読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

ばかなお嬢様(3/12)

第十場
(ニーセ、セリア、ドゥアルド、フェニーソ、ラウレンシオ)

 

ドゥアルド 輝く星のように、
 彼女の美しさは、ぼくらをここへ導く。 
フェニーソ 星というより、むしろ太陽の光。
ラウレンシオ 美の女王!
ドゥアルド ニーセ!
フェニーソ ご主人様!
ニーセ あら、みんな、いらっしゃい。
ラウレンシオ 今日は、聡明なきみに、
 ドゥアルドがつくったソネット
 批評してもらいに来たんだ。
ニーセ 私でいいの?
 私は、あのフィネアの姉よ。
ラウレンシオ きみしかいないよ。
 きみはスペインのシビュラ(巫女)、
 四人目の美神、
 十人目のミューズだ。
 きみほど、ぼくらの詩を批評してくれるのにふさわしい人はいない。
ニーセ まあ、あまりにもバカな内容だったり、
 やぼったい文体だったりしたら、
 それがひどいものだというくらいは、私にもわかるけどね。
フェニーソ きみは、じつに賢い人だ。
 だから、きみを選んだぼくたちの判断は正しい。
 ドゥアルドが詩をよむから、聞いてやってくれ。
ニーセ ソネットなのね。わかったわ。
 それじゃ、どうぞ。
 私では分不相応で、もうしわけないけど。
ドゥアルド (詩をよむ)エレメント、わが愛に抵抗す。
 愛が求むるは、聖なる徳。
 聖なる徳、天使のごとき知にありて、
 熱のイデアを伴いたり。
 魂、もはやエレメントたる炎をまとわずして、
 太陽へ向けて飛び立たんと欲す。
 地上を捨て、
 熾天使の待つ場所へ向かわんとす。
 エレメントたる火、われを燃え立たせず。
 命をつかさどりし聖なる徳も、
 天上へ昇るわれを見て嫉妬す。
 天使の炎、われを焼きたり。
 いかにして、死すべき身とならん?
 永遠なるものと終わりあるもの、相いれざるものなれば。
ニーセ 何をいってるのか、さっぱりわからないわ!
ドゥアルド それでいいよ。
 自慢げに「わかった」と言われるより、
 少しだけでも本当に理解してもらえるほうがいい。
 この詩の意味を説明しようか。
 恋で盲目になっていた人間が、
 知性の光によって恋から解き放たれ、
 高い観想へと到達し、
 炎のような姿の熾天使がいる天上で、
 純粋で永遠の愛を手に入れるところを描いているんだ。
ニーセ そういう意味だったの。
ラウレンシオ いろいろと、深遠な意味が込められているんだな。
ニーセ わかりにくいわよ。
ドゥアルド ニーセ、炎には三種類あって、
 それぞれが別の次元のものなんだ。
 それぞれが、互いを支え合っているんだ。
ニーセ あなた、そうやって説明するほうが上手なんじゃない?
ドゥアルド エレメントとしての炎っていうのは、
 われわれの体がもつ熱と同じだ。
 聖なる徳としての炎は、
 命をよみがえらせる性質がある。
 天使のごとき知としての炎は、
 抽象的な意味での情熱のことなんだ。
ニーセ なんだか不安になってきたわ。
 聞いていても、意味がわからないんだもの。
ドゥアルド われわれの体の熱としてのエレメントが、
 まずひとつの炎。
ニーセ (ラウレンシオとフェニーソに)あなたたち、これがわかるの?
ドゥアルド 空に見えるあの太陽も、ひとつの炎。
 そして、熾天使の抽象的思考も、ひとつの炎。
 この三つの炎は、それぞれ異なっている。
 エレメントとしての炎は、物質を燃やす。
 聖なる徳としての炎は、生命を与える。
 天使のごとき知の炎は、愛の炎だ。
ニーセ もうやめて、お願い。
 そういう難しい話は、学校でやって。
ドゥアルド きみがいるところが、ぼくらにとっては学校なんだ。
ニーセ これ以上聞いていても、私には理解できないわ。
 もっと易しい言葉で書いてよ。
ドゥアルド プラトンが神について書いた本があるんだけど、
 彼は、きみみたいに話を終わらせようとするとき、
 最後に数学とか、謎かけを使っているよ。
ニーセ (ラウレンシオのそばへ行く)ねえ、ラウレンシオ!
フェニーソ (ドゥアルドに)もう、黙っていたほうがいいぞ。
ドゥアルド 凝った言い回しが、気に入らなかったみたいだ。
フェニーソ 女ってのは、そんなもんだよ。
ドゥアルド 話し言葉でも書き言葉でも、
 意味がはっきりしているほうが、みんな好きなんだよな。
ニーセ(ラウレンシオに、小声で)どういうつもり?
ラウレンシオ 見てのとおりだよ。
ニーセ 詩は聞いてあげたから、もういいでしょう?
 あなたと話したいのに、
 あんな人たちを連れてきたら、邪魔だわ。
ラウレンシオ だって、きみとまともに目を合わせるなんて、
 ぼくにはおそれおおくて、とてもできないよ。
 君の瞳は、太陽神アポロンの光よりも強力で、
 あわれな獲物をその視線で射抜くんだから。
 でも、もしきみにぼくの心が見えるなら、
 愛がもたらしてくれた誠実さで、それが満たされているのがわかるだろう。
ニーセ あなたに手紙を書いたの。
 あの人たちに見られないように、あなたに渡したいんだけど、
 どうすればいい?
ラウレンシオ それなら、ぼくの言うとおりにして。
 きみは失神するふりをするんだ。
 ぼくがきみの手を握るときに、手紙を受け取るから。
ニーセ ああ!
ラウレンシオ どうしたんだ!
ニーセ 倒れちゃう!(わざと倒れながら、ラウレンシオに手紙を渡す)
ラウレンシオ (手紙を受け取り、ニーセに小声で)きみは、
 返事をするより早く行動してくれたね。
ニーセ (小声で)そのほうがいいでしょう?
 行動を伴わない愛はないのよ。
ラウレンシオ 行動にこそ愛はあり。
ニーセ (起き上がって)じゃあね、ラウレンシオ。
 ドゥアルドにフェニーソ、さよなら。
ドゥアルド さよなら。
 きみの美しさにふさわしい幸福を!

