕立屋の妻の大災難。
 だいじな生地でもなくしたかって?
 なくしたものは、分別さ。
 アラ、ベン、イ、ドゥラ!
 神父は渋面するけれど。
 
 弁護士の妻は口八丁。
 夫婦喧嘩では連勝中。
 旦那以上に有能だ。
 アラ、ベン、イ、ドゥラ!
 恋より楽しいものはなし。

 

 (歌手と踊り手は笑いながら聖堂へ戻る。)

 

カリーソ (我にかえって)いけない。
 おれは、この女子修道院のサクリスタンだった。
 どうかしていたな。
 これが、堕落への道か。
 あぶなかった。
 ああいう連中を見て、おれも世間というものを知るのさ。
(フェリックスの姿を見て、残念そうに)
 執事のフェリックス様がきた。
 お楽しみは、長く続かないものだなあ!

 

 (フェリックスが登場。)

 

フェリックス (時折、ため息をつきながら話す)カリーソ
 クララ様からの指示だ…いいか?
 昨日話し合った、聖体安置台の件だけど、
 新しいものを作って、彩色して、金箔を貼るようにってさ。
 それで…古い方は解体しよう。
 クララ様が新しい修道院長になったことを
 シウダー・ロドリゴの人たちに知ってもらうには、
 そのほうがいい…
カリーソ (無意識にステップを踏みながら)
 ええ、クララ様はすばらしいかたですからね。
 (歌う)アラ、ベン、イ、ドゥラ!
 (傍白)いかん、また足が動いてしまった。
フェリックス (けげんそうに)どうかしたのか?
カリーソ (はぐらかすように)聖体安置台は重要な聖具です。
 サクリスタンとして、このお役目は誇らしいですよ。
 でも、今はカーニバルの時期ですからね!
 作るのは、あとにしませんか?
フェリックス 無理だよ。
 聖体安置台は、早めに作り始めないと、
 彩色に時間がかかるから。
カリーソ (語尾を真似て)かかるから…アラ。
 (歌う)アラ、ベン、イ、ドゥラ!
フェリックス (驚いて)どうしたんだ、カリーソ
カリーソ ちょっと頭が混乱してるんです。
 この歌のせいですよ。
 あとで悔い改めをしておきます。
フェリックス (設計図を見せながら)ここの比率に注意してほしい。
カリーソ (歌う)あの、美しい髪結いの女…
フェリックス (ぎょっとして)なんだって?
カリーソ (困惑して)すみません。
 今は少し調子が悪くて。
フェリックス それなら、
 今日の午後二時に、またここへ来てくれ。
 それから、クララ様に仕事の話があるので、
 ここの守衛室から修道院に入らせてくれないか。
カリーソ (傍白)理性は、半時間ももたないな!
 (歌う)仕立屋の妻の大災難…

 

(守衛室の扉を開けてフェリックスを中に入れ、退場)

 

フェリックス (不思議そうに)カリーソらしくもない!
(悲しげな表情になり)それにしても、
 私のむなしい愛は、どこへ行きつこうとしているのか?
 からっぽの小舟のように、たよりなく波に漂うだけだ。
 おろかなやつ!
 己の危うさがわかっていないのか。
 神よ、私をお救いください!
 私はこのまま、激情にまかせて身を滅ぼしそうです。
 この修道院に来なければよかった!
 執事になど、ならなければよかった!
 クララ様に会わなければよかった!
 彼女の美しさを、この目で見なければよかった!
 神よ!
 いっそ私に、不慮の死をお与えください。
 かなわぬ恋ほどつらいものはありません。
 これほどの苦しみがあろうか?
 クララは修道女だ。
 いわばキリストの妻だというのに!
 何を企んでいるというのだ、私は?
 かくも崇高な彼女の夫を、侮辱するつもりか?
 なんと恐ろしい!
 身のほどを知らないやつめ!
 だが、私はどう生きていけばいい?
 私の恋の炎はすでに、
 手がつけられないほどに燃え上がっている。
 もはや、秘密にはしておけない。
 私は覚悟の上で、ここに来たのだ。
 もう、後戻りはできない。
 このままでいるくらいなら、
 いっそ自ら死を選ぶほうがましだ。

 

(守衛室から修道院の中に入る)

 

 デオ・グラティアス〔*神に感謝=「失礼します」の意〕。
 皮肉だな!
 私は、むしろ神を辱めているのに。
 けれど、主よ、どうか私にお慈悲を!
(部屋の奥へ向かって)デオ・グラティアス
 院長様に会いに参りました。

 

(中からの声) フェリックスが来ましたよ。
(ドニャ・クララの声) それじゃ、明日テオドラが戻ることを伝えておいてね。

 

 (修道服姿のドニャ・クララが入ってくる。)

 

ドニャ・クララ (フェリックスに、てきぱきとした口調で)
 こんにちは、フェリックス。
 何か変わったことはない?
 小麦粉は届いたかしら?
 代金は計算した?

