読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

ばかなお嬢様(5/12)

『ばかなお嬢様』 (La dama boba)

 リセオとトゥリーンを残して全員退場。

 

第十九場
(リセオ、トゥリーン)

 

リセオ どうすればいいんだ?
 この、人生最大の危機に!
トゥリーン (リセオの乗馬用ブーツを見て)靴を履きかえます?
リセオ 靴どころか、ぼくの運命そのものを取り換えたいよ。
 あんなとんでもないお嬢さんを見たのは初めてだ。
トゥリーン 神様も、罪なことをなさいますね。
 あんなにかわいい人が、あんなにばかだなんて。
リセオ ぼくの身内が取り決めた結婚だけど、
 それなりの理由があれば、断ってもいいはずだ。
 法律だって、ぼくに味方してくれるだろう。
 まともな女性と結婚できると思っていたのに、
 あんな人間ばなれした女性が相手だったんだから。
トゥリーン それじゃ、結婚はやめるんですか?
リセオ いくら持参金が高額でも、
 フィネアと結婚するってことは、
 維持費がばかにならない不動産を抱えてるようなもんだよ。
 若くて美人なのは確かだけど、
 彼女とぼくとの間に、まともな子どもができるとは思えない。
 トラかライオンか、ヒョウみたいな生き物が生まれるかも…
トゥリーン 一概にそうとは言えませんよ。
 私の経験から言うと、賢い親から生まれたのに、
 ばかな人間になって、親の顔に泥を塗った子どもはたくさんいます。
 歴史上の人物にも、そういう例はあります。
リセオ 知ってるよ。
 キケロの息子のマルクス・トゥリウスは、
 父親に似ても似つかない、できの悪い息子だったそうだから。
トゥリーン ですから、逆に、とんびが鷹を産むことだってありえるんです。
リセオ いやいや、トゥリーン、そんなのは気休めだよ。
 親と同じような子どもが生まれるのがふつうだ。
 それがあたりまえなんだ。
 こんな婚約は破棄してやる。
 誓約書なんか、破いてやる。
 自由にまさる宝は、この世にはない。
 これでもし、相手がニーセだったなら…
トゥリーン おや、急に怒りが鎮まっちゃいましたね。
 怒り狂っている人間には、鏡をむけて、
 自分の顔を見せてやれば、正気に戻るんだそうですが、
 あなたには、美しいニーセさんを見せてやれば、
 自分好みの女性というものがどういうものかわかって、
 怒りが鎮まるらしいですね。
 好みとは心の顔であり、心の自由の証であるとはよく言ったものです。
リセオ そうさ。
 オタービオさんがぼくをだましたことには腹が立つが、
 ニーセだけが、今のぼくの怒りを和らげてくれるんだ。
トゥリーン 結婚する相手を姉に代えたって、いけないことはないでしょう?
リセオ そうでないと困る。
 ぼくに、ニーセをあきらめてフィネアと結婚しろと言うことは、
 生きる道を捨てて、もだえ死ぬ道を選び、
 あかるい昼を捨てて、喪に服する夜を選び、
 かわいい小鳥を捨てて、邪悪な毒蛇を選び、
 バラの花を捨てて、いばらの棘を選び、
 天使を捨てて、悪魔を選べと言うことと同じだ。
トゥリーン お気もちはわかりました。
 いくらお金があっても、それで相手を好きになれるわけじゃありません。
 それに、若さというものは、お金のようには取り戻せませんからね。
リセオ 決めたぞ。
 あのばかなお嬢様との結婚は、やめにする。
 
第二幕

第一場
〔オタービオの家、庭園に面した部屋〕
(ドゥアルド、ラウレンシオ、フェニーソ)

 

フェニーソ あれから一か月たつけど、
 まだリセオとフィネアは正式に結婚してないな。
ドゥアルド おおかた、持参金めあてだったんだろうが、
 フィネアに魅力を感じるかどうかは、また別の問題だからな。
ラウレンシオ ニーセが病気になったことも、
 結婚が延びた理由のひとつだろう。
フェニーソ フィネアがあんなばかな娘だとわかれば、
 だれだって結婚したいとは思わなくなるさ。
ラウレンシオ 彼女は、以前ほどばかではなくなっているよ。
 ぼくも驚いているんだが、
 愛というのは魔術師みたいなものだ。
 魔術師が冷たく凍った石に火をつけてしまうように、
 愛は、彼女に知性という火をつけてしまったらしい。
ドゥアルド 愛がそういう奇跡を起こすことはあるね。
 たとえ、無教養な連中の間であっても。
フェニーソ しかし、あのフィネアに知性を与えるなんて、
 そう簡単なこととは思えないなあ。
ラウレンシオ きみたちに言っておこう。
 愛というのはじつに精妙なもので、
 この世界のあらゆるものを形づくっている。
 愛はあらゆる学問の教師だ。
 なぜなら、われわれは愛によって、
 物事をよりよく識別するのだから。
 プラトンも、そう言っている。
 さらに、アリストテレスによれば、
 愛は神から生まれたものであり、
 それによってわれわれは、考えを深めることができる。
 愛によって、驚きが生まれ、
 驚きによって、哲学が生まれ、
 哲学がもたらす知性の光によって、
 人間が作った学問のすべてが生まれる。
 われわれは、愛に感謝するべきだ。
 ものごとを知りたいと望むのは、
 人間にとって自然なことなのだから。
 愛は、その柔和な力によって、
 人間に考えるわざを教え、
 如才なく、正直に、そして真摯に生きるための決まりを教える。
 愛は国家を作った。
 愛は国々のあいだに講和をもたらし、戦争を終息へと導いた。
 愛によって、小鳥たちはさえずりを覚え、
 木々は、実を結ぶことを覚えた。
 愛によって、やせた土地は耕され、
 船は海原を渡ってゆく。
 愛によって、人は洗練されたやさしい言葉で、
 手紙を書くことを覚える。
 その人に愛をもたらした原因と、その結果について記すために。
 愛によって、粗野で不作法だった者も、
 しゃれた服を着こなすセンスを身につける。
 愛によって、人は優雅になる。
 愛によって、詩がうたわれる。
 愛によって、音楽や絵画が生まれる。
 これだけ多くのものが愛によってもたらされると知ったら、
 誰だって、愛について学びたいと思うはずだ。
 フィネアはいま、愛というものを知りつつある。
 だからきっと、彼女はこれからも
 さまざまなことを覚えていくだろう。
フェニーソ もしそうなら、いいことだな。
 オタービオさんも、フィネアが結婚することによって、
 愛情にあふれた、賢い女性になることを望んでいるんだろうから。
ドゥアルド ぼくは、ばかな連中の愛なんか、
 まともに扱う気はないね。
 はっきりいって、頭の悪いやつらに、愛し合う資格はないのさ。
フェニーソ きついことを言うね。
ラウレンシオ 言いすぎだろう。
フェニーソ まあ、知識を得るってことは、難しいことだよ。
ラウレンシオ そうだな。しかし、たいした知識もない人間に比べれば、
 のみこみは早いさ。
フェニーソ すばらしい知性の持ち主といったら、ニーセだよな。
ドゥアルド もちろんだ。
フェニーソ 体の具合はどうなんだろう?
 病気というものは愚かさの象徴だというが、
 もしそうなら、病気はどうやってあのニーセの知性を
 打ち負かしているんだろうな?
ラウレンシオ 賢い人たちっていうのは、
 いつも、ばかな連中のやることを耐え忍んでいるから、
 病気になってしまうのさ。
ドゥアルド ニーセが来たぞ。
フェニーソ うれしいね。久しぶりに彼女に会えるなんて。

