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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

アマルフィ公爵夫人の執事(10/11)

 フリオ・デ・アラゴン、オタービオ登場。

フリオ 兄がこのことを知ったら、その悪党を串刺しにするだろうな。
オタービオ 彼女がしたことは、高貴な女性にあるまじき行為だよ。
 召使いをベッドにつれこむなんて!
フリオ 若くて恥知らずなだけでなく、理性もない女だ。
オタービオ アントニオの家柄は悪くはないが、
 彼女とは比べものにならない。
フリオ そんなつまらん男が、我々の義理の弟になったとはな。
 怒りで頭がおかしくなりそうだ。
 妹がそのろくでなしを気に入ったのだとしても、
 なぜ秘密にしておいてくれなかったのだ?
 世間から隠れた場所で、快楽にふけっていればいいものを。
 それを、公に結婚を発表し、
 自分の家も、息子も、領地も捨てて、
 われわれ一族の名をおとしめるとは。
 妹の罪は、罰せられなくてはならない。
 枢機卿である兄に知らせる前に、
 私がかたをつけてしまわなくては。
 われわれの甥である、若きアマルフィ公爵が、
 そのアントニオとかいう下劣な男を
 父親と呼ばなくてはならないというのか?
 そんなことは耐えがたい!
オタービオ 私もだ。
 私はメディシス家の名に誇りをもっている。
 そして私は、彼女に求婚していた男だ。
 こんな屈辱には、身を切られる思いだ。
 アントニオには報復を加えてやる。
 アンコーナにいれば安全だと思っているだろうが、
 暗殺者を雇うことは簡単だ。
 しかし、私は自分の手であの男の息の根を止めてやりたい。
フリオ そんなことは、召使いにやらせればいいのだ、オタービオ。
 それよりも私が腹を立てているのは、
 あのふたりの子どもたちが、この不名誉の陰で生きていることだ。
オタービオ ふたりとも、ここから遠く離れた地で、農夫たちに育てられたそうだ。
フリオ 公爵の弟妹ともあろう者が!受け入れがたい事実だ。
 出発しよう、オタービオ。
 恥さらしな妹め!私が罰を加えてやる。
オタービオ (傍白)公爵夫人!アントニオが死んでしまったら、
 あなたはさぞ悲しむことだろうな!

 フリオ、オタービオ退場。
 アマルフィ公爵(公爵夫人の長男)、フリーオ、ディナルコ、フィレルフォ登場。

公爵 叔父である枢機卿も、他の親類たちも、もうこのことを知っているらしい。
フリーオ こんな高貴な生まれの女性が、非常識なことをしたものだと、
 だれもが非難しています。
公爵 母は、なぜこんなことを?
 愚かにも、わが家の評判をこれほどまでに落とすとは!
 私に対する愛情が、母を思いとどまらせることはできなかったのか?
 母は私より、アントニオの方が大切なんだろう。
 私など、生まれてこなければよかったんだ。
フィレルフォ 陛下、そんなふうにお嘆きになってはいけません。
公爵 おまえには、名誉というものがわかっていないな。
 8年もの間、この恥ずべき事実は隠されていたんだぞ。
ディナルコ 勘づいていた者もありましたが、口をつぐんでいたのです。
 いくつか、そうと思われる兆候はありました。
 オタービオ様が奥様に疑惑をもたれましたが、
 誰も聞こうとしなかったのです。
 奥様は貞淑なかたなので、
 みな、彼のほうが間違っていると思ってしまいました。
公爵 貞淑さなんて、化粧と同じで、見せかけだけのものだ。
 もしかすると私の父親は、アントニオなのか?
フリーオ いいえ。アントニオは陛下を養育した人間のひとりではありますが、
 陛下の実の父親ではありえません。
公爵 母は、女の弱さをさらけ出したわけか。
 そうとしか言いようがない。
 もし母がほんとうに私のためを思ってくれていれば、
 もっと私を気づかい、こんな思いをさせることもなかったはずなのに。
 しかし、そんな愛情を私が求めたって、仕方のないことだな。
 母は、それをアントニオとの間に産んだ子どもたちに注げばいいのだ。
 彼と結婚することを選んだのだから。
 そんな形で結婚した彼も、いやしい男だな。
フィレルフォ 陛下、ひがむのはよくありません。
公爵 誓って言うが、私はひがんでなどいないぞ。
 その子たちがもしここにいれば、私は彼らを兄弟として愛するだろう。
 そもそも、われわれが考えているほど、彼らはいやしくはない。
 アントニオは、みんなから尊敬されていたのだし、
 りっぱで、育ちのいい人間なんだろう?
フリーオ はい。
公爵 それなら、母の財産からいくらかの援助を彼らに与えよう。
 叔父たちに、そう伝えてくれ。
 アントニオには、彼にふさわしい栄誉を与えてくれ。
ディナルコ すばらしいお言葉です。
公爵 くよくよ悩むのはよそう。
 ささいなことには目をつぶろうじゃないか。
 アントニオのいいところを話すことにしよう。
 みんな、そうしてくれ。
フリーオ 彼らに代わって、私たちから感謝の言葉を申し上げます。
公爵 いいか。誰にも、アントニオのことを非難させてはいけない。
フリーオ 陛下は、実に高潔なお心をお持ちですね。
公爵 それに、母にも援助を与えなければ。
 何を持っていったのだ?
ディナルコ 銀と、宝石と、衣服と、寝具だけです。
公爵 たったそれだけか?
ディナルコ はい。
公爵 母は、彼への愛情と引きかえに、すべてを捨てたんだな。
 2万5千ドゥカードを与えて、彼らの住む家を建てさせよう。
 必要なら、われわれが借りればいい。
フリーオ これはまた、気前がいいですね。
公爵 5千ドゥカードを私の弟と妹に与える。
 それなりの衣服が必要だろうからな。
 それでは、アントニオに敬意を払うようにという、
 われわれの意思をみなに伝えよう。
 彼のことは、母の誠実な夫として、「アントニオ殿」と呼ばせよう。
 母は、女として、恋する感情に動かされたのだから、
 責めたってしかたがない。

