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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

日本の殉教者たち(5/9)

 タイコーが舞台上方に登場。

 

タイコー キルドラ、グアレ、ネレア!
 聞こえていたら、ぼくに答えてくれ。
 キルドラ、きみが好きだ。
 この近くにいるなら、ぼくを待っていてくれ。
 きみに会いたいんだ。
 この声が聞こえるか?
 キルドラたちがどこかにいると思うだけで、
 この野原が美しく見える。
 彼女がぼくを好きになってくれたらいいのに。
 (キルドラと帝を見つける)
 キルドラだ!あそこにいる。
 一緒にいるのは、あの帝じゃないか。
 どうしたんだろう、
 また、胸が苦しくなってきた。
 キルドラは、あまりぼくにやさしくしてくれなかったけど、
 今度は、わざとぼくに嫌がらせをしているみたいだ。
 帝と仲よくするなんて。
 だけど、彼女は以前にもましてきれいに見える。
 ぼくは怖い。そして悲しい。
 彼女が大好きなのに、傷つけてやりたくなる。
 この気持ちはなんなんだろう?。
 残酷な衝動がわき起こってくるのを止められない。
 これは怒りなのか?恐れなのか?
 ばかげているとは思うけれど、
 帝のやつが憎い。
 ぼくを帝の座から追いやったからではなくて、
 キルドラと話しているからだ。
 ぼくの体は、石みたいにこわばっている。
 ぼくの心は、氷のように凍りついているのに、
 勢いよく燃えている。
 雪を戴いた火山じゃあるまいし。
 ぼくは病気なのか?
 神々よ、教えてください。
 これが、あの嫉妬というものなのですか?
 まちがいなくそうだ。
 だって、ぼくは苦しくて死にそうなんだから。
 この気持ちをどうすることもできない。
 こんなに苦しいのに、この気持ちの正体もわからない。
帝 私が偉大な帝であるがゆえに、
 きみたちは怖がっているんだな。
 そう怯えなくてもよい。
 きみたちにこのダイヤを特別に与えるから、受け取ってくれ。
タイコー (落胆する)あんなことまで!
 帝がキルドラたちに宝石をわたしている。
 なにかを贈るということは、
 相手になにかを要求しているってことだ。
 贈りものを受け取るということは、
 その要求を受け入れるってことだ。
 キルドラは、帝のいいなりになるつもりなんだ。
 もうこんなこと、耐えられない。
 誇りなんて、どうでもいい。 
 ぼくは、あんな美しい宝石を
 キルドラに与えることはできない。
 だったらもう、ぼくはただの友だちでいよう。
 だけど、キルドラはずるい女だ。
 どんなにぼくが彼女を好きになっても、
 彼女はぼくを好きになってくれない。
 それどころか、思いやりさえ示してくれない。

 

 タイコーが舞台下方へ降りる。
 帝がタイコーに気づく。

 

帝 そんなところにいたのか、ばかめ。
 あっちへ行っていろ。
タイコー (ばかのふりをして)おれの名前はバカメじゃない。
 タイコーっていうのさ。
帝 (キルドラとネレアに)さあ、私の愛の証である
 このダイヤを受け取ってくれ。
 みごとな輝きだろう?
キルドラ 陛下、私たちはただの平民ですから、
 ダイヤの値打ちなどわかりません。
 陛下にお会いできただけで光栄です。
 この宝石は受け取れません。
タイコー (傍白)受け取らないのか。
 きぜんとした言葉で、宝石を断ってくれた。
 ぼくに思いちがいだったのか。
 キルドラたちは、帝に会いに来ていたんじゃなくて、
 たまたま、ここで狩りをしていただけなんだ。
 だとしたら、彼女に悪いことを言ってしまった。
帝 (タイコーを見てあやしむ)ボームラ!
ボームラ はい。
帝 タイコーの様子がおかしい。
 恋でもしているみたいな顔つきだぞ。
 私に嫉妬しているようだ。
 恋や嫉妬のような感情をもつことができるのなら、
 彼はほんとうは、ばかではないのかもしれない。
 だとすれば、この国にとって望ましくないことだ。
 この男に見張りをつけろ。
 やつから目を離さず、
 その行動を、逐一報告させろ。
ボームラ おおせのとおりにいたします。
 ところで、陛下は、そこにいる女たちのうち、
 どちらがお好みなのですか?
帝 くだらないことを訊くな。
 そんなことは、おまえには関係ない。

 

 帝が退場。

 

ボームラ 陛下は、どっちの女を気に入ったんだろう?
 確かめるにはどうしたらいいんだ?