 ニーセとセリアは退場。

 

第十一場
(ドゥアルド、ラウレンシオ、フェニーソ)

 

ドゥアルド(ラウレンシオに)ニーセはきみに、
 ソネットのことをなにか言っていたかい?
ラウレンシオ 最高にすばらしいって言ってたよ。
ドゥアルド 二人だけでひそひそ話していたけど、
 詩でも作ってたのか?
ラウレンシオ 詩が作れても、
 ああいう内緒話ができるようになるとはかぎらない。
 詩を検閲する連中が、本当は詩のことなんか
 わかっちゃいないのと同じさ。
フェニーソ ラウレンシオ、ぼくらは詩も書きたいし、
 内緒話だってしたいんだ。
 きみが検閲官でなければ、それを許可してもらいたいもんだね。
ドゥアルド 互いの恋路の邪魔をしないというルールは守ろうぜ。
ラウレンシオ きみらは、ぼくに嫌がらせをしたいのか?
フェニーソ まさか。そんなことはない。
 かわいいニーセは、きみのものだ。
 少なくとも、そう見えるよ。
ラウレンシオ かもな。
 ぼくが、彼女にふさわしい男ならいいけどね。
 
第十二場
(他の者は退場し、ラウレンシオのみ)

 

ラウレンシオ ぼくの思想よ、確かにおまえはりっぱだ。
 りっぱである上に、誠実だ。
 しかし、幸福になるためには実益がいる。
 そう考えれば、おまえの価値はそれほど高くない。
 ニーセはとても賢いから、
 おまえを愛し、豊かにするだろう。
 しかし、彼女の財産は少ない。
 そして人間は、困窮の状態にあっては、
 満足することはできないんだ。
 金銭が安らぎをもたらし、
 その安らぎが心地よいものであるのなら、
 ぼくは船の舵取りをやめ、穏やかな風に身をゆだねよう。
 ぼくの思想よ、ぼくと立場を入れ換えるがいい。
 おまえを追いかけても、ぼくはばかになり、疲れきってしまうだけだ。
 これからは、おまえがぼくについてこい。
 そうすれば、おまえはもっと賢くなるだろう。

 

第十三場
(ペドロ、ラウレンシオ)

 

