Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

ばかなお嬢様(10/12)

第七場
(リセオとトゥリーンを残して退場)

 

リセオ おい、トゥリーン。
トゥリーン (うわの空で)はい?
リセオ ぼくは、女性の好みが変わったみたいだ。
トゥリーン (悲しげに)恋愛相談なら、その道の専門家でも探してください。
リセオ これからは、別の女性に恋をする。
トゥリーン ニーセさんをあきらめるっていうなら、
 いいことだと思います。
リセオ そうだ。
 ぼくをふったニーセに思い知らせてやるんだ、
 フィネアを使って。
トゥリーン (驚いて)そんなことを考えてるんですか?
 だとしたら、感心しませんね。
リセオ あらためて、フィネアとの結婚を
 オタービオさんに申し込むことにする。
トゥリーン それに反対はしませんが…
リセオ こうでもしないと、ぼくの気がおさまらない。
トゥリーン 冷たくされた腹いせに
 別の人と結婚するなんて、やめたほうがいいですよ。
 復讐のための結婚をして、幸せになった人はいません。
 あなたが、すてきな女性に変わったフィネアさんを
 心から好きになったのなら、
 すぐにでも結婚されればいいと思いますけど。
 だってどうも私には、
 ニーセさんが賢い女性とは思えなくなってきましたから。
リセオ ミセーノさんがここへ来ているんだ。
 フィネアに別の縁談をもってきたのかもしれない。
トゥリーン お願いです。
 はやまらないで、よく考えてください。
リセオ その必要はない。今すぐに結婚を申し込んでくる!(退場)
トゥリーン (独白)神よ、あのかたを
 正しい道へお導きください。
 あのかたを、過ちからお守りください。
 ほんとうは、おれもリセオ様と同じなんだ。
 セリアにむなしい恋をしてるんだから。
 おれみたいな男がねえ!
 恋ってのは、理性を失わせるものだなあ。
 どうせ、かなわぬ恋だけど、
 あの調理場の天使が、「トゥリーン、厨房に散る」って言葉を、
 フライパンの裏にでも刻んでくれたらいいのに。
 
第八場
(ラウレンシオ、ペドロ、トゥリーン)

 

ラウレンシオ この芝居も、いよいよ大詰めだな。
 これからひと波乱ありそうだ。
ペドロ しっ!誰かがそこにいますよ。
ラウレンシオ (トゥリーンを見て)やあ、トゥリーン。
トゥリーン ラウレンシオ様…
ラウレンシオ どうしたんだ?悩みでもあるのか?
 話してくれよ。
トゥリーン 有能な人間は、
 他人に口外してはいけない事情を
 いろいろ抱え込んでいるものなんです。
 あいにく、私は有能なんですよ。
ラウレンシオ リセオに、なにかあったんだな?
トゥリーン じつは、結婚を申し込みに行かれました。
ペドロ (傍白)有能が、聞いてあきれるよ!
トゥリーン リセオ様は、フィネア様を気に入られたようです。
 ニーセ様への当てつけかどうかは知りませんが。
 すぐにでも結婚するつもりだとおっしゃっていました。
ラウレンシオ リセオがぼくを裏切るとは思わなかったな。
トゥリーン 裏切る?
ラウレンシオ おまえは、親友との約束を破ってもいいと思ってるのか?
トゥリーン いいえ。
ラウレンシオ 彼はぼくに、フィネアと結婚はしないと約束したんだよ。
トゥリーン だからといって、約束を破ったとはいえませんよ。
ラウレンシオ どうして?
トゥリーン リセオ様は、別の女性と結婚するんですから。
ラウレンシオ 別の女性?
トゥリーン フィネア様はもはや、以前のばかな女性ではありません。
 賢い女性です。
 リセオ様は、賢い女性がお好きなんです。
 文句がありますか?
ラウレンシオ ない。
トゥリーン では、失礼します。(退場)

 

第九場
(ラウレンシオ、ペドロ)

 

ラウレンシオ なんてこった!
 ペドロ、ぼくはどうすればいい?
 フィネアに知性が見られるようになってから、
 ぼくはこうなることを心配していたんだ。
 リセオが、賢い娘になったフィネアを
 好きになってしまうんじゃないかって。
 それが現実になるとは!
ペドロ それだけじゃないでしょうね。
 持参金もあてにしているんでしょう。
 ばかなお嬢さんはいやでも、
 賢いお嬢さんなら、言うことはないですから。

 

第十場
(フィネアが入ってくる)

 