 

(フェリックスは黙っている。)

 

(いらいらして)何かあったの?
 ねえ、今日の予定は?
 小麦粉はまだなの?
 聖体安置台のことは、カリーソに言ってくれた?
(フェリックスの様子がいつもと違うのに気づき)
 どうしたの?
 なぜ黙っているの?
 そんな深刻な顔をして。
 ねえ、何があったの?
 何を考えこんでいるの?
 体の具合でも悪いの?
 心配だわ。
 顔がまっさおよ。
フェリックス (重い口調で)私は、病気なんです。
ドニャ・クララ なんの病気?
フェリックス 心の病気です。
ドニャ・クララ 心の?
 何か悩みがあるっていうの?
 それなら、解決の道をさがしましょうよ。
フェリックス 悩んでいるのはたしかですが、
 解決できる見込みは、ほとんどありません。
 ですから、その道をさがすつもりもないんです。
ドニャ・クララ ひょっとしてあなた、お金がないの?
 それとも何か、大事なものを盗まれたとか?
フェリックス そうです。
 しかし、それが戻ってくることはないでしょう。
 私が、自らそれを差し出したのですから。
 (手で顔を覆う)ああ、院長様!
 神はあなたに、その美しさと、
 賢さをお与えになりました。
 どうか、私の話を聞いてください。
ドニャ・クララ (憐憫の表情を浮かべて)ええ、どうか話してちょうだい。
 ぜひ、力になりたいわ。
 私はあなたが大好きなのよ、フェリックス。
 たとえまわりからやり過ぎだと言われても、
 全力であなたを助けてあげるわ。
 お金なら、なんとかしてあげる。
 ある程度は余裕があるし。
 だから心配しないで、事情を聞かせて。
フェリックス それでは、お話しいたします。
ドニャ・クララ ええ、お願い。
フェリックス (涙ぐみながら)私の心は、
 深い悲しみと苦悩にさいなまれているのです。
 もはや希望はありません。
 生きる気力も尽きました。
 今すぐここで、
 首をくくって死んでしまいたいほどです。
 髪の毛ほどの太さでいい、
 この首に巻く紐さえあれば。
ドニャ・クララ (傍白)男の人が泣くなんて!
 (フェリックスに)いったい、どうしたっていうの?
 首をくくるだなんて!
フェリックス (泣く)あなたが、輝かしく、
 崇高なお人柄でいらっしゃるからです。
 その若さで院長になられたのも、
 あなたの徳の高さのゆえでしょう。
ドニャ・クララ (困惑して)よくわからないわ。
 私は、あなたの悩みの原因を聞いているのよ。
 正直に言って。
 この修道院の給料が足りないのなら、
 私が自分のお金から支払ってあげます。
 首を吊るなんてだめよ。もう泣かないで。
フェリックス 院長様、
 あなたのお人柄については、
 この修道院のだれもが賞賛しているんですよ。
ドニャ・クララ それが本当なら、
 あなたも、もっと私を信用したらどう?
フェリックス ええ、そうしたいのです。
 ですが、私が悩んでいるのは、
 お金のことではありません。
 そして、私は院長様に、
 この問題を解決していただくつもりはないのです。
 これ以上、私の口から言えることはありません。
ドニャ・クララ (フェリックスの表情を見て、理解したように)
 わかったわ!そういうことなのね。
 かわいそうなフェリックス。それで泣いているのね?
 どこかのお嬢さんを好きになったんでしょう?
 そのかたと結婚したいのなら、
 私が力添えをしましょう。
 そういう誠実な愛には、
 きっと神のお助けがあるはずよ。
フェリックス いいえ、それはできません。
 そのかたは既婚者なのです。
 ですから、私はこれほどまでに苦しんでいるのです。
ドニャ・クララ (愕然として)既婚者!
フェリックス はい。
 彼女の夫は、
 これ以上はないほどにすばらしいかたです。
 私のこのような考えが、
 そのかたを侮辱しているのかと思うと、
 恐ろしくてなりません。
 そのかたの力も、
 そのかたの気高さも、絶大なのです。
ドニャ・クララ (厳しい表情で)そんなすばらしい人の奥様を
 あなたが愛してしまったというなら、
 ゆゆしき事態ね。
 けれど、あなたは自分の心に打ち勝つために、
 お祈りと修行と断食をするべきよ。

 

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