ペドロ ここにいたんですか!いまいましい。
 そこらじゅう歩き回って、あなたを探してたのに。
ラウレンシオ ここにいるのは、ぼくの体だけだ。
 ぼくの心は別の場所にある。
ペドロ それじゃ、ニーセさんはどこかへ行っちゃったんですか?
ラウレンシオ 心がぼくから抜け出して、
 別のところへと向かったらしいんだ。
 おまえは、時計の針が1時のところで止まっているように見えたのに、
 いつのまにか2時をさしていた、という経験をしたことがないか?
 ぼくの心も同じなんだ。
 ここにいて、なにも変わらないように見えたのに、
 好きだったニーセのところから、
 今のぼくにとって興味ある12時(ドーセ doce)のところへ動いたんだよ。
ペドロ どういう意味ですか?
ラウレンシオ ぼくの心は、時計の針だ。
 1時の位置から右回りに、円を描いていくんだ。
 ぼくの心は、ニーセをさしていたよな?
ペドロ ええ。
ラウレンシオ でも、今のぼくの心はフィネアをさしているんだ。
ペドロ うそでしょう?
ラウレンシオ いけないのか?理由ならちゃんとあるよ。
ペドロ どんな?
ラウレンシオ ぼくにとって、ニーセは美しい1時の娘。
 そして、フィネアは12時の娘。
 12時とは、もっとも祝福された時刻であり、
 ぼくがくつろげる、実り豊かな時刻なんだ。
 12時になれば、仕事をしている人間は休憩し、昼食をとる。
 つまり、フィネアはぼくを支えてくれる時刻の娘だ。
 男が、その休息をどれほど欲しがっているかわかるだろう?
 そういうことなのさ。
 神よ、どうかぼくに、
 12時(ドーセ)(*ドーテ dote〔持参金〕との掛け言葉か?)を与えたまえ!
 ぼくには十分な金がない。
 だからぼくが求めている女性は、生活を保障してくれるような女性なんだ。
 ニーセは縁起の悪い時刻の娘で、
 1時とは、ぼくの守護星が怒り、
 60度の角度から、けわしい顔をこっちに向けている時刻なんだよ。
 それにひきかえ、フィネアは幸せな時刻の娘で、
 12時とは、寛大なユピテルが三分一対座から、
 美しい顔をぼくの方へ向けている時刻なんだ。
 ぼくは気づいてしまったのさ。
 フィネアの面倒をみてやれば、4万ドゥカードが手に入るってことにね。
 ペドロ、今日からぼくは、この計画を実行しようと思う。
ペドロ なかなか大胆な計画ですが、
 問題がひとつありますよ。
ラウレンシオ なんだ?
ペドロ フィネアが、とんでもなくばかな娘だってことです。
 あなたはきっと、後悔することになりますよ。
ラウレンシオ だれが後悔するっていうんだ?
 食べたり、眠ったり、服を着たりすることをさ。
 それをさせてくれるのが、彼女なんだ。
ペドロ ラウレンシオ、かわいくて頭もいいニーセを、
 ばかなフィネアのために捨てるっていうんですか?
ラウレンシオ ばかなのはおまえのほうだよ!
 おまえは知らないのか?
 才能よりも金銭のほうがこの世では重視されるってことを。
 貧しい人間は、ばか者のように扱われ、
 裕福な人間は、賢者のように扱われるんだ。
 ぼくは、家柄で軽蔑されることはないが、
 金がないことでは、ひどく軽蔑されている。
 詩の天分はあるのに、
 貧しいがゆえに、才能を伸ばす機会も、
 それを発揮する機会も与えられない。理不尽だよ。
 今日からぼくは、フィネアに恋をしたい。
ペドロ しかし、まともな会話もできないようなお嬢さんに、
 どうやって言い寄るつもりなんです?
ラウレンシオ 方法は、ちゃんと考えてある。
ペドロ 私には見当もつきません。
ラウレンシオ フィネアにくっついている、ばかなクララを使うのさ。
ペドロ クララは、ばかというより、小ずるい娘なんじゃないかと思います。
ラウレンシオ おまえとぼくとで、あの二人を口説こうじゃないか。
ペドロ クララをひっかけるのなんて、簡単ですよ。
ラウレンシオ 頼もしいな。それなら、ぼくの計画もうまくいきそうだ。
ペドロ むこうから、フィネアとクララがやってきましたよ。
 さっそくいきますか?
ラウレンシオ その気にさせられるといいけどな。
ペドロ キリスト教徒が、
 馬鹿娘(ムーラ mula)(*ムラー mulá〔イスラム教聖職者〕との掛け言葉か?)に
 恋していいのかな?
ラウレンシオ 顔はかわいい。スタイルもいいな。
ペドロ あれで、中身がよければねえ。

 

ばかなお嬢様(4) - buenaguarda

ばかなお嬢様(2) - buenaguarda