 全員退場。
 公爵夫人、アントニオ、ウルビーノ登場。

ウルビーノ 一刻も早く、逃げたほうがいい。
 やつらが、こっちへやってくる。
 おれたちに報復する気だ。
公爵夫人 兄たちが?!
 あの人たちには、人間の感情ってものがないのかしら?
 何をする気なの?
アントニオ 私を殺したいんだろう。
公爵夫人 幼い子どもたちのことを、考えてくれたっていいのに!
アントニオ ヴェネツィアへ行こう。あそこなら、もっと安全だ。
ウルビーノ なら、すぐに出発してくれ。
公爵夫人 子どもを置いてはいけないわ。
ウルビーノ 今、連れてこさせます。

 リビアと子どもたちが登場。

リビア 急いで!
 森の中に兵士がいると教えてくれた人がいます。
 彼らに気づかれないうちに、すぐ出発してください。
公爵夫人 子どもたちを連れて、そんなに速く行くことはできないわ。

 セルソ登場。

セルソ 早く行って!そこで殺し屋に会いました。
 我々を目がけて銃で撃って、逃げていきましたよ。
アントニオ 馬に乗っていたか?
セルソ 徒歩でしたが、武器を持っていました。

 従者姿のドリスト登場。

ドリスト 兵士たちがこっちへやってきます。
公爵夫人 アントニオ、あなただけ逃げて。
 兄たちがねらっているのは、私じゃなくて、あなたなんだから。
 私は大丈夫よ。
ドリスト いま逃げるのは、卑怯でもなんでもありませんよ。
 農夫だった私でも、それくらいはわかります。
アントニオ 妻を残して、私だけ逃げろというのか?
セルソ この、年寄りの言うことを聞きなさい。
 心配しないで行くんです。
 ウルビーノと私がここにいますから。
公爵夫人 あなたが殺されるよりもずっといいわ。
 私が夫をなくし、子どもたちが父親をなくしてもいいの?
アレハンドロ お父さん、お願いだから、お母さんのいうとおりにして!
 死んだらいやだよ。
レオノーラ どうして、ぐずぐずしているの?
アントニオ おまえたちを守りたいからだよ。
レオノーラ それじゃ、私たち、みんな死んじゃうわ。
アントニオ しかたがない。どうか私を臆病者と思わないでくれ。
 神がおまえたちをお守りくださるように!
 抱きしめさせてくれ。置いていくのはつらい。
 愛する人、どうか私を許してくれ。
 あとを頼む、ウルビーノ、ドリスト、リビア、セルソ。
公爵夫人 離れていたって、私たちの心はいつも一緒よ。
(アントニオ退場)
(子どもたちに)さあ、あなたたちはこっちへいらっしゃい。
レオノーラ お父さんには、もう会えないの?
公爵夫人 わからないわ。運命というものは、気まぐれなものだから。
アレハンドロ お母さん、ぼくが叔父さんに話しに行くよ。
 叔父さんのひとりは、枢機卿なんでしょう?
公爵夫人 だめよ。その人も、私たちの敵になったのよ。
アレハンドロ ぼくがもっと大人だったら、フリオ叔父さんと決闘するのに。
公爵夫人 今は、神様に祈るしかないわ。
レオノーラ 大丈夫よ、神様なら助けてくださるわ。