フィネア ラウレンシオ!
 クララが教えてくれたの。
 みんな、私が知的な女性になったと言っているんだって。
 私、とてもうれしいわ。
 お父様にも伝えてあげたの。
 だけど、たとえクララがなにも言わなかったとしても、
 私にはわかったと思うわ。
 私の心は、とても察しがよくなったのよ。
 あなたがどこに行っても、
 私には、あなたの姿が見えるの。
 たくさんの鏡を使ってうまく像を反射させると、
 遠くにいる人の姿を見ることができるでしょう?
 あんなふうにね。
 だってあなたは、永遠に残る思い出と一緒に、
 私の目の中にいるんだから。
 そこはとても広くて、
 たくさんの鏡が掛かっているの。
 あなたの姿を映して見ることができるように。
 あなたがたとえ私に背を向けていても、
 私にはあなたの顔が見えるわ。
 あなたは私の太陽そのものよ。
 私が鏡を見ても、泉の水面の影を見ても、
 そこにあなたの美しい顔が映っていて、
 まぶしいほど輝いているの。
ラウレンシオ ああ、フィネア!
 きみはすっかり変わった。
 ここまできみが賢くならなければよかったのに!
 きみがばかな娘でいるほうが、ぼくは気が楽だった。
 きみが賢くなったら、心穏やかではいられない。
 ぼくはきみに恋をした。
 でもそれは、きみに助言をしてもらうためじゃない。
 きみに、難しい本を読んでもらうためじゃない。
 審問所で、ぼくを弁護してもらうためでもない。
 ぼくはきみに、無邪気なままの女性であってほしかった。
 だって、無邪気な妻というものは、
 夫にとって、勲章みたいなものなんだから。
 きみたち女性はみんな、少なくとも、
 結婚するために必要なことは知っている。
 この世に、ばかな女性なんていないんだ。
 だって、知的な話なんかできなくても、
 欠点にはならないんだから。
 結婚する前のお嬢様たちはみんな、
 格子窓ごしに男と話をしたり、
 恋文を書いたりする。
 そして、馬車や女性専用室の中で、
 女どうし、恋の駆け引きや嫉妬について
 あれこれおしゃべりする。
 だけど、いったん結婚すれば、
 彼女たちも、家庭を守らなくちゃいけない。
 知的な会話をするより、
 黙っているほうが、いい妻とみなされるんだ。
 フィネア、きみが賢い女性に変わってしまったせいで、
 ぼくがどんな目にあっていると思う?
 リセオがきみを妻として望んでいるんだ。
 こんなはずじゃなかった!
 彼はもうニーセのことをあきらめて、きみと結婚しようとしている。
 ぼくの望みは消えた。
 だからもう、ぼくに何も言わないでくれ。頼むから。
フィネア 私のどこが悪かったっていうの?ラウレンシオ。
 あなたがすばらしい人だと思ったから、
 私はあなたの言うとおりに勉強したのよ。
 あなたと話すために、話し方を覚えたわ。
 あなたの口説き文句に、ころっと参ってしまったから。
 あなたの手紙を読むために、難しい本を読んだわ。
 あなたに返事を書くために、字を書いたわ。
 恋だけが私の先生だったの。
 恋が私を教育してくれたの。
 あなたは、私が身につけた学問なの。
 嘆くことなんか、なにもないでしょう?
ラウレンシオ きみを責めているんじゃないよ。
 ぼくはただ、自分の不運を嘆いているんだ。
 だけど、きみはもう、いろいろなことをよく知っているんだね。
 だからフィネア、ぼくのために、
 きみがなにか方法を考えてくれないか。
フィネア 方法ならあるわ。簡単よ。
ラウレンシオ なんだって?
フィネア みんなが手を焼いていた私の愚かさが、
 賢さに変わったから、
 リセオは私を好きになったんでしょう?
 だから、私が以前のようにばかな娘に戻れば、
 リセオは私を嫌いになるはずよ。
ラウレンシオ それじゃ、
 きみは、わざとばかな娘のふりをしようっていうのか?
フィネア そうよ。私は長い間そうだったんだから、
 もう一度ばかになるのなんて、簡単なことよ。
 自分の通ってきた道は、目をつぶっても歩けるものなの。
 それに、女性というものはみんな、
 恋のためであれ、身の安全のためであれ、
 人をあざむく能力を早くから身につけているんだから。
 そもそも、生まれてくる前から、私たちは人をだましているのよ。
ラウレンシオ 生まれてくる前から?
フィネア そうよ。どういうことか、教えてあげる。
 あなたも、きっと聞きおぼえがあるはずよ。
ラウレンシオ 話してくれ。
フィネア 私たちは、母親のお腹の中にいるとき、
 両親をあざむいて、男の子であるかのように思わせているの。
 だから、父親は喜んで、
 妊娠中の母親の気まぐれにつき合ってあげるのよ。
 いたわりの言葉をかけたり、お世辞を言ったりしてね。
 そして、長男誕生への期待をかけて、
 たくさんの贈り物が届けられるにもかかわらず、
 私たち女の子が生まれてきて、
 跡継ぎができるという望みは断ち切られてしまうわけ。
 つまり、親たちの期待に反して
 女の子が生まれるということは、
 私たち女性が、生まれる前から人をあざむいているってことよ。
ラウレンシオ なるほどね。
 だけどフィネア、もし今のきみが
 ほんとうに人をあざむくことができるんだとしたら、
 それはたいへんな進歩だと思うよ。
フィネア まって。リセオが来たわ。
ラウレンシオ ぼくはあそこに隠れるよ。
フィネア 早く行って。
ラウレンシオ おまえも来い、ペドロ。
ペドロ ちょっと、危険すぎやしませんか?
ラウレンシオ この際、そんなことを気にしてはいられない。