 

 ボームラ退場。

 

タイコー (傍白)嫉妬って、なんておそろしいんだろう。
 原因は、たったひとりの女なのに。
 やっと気持ちが落ちついてきた。
 さっきは、死んでしまうかと思った。
 こんなに心がかき乱されたのは初めてだ。
 (キルドラに)キルドラ、ありがとう。
 きみは、誇り高い態度で、
 帝の贈りものを断ってくれた。
 きみは、ぼくを安心させてくれた。
 ぼくは、つまらないやつだったのに。
ネレア へんね。彼、普通にしゃべっているわよ。
 ばかのようには見えないわ。
キルドラ 間隔をあけてばかになる人なのよ、きっと。

 

 ボームラとマンガシルが登場。

 

ボームラ (マンガシルに)いいか、これは、やんごとなき帝のご命令だ。
 この男の見張りをしろ。
 この男がりこうなのか、ばかなのか、確かめるんだ。
 一瞬たりとも目を離すんじゃないぞ。
マンガシル なんで私に、そんなめんどうな役目をおしつけるんですか?
 むちゃくちゃですよ。
 私は、ぐうたらしながら、長生きする生活を送りたいってのに、
 こんなウスノロをずっと見張ってるだなんて。
ボームラ おまえは、抜けめのないやつだ。
 やつのすることをよく見ているんだぞ。
タイコー (ばかのふりをして、キルドラとネレアに)

 乱暴者の鷹が、獲物をさがしてるよ。
 あぶないから、かわいい鳩たちは巣に戻ったほうがいい。
 鷹なんかと一緒にいたら、ろくな目にあわないから。
 (ボームラに)あんたはどうせ、たいしたことない王さまだろ?
 こんな野原で、なにをやってるんだ?
 いいものでも見つかったか?
ボームラ そうかもな。
 おれは、おまえがりこうな人間である証拠をさがしてるのさ。
タイコー だったら、かなりむだなことをしてるな。
 みんなが言ってるよ、おれはばかだって。
 だから、おれはばかなんだ。りこうなわけがないだろう。
キルドラ ほら、ネレア。言ったでしょう。
 やっぱり彼はばかなのよ。
ネレア このボームラっていう王さまはしつこいの。
 私のことが好きらしいんだけど、つきまとってきて、うんざりしてるのよ。
 この人のそばにいたくないわ。行きましょう!
ボームラ (ネレアに)待て、ネレア。この恩知らず!
ネレア なにが恩知らずなのよ!
 もともと、あなたの声も聞きたくないくらいなのに。
ボームラ あいかわらず、冷たい女だ。
キルドラ (ネレアに)行きましょう。
タイコー (キルドラ)できれば、ここにいてくれないか?
キルドラ いやよ。
ボームラ (ネレアに)なぜおまえは、私から逃げるんだ?
ネレア あなたなんか、見るのもいや。
タイコー (キルドラに)どうして行ってしまうんだ?
キルドラ あなたの話なんか、聞くのもいや。

 

 キルドラとネレアは退場。

 

タイコー (ボームラに)おれたちふたりは、
 すっかり彼女たちに軽蔑されてしまったらしい。
 おれもおまえも、どっちもばかだ。
 みじめなおれたちをなぐさめてくれるのは、神だけだな。
ボームラ タイコー、この男はおまえの見張りだ。
 ここから逃げようと思ってもむだだぞ。
 私はこれからネレアを追う。
 理由などない。
 忠告もいらん。
 どうせこれは、かなわぬ恋だ。
 あの女は暴君なんだ。
 男をおそれさせる、野獣のような女さ。

 

 ボームラ退場。

 