 フリオ・デ・アラゴン、オタービオ、武器を持った従者たち登場。

オタービオ ここだな。
フリオ みんな、そこを動くな。
 いやしい、恥知らずの臆病者ども。
公爵夫人 誰も、逃げようなんて思っていないわよ、兄さん。
フリオ 私をよく、兄さんと呼べるものだ。
 私を誰だと思っているんだ、ふしだらな女め!
公爵夫人 フリオ・デ・アラゴンでしょう?
フリオ あたりまえだ。
公爵夫人 私はあなたの妹でしょう?
フリオ 違う。アマルフィ公爵夫人はすでに死んだ。
 彼女は私の妹だった。
公爵夫人 今もそうよ。
フリオ 聞いたか?オタービオ。笑わせるじゃないか。
 アントニオ・デ・ボローニアの妻が、
 アマルフィ公爵夫人のふりをして、自分は私の妹だと言い張っている。
オタービオ アマルフィ公爵夫人ともあろう女性なら、
 そんな下劣な行為を思いつくこともないだろうし、
 ましてや、それに溺れることもないだろうがね。
公爵夫人 あなたは、どうしてこんなところにいるのよ?
オタービオ いたら悪いのか?
公爵夫人 あなたは、私たち家族とは関係ないでしょう。
 メディシス家の人間じゃないの。
オタービオ そのとおり。王も教皇も出した家系だ。
公爵夫人 アラゴン家とはなんの関わりもないでしょう?
 親戚でもないし。
オタービオ 友情と、高貴な人間どうしの縁と、名誉による絆はある。
公爵夫人 で、もう私のことはどうでもよくなったんでしょう?
オタービオ いや。私の愛情は、
 その原因となるものが存在しているかぎり、消えることはない。
公爵夫人 フリオ、私をどうするつもりなの?
フリオ その子どもたちは、誰の子なんだ?
公爵夫人 もちろん、私の子よ。そして、あなたの甥と姪よ。
フリオ 私には、ひとりの甥しかいない。
 われわれと血をわけあった、われわれにふさわしい高貴な生まれである、
 アマルフィ公爵だけだ。
公爵夫人 この子たちは、
 誰よりも知性にあふれた、りっぱな男性の子どもたちよ。
 いくらあなたがさげすんでいようが、この子たちはあなたの甥と姪なの。
 私の子どもたちなんですもの。
 父親がここにいなくても、いまは神がこの子たちの父親よ。
 神は、人からさげすまれているすべての者たちをお守りくださるんだから。
フリオ 神は、罪を犯したものを罰するんだぞ。
公爵夫人 私は、神の意思にしたがって結婚したのよ。
フリオ いいや、おまえは、それに背いたんだ。
公爵夫人 結婚しないでいたほうが、神に背いていたことになるわ。
フリオ おまえは、こんな恥ずべき行いを、秘密にしておくこともできただろうに。
公爵夫人 結婚していることを、なぜ恥じなければならないの?
オタービオ そんな議論をしたって、意味はない。
公爵夫人 あなたがそんなことを言うのは、嫉妬しているからよね。
オタービオ 嫉妬しているのではない。私は裏切られたのだ。
公爵夫人 あなたと婚約したわけでもないのに?
オタービオ 私に長い間、希望をもたせたまま、ほうっておいたじゃないか。
公爵夫人 あなたの希望っていうのは、ただの思いこみだったのよ。
フリオ そんなことはどうでもいい。
 おまえの夫はどこだ?
公爵夫人 もちろん、ここにはいないわ。
 ミラノにいるのよ。
フリオ おまえと一緒に来なかったというのか?
公爵夫人 あなたたちがどんなにひどい人かという噂をきいたからよ。
フリオ かまわんさ。枢機卿も私も、あちこちに友人がいるのだから。
 おまえはわれわれと一緒に来い。
公爵夫人 私をどこかに閉じ込めるつもりなの?
フリオ そうだ。
公爵夫人 どうして?なにも悪いことはしていないのに。
フリオ アラゴン家の名をおとしめることが、いいことだとでも思っているのか?
公爵夫人 なんの権利があって私を幽閉するっていうの?
 国王か教皇の許可でもあるの?
フリオ こっちへ来るんだ。
 (ウルビーノに)お前は誰だ?
ウルビーノ 奥様の秘書です。
フリオ なぜ、公爵の元を離れた?
ウルビーノ 公爵に仕えたことはありません。奥様にだけ仕えております。
フリオ (セルソに)おまえは?
セルソ 奥様の忠実な召使いです。
 10年以上、仕えてきました。
フリオ (ドリストに)そこにいるおまえは?
ドリスト 奥様の子どもたちを育ててきました。
 かつては羊飼いでしたが、今はこの家の従者となり、
 この不運な出来事の目撃者となった次第です。
フリオ オタービオ、どうやらわれわれの目当ての男は、
 事前にこのことを察知していたようだな。
オタービオ ウルビーノ、おまえもこの悪事の片棒を担いでいるのか?
ウルビーノ 結婚することが間違っているとは思いません、オタービオ様。
オタービオ 彼女が、高貴な家柄の男を侮辱していてもか?
フリオ 今はそのことはいい。
 われわれが求めているのは、この女と子どもたちだけだ。
 残りの者たちはどこへでも行くがいい。
公爵夫人 なぜ子どもたちまで連れていくの?
 子どもたちに罪はないでしょう。
アレハンドロ ぼくたちを閉じ込めるの?叔父さん。
フリオ 私はおまえの叔父ではない。生意気なことを言うな。
 われわれはアマルフィへ行くのだ。
公爵夫人 私はどうなってもかまわないわ。
 殺されたって平気よ。アントニオがそれで助かるなら!

 全員退場。

 

アマルフィ公爵夫人の執事(11)(終) - buenaguarda

アマルフィ公爵夫人の執事(9) - buenaguarda