 

第二場
(ニーセとセリアが入ってくる)

 

ニーセ(傍白、セリアに)その話はほんとうなの?
セリア あれは、お金目当ての愛ですよ。
ニーセ ほんとうの愛は、お金なんて必要としないはずよ。
 なによりもまず、相手の心を求めるはずだもの。
ドゥアルド (ニーセに)ニーセ、病気がなおってよかった!
 みんな、きみに会えて喜んでいる。
 自分たちの健康と、静かな暮らしを取り戻したから。
 聡明なきみは、みんなを元気にする太陽のようだった。
 きみが病気になって部屋にこもってしまうと、
 ほかの者たちも病気になってしまう。
 きみの輝く瞳を目にするまでは、
 ただ、運命の女神が時を動かしていた。
 しかしいま、きみという春の女神が、
 大理石のように白い足で駆けつけて、
 移り気な薄いヴェールを土手の上に広げた。
 きみを喜ばせるために、泉の水は流れ出し、
 花はその色を競い合って咲くだろう。
 きみは悲しみを追いはらって、
 この大地に、愛の種をまくだろう。
フェニーソ この庭園の噴水も、
 きみに会えて喜んでいるようだ。
 きみが寝込んでいた間は、
 真珠のような涙を流していたけどね。
 いまは、このさわやかな水の流れが小鳥たちを呼びよせ、
 きみを祝福する音楽を奏でている。
 みんながきみに会おうと、われ先に駆けつけ、
 贈り物を差し出そうとしている。
 きみに会えるということだけが、
 みんなにこれほどの喜びをもたらしているんだよ、ニーセ。
 いつもきみのことしか考えていないぼくが、
 いま、どれほど喜んでいると思う?
 どれほど幸せを感じていると思う?
 きみに会えなかった日々が、どんなにつらいものだったか。
 きみは、ぼくの太陽だ。
 きみは、ぼくの心の主人なんだ。
ラウレンシオ きみになにもしてあげることができないなんて、
 ぼくには耐えがたいことだった。
 ぼくのせいではないとはいえ、
 きみにすまないと思う気もちでいっぱいだった。
 ぼくは、きみと同じ病気にかかった。
 ぼくは、きみの肉体そのものだ。
 ぼくは、きみの思うままに扱われる道具だ。
 きみが経験するものをすべて、ぼくもこの体で経験するんだ。
 きみの快復を祝う言葉を、ぼくにもかけてくれないか。
 ぼくたち二人は、同じ病気を克服したんだから。
 ただ、ひとつだけきみに文句を言いたいのは、
 ぼくの心の中にいるきみではなく、
 きみの肉体そのものであるぼくが病気になるべきだったのに、ということだ。
 でも、そのことについては、きみを許してあげるよ。
ニーセ なんだか、どれだけうまくお祝いの言葉を言えるかを、
 三人で競い合ってるみたいね。
ラウレンシオ そのとおり。だってぼくらはみんなきみに夢中だし、
 きみのために生きてるようなものなんだから。
ニーセ (ドゥアルドとフェニーソに)あなたたち、
 悪いけど、私に花をとってきてくれない?。
 この庭園にはいろんな色の花がたくさん咲いていて、
 とってもきれいなのよ。あなたたちも気に入ると思うわ。
 私、ちょっとラウレンシオと話をしたいの。
ドゥアルド (傍白)愛し、耐え忍ぶ者は愚かなり。
フェニーソ これが、ぼくらへのお返しか。
ドゥアルド わかってはいたけどな。
フェニーソ 好きなのはあいつだってね。
ドゥアルド それじゃ、ひとつ、愛と信頼のブーケでも作ってやって、
 中に嫉妬の種を混ぜこんでおこうぜ。

 ドゥアルドとフェニーソは退場。

 

ばかなお嬢様(6) - buenaguarda

ばかなお嬢様(4) - buenaguarda