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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

ロペとドン・フアン伝説について

Figure 2

ティルソ・デ・モリーナ『セビーリャの色事師と石の招客』冒頭のページ

ロペ・デ・ベガその他の著者による12の新しいコメディア集第二巻』

(1630年)より

 

 ドン・フアンといえば次々と女性を誘惑する放蕩児の代名詞となっています。実在のモデルがいたかどうかは定かではありませんが、スペインで誕生したドン・フアン・テノーリオというキャラクターは、むしろ国外へ広まることによって普遍的な存在になったといえるでしょう。最初にこの物語を明確な作品にしたのは修道士で劇作家のティルソ・デ・モリーナ(ロペの弟子にあたります)ですが、モリエールの『ドン・ジュアン』、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』などの作品のほうが今日では有名になっています。モリエールの『ドン・ジュアン』は、スペインよりもずっと宗教的に複雑な状況にあったフランスで書かれたものであり、ドン・ジュアン(フアン)もただの放蕩者ではなく、無神論者のごとき人物に描かれている点が斬新だったといえます。

 

 しかし、ティルソ・デ・モリーナの創造したドン・フアン・テノーリオもまた、当時のスペインの宗教劇では異色のキャラクターだったにちがいありません。少なくとも、ロペが作ったコメディアの定石を覆していることはあきらかです。ドン・フアンが、主人公でありながら女性をたぶらかして捨てることに最大の喜びを見出すという歪んだ精神をもっていること、死ぬ前に告解をしようとしても神から拒まれる形で地獄に落ちてしまうことなどは、ロペの宗教劇ではほとんど考えられません。

 

 ロペ自身はいささかモラルに欠けた行動に楽しみを見出す破天荒な人物で、愛情と憎しみの振り幅の大きい多情多恨の人だったと考えられますが、他人をいたぶることのみに快楽を見出したり、真っ向から神の存在を否定するような反社会的・無神論的考えは受け入れませんでした。宗教劇においても、その姿勢は比較的穏健な傾向にあります。

 

 ロペにとって神の愛とは、人間の恋の情熱以上に激しいものでなくてはならず、それゆえにドン・フアンのような人物がいれば、無理やりにでも愛して救済してやるのが神であろうという考えが強いようです。今日(異論もありますが)ロペ作とされている『かなえられた信頼La fianza satisfecha』では、ドン・フアンさながらに悪事を重ねる主人公が、自分を救済しようと苦しむキリストの姿を幻視して改心するという物語になっています。19世紀にホセ・ソリーリャが書いた『ドン・フアン・テノーリオ』でも、最後はドン・フアンが救済されます。カトリックの考えでは、神はすべての人を救い給うという結末のほうが好まれるのでしょう。

 

Lope de Vega : pasiones, obra y fortuna del monstruo de naturaleza

Lope de Vega : pasiones, obra y fortuna del monstruo de naturaleza

 

 

ホセ・ソリーリャ『ドン・フアン・テノーリオ』

国立古典演劇劇団(CNTC)による上演(2014年)


Don Juan Tenorio CNTC / Avance/T.Calderón (2014)