タイコー (マンガシルに)きみがぼくの見張りか。
 ぼくのことを、ばかだと思うかい?
マンガシル 人間にはみんな、いちおう知恵がそなわってるもんさ。
 ばかかどうかなんてことで、言い争っちゃだめだ。
 あんたより、むしろおれのほうが、
 あの王さまに見張られてるようなもんだよ。
タイコー あの王さまは、ずるいやつだな。
 忠誠心も信念もないよ。
マンガシル そのとおりだ。おれは命が惜しかったから、
 しかたなく命令をきいてるんだ。
タイコー だけど、ボームラは帝の家来なんだから、
 あたりまえのことをしているだけだろう?
マンガシル そのとおり。彼は、ほんとはいい人なのさ。
タイコー (内心あきれて)ぼくの言うことを、
 いちいち鵜呑みにしていてどうするんだよ?
 きみはほんとうに、ぼくの見張りなのか?
マンガシル おれは、ひとから命令されたら、そのとおりにするだけだ。
タイコー それじゃ、こっちへ来てくれ。
マンガシル いいとも。(タイコーについていく)
タイコー とまれ。
マンガシル いいとも。(とまる)
タイコー ちょっと訊くけど、
 ぼくが逃げようとしてきみを殴ったら、きみは勝てるのか?
マンガシル あんたも、いやなことを言うな。
 おれは逃げたり、けんかしたりするのは大嫌いだ。
 そのことは、みんな知ってる。
 おれは、どんなやつの言うことでもきいてやる人間なんだ。
タイコー (傍白)恋する気持ちを隠しておこうと思っても、
 顔にあらわれてしまうものなんだな。
 嫉妬のせいで、帝の疑惑をひきおこしてしまった。
 これからは、用心しよう。
 ぼくをばかな人間だと、帝に思わせておかなくては。
マンガシル おれは、薪を一束取るために、
 山へ来ただけなんだぜ。
 そのせいでこんな災難に巻き込まれるなんて、最悪だよ。
タイコー (傍白)もしぼくが逃げたら、彼は罰せられてしまうんだな。
 けれど、ぼくにはほんとうは知恵も勇気もあるということを、
 これから国内の王たちに知らせなければならないし、
 彼に見張られたままでいては、
 キルドラへの恋が実る見込みもないだろう。
 どうしよう?何かいい考えはないか?
 (マンガシルに)ねえきみ、この草の上は、すごく寝ごこちがいいよ。
 しばらくここに寝ていないか?
マンガシル いいとも。おれは眠くなってきたよ。
 (傍白)しかし、こいつを縛っておかないとな。
 こいつが逃げてしまったら、おれの命があぶないんだから。
タイコー 縛ってくれてかまわないよ。そしたら眠ってくれ。
 ぼくはこの草の上で眠る。
マンガシル わかった。
 おれは熟睡する方法については詳しいぜ。
 冬眠できないヤマネに、司教様の本を読んでやって、
 あっというまに眠らせたからな。

 

 マンガシルは縄の両端に自分とタイコーの手を縛りつける。 

 

タイコー (傍白)女ってものは、男から理性を奪ってしまうんだな。
 いなくても苦しいし、そばにいても苦しい。
 ぼくは、キルドラの面影だけで生きているみたいだ。
マンガシル さあ、縛った。
 誰もおれを起こすんじゃないぞ。(眠る)
タイコー (傍白)諸国の王たちが、いまの帝に仕え、
 タイコー・ソマの家系が危機に瀕しているというのに、
 ぼくもあきれた男だな。恋にうつつを抜かすなんて!
 (マンガシルを見て)彼はもう、眠ってしまったようだ。
 神々よ、うまくここから逃げられますように!
 あの帝がいるかぎり、ぼくの身は危険だし、
 彼の姿を見ると、嫉妬と苦しみを感じてしまう。
 だけど、キルドラと帝は、あのあとどうなったんだろう?
 気になるから、やはり様子を見に行こう。

 

 タイコーは、自分を縛っている縄をほどき、月桂樹の樹に結びつけて退場。

 

マンガシル (寝言で)眠っても大丈夫さ、縄はしっかり結んであるから。
 こいつの見張りにはうんざりだ! 

 

 ボームラ登場。

 

ボームラ (タイコーがいないのを見て)マンガシル、おまえというやつは、
 あれほど言っておいたのに!
マンガシル (寝言で)黙れ、ウスノロ。
ボームラ (樹を見て)あれを見張っているつもりか?
マンガシル いいからおまえも眠ってろ、ばかめ。
ボームラ ばかなのはおまえだ。
マンガシル (寝言で)縄は縛ってあるだろう?
ボームラ 起きろ、私は王だぞ!
マンガシル (寝言で)笑わせるね、
 どこの王だか知らないけど、
 ばか者どもがふんぞりかえってる姿ってのは。
 おれは、ばかなやつをひとり知っていた。
 ところがそいつは、驚いたことに、
 気立てのいいりっぱなやつで、
 どこの宮廷にもいないくらい、機知のあるやつだったのさ。
 (目を覚ましてとび起きる)
 あのばかめ、どうやって逃げたんだ?
 ほんとのばかは、おれとこの王さまだったか。
 怠け心のせいで、やばいことになった。
ボームラ おまえは、居眠りしていたんだな?
マンガシル ちがうんです。聞いてください。
 あの男は私に、ヒヨス(*麻酔薬に使われる植物)とワインと牛乳に漬け込んだ
 ヤマネを食べさせやがったんです。
 そのせいで眠ってしまいました。
ボームラ いいから、早くあの男を探し出せ。
マンガシル すぐに。

 

 マンガシル退場。

 

キルドラ (声のみ)ネレア!
ボームラ なんだ?
キルドラ ネレア!
ボームラ キルドラの声か。ちょうどいい。
 帝とキルドラが仲良くなるようにしむけてやろう。

 

 ボームラ退場。

 

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