 ラウレンシオとペドロは隠れる。

 

第十一場
(リセオとトゥリーンが入ってくる)

 

リセオ ようやく、話がまとまったな。
トゥリーン これも、神のおはからいでしょう。
リセオ(傍白)ここに、本来のぼくの妻がいる。
 (フィネアに)フィネア、ミセーノさんが、
 ドゥアルドとニーセを結婚させようとしていることを知ってるかい?
 ぼくたちも、彼らと一緒に結婚式を挙げないか?
フィネア 冗談でしょう?
 だって、ニーセが私に教えてくれたんだもの。
 あなたとニーセが、ひそかに結婚したって。
リセオ ニーセが、ぼくと?
フィネア そうよ。あなた、オリベーロスさんだっけ?
 誰だったのか思い出せないわ。
リセオ (傍白)なんだか、様子がまた変わったみたいだ。
フィネア 失礼ね。
 変わったことぐらい知ってるわよ。
 変わったら悪いって言うの?
 お月さまだって、ころころ姿を変えるじゃないの?
リセオ (トゥリーンに小声で)どうなってるんだ?
トゥリーン (小声で)また、ばかに戻っちゃったんでしょうか?
フィネア じゃあ、私の質問に答えなさい。
 月はひと月に一回、「新月」になるわよね。
 そのとき、年寄りの「古月」たちはどこに行ってるの?
 答えられないんだったら、私に降参しなさい!
リセオ(傍白)くだらないことを…
フィネア 「古月」たちはね、欠けたところを
 修繕するために、しまってあるのよ。
 そんなことも知らないなんて、ばかじゃないの?
リセオ フィネア、昨日のきみは、
 驚くほどの知性を見せてくれたじゃないか。
フィネア 昨日はね。
 今はあなたのところにあるのよ。
 知性ってものは、時とともにうつろうものなの。
リセオ (傍白)それは、偉大な哲人の言葉のようだが…
ペドロ(傍白)ばかの耳には念仏だ。
リセオ (フィネアに)フィネア、
 きみの変わりようには、打ちのめされたよ。
フィネア 打ちのめされた?なんでよ。あなたに触ってもいないのに。
 だったら、ためしてみましょうか?あなたが打ちのめされるかどうか。ほら!
 (リセオを叩く)
リセオ(傍白)いまいましい!
 オタービオさんに願い出て、
 フィネアといよいよ結婚式を挙げようというときに、
 彼女がもとに戻ってしまうなんて。
 (フィネアに)フィネア、しっかりしてくれよ。
 ぼくはきみを、ドゥエーニョ
 (dueño:妻 *男性形だが、女性を表すものとして使われる)として
 愛しているんだから。
フィネア ばかね。ドゥエーニャ(dueña)でしょうが!
リセオ そんな言い方があるか?
 きみに魂をささげる夫に対して?
フィネア なんですって?
リセオ ぼくは、きみに魂をささげているんだ。
フィネア 魂ってなに?
リセオ 肉体を支配している精神のことだよ。
フィネア 魂って、どんな形をしているの?
リセオ フィネア、魂を言葉で説明することはできるけど、
 絵に描くことはできないんだ。
フィネア そう?大天使聖ミカエルの絵にあるじゃない。
 ミカエルの持っている天秤の上に描かれているのは、
 人間の魂でしょ?
リセオ まあ、そうだね。
 絵の中にいる天使は、翼と人間の肉体を持った姿で描かれる。
 そこに描かれている魂は、美しい精神をあらわしているのさ。
フィネア 魂は、しゃべるのかしら?
リセオ いいや。魂は、楽器とか、人間の感覚とか、
 肉体の一部を通じてはたらくんだよ。
フィネア 魂は、ソーセージを食べる?
トゥリーン (リセオに)どうしたんですか?げんなりして。
リセオ もう、なにも考える気がおきない。こんなのは愚行だ!
トゥリーン ばかな人間が、愚かなことをするのはまれですよ。
リセオ だったら、誰がするっていうんだ?
トゥリーン むしろ、賢い人たちが愚かなことをしてしまうんです。
 この世では、ありとあらゆる原因から、
 ありとあらゆる効果が生まれるんですから。
リセオ トゥリーン、ぼくはやっぱりニーセのほうがいい。
 たとえフィネアが愛情に満ちた女性だとしても、
 ぼくは知性ある女性のほうが好きなんだ。
 (フィネアに)フィネア、きみに魂をささげるつもりだったけど、
 もう、それはできない。さよなら。
フィネア 魂って、怖いわよね!
 私が見た絵の中には三つの魂が描かれていたの。
 人間の姿をしていて、歩いていたわ。
 そのうちのひとつは、きっと地獄に堕ちるんでしょうね。
 私、「死者の日」の夜は、
 服を着替えるのも怖いのよ。
トゥリーン この人の愚かさは、筋金入りですね。
 夫の装飾品としては、最悪の妻と言わざるを得ません。
リセオ オタービオさんに、このことを知らせよう。

 リセオとトゥリーンは退場。

 

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