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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

アマルフィ公爵夫人の執事(8/11)

公爵夫人 ああ、アントニオ、こんなことになるなんて!
 あなたが子どもを受け取りに来るのが、
 ほんの数分遅れてしまったばかりに!
 でも、ほんとうのところ、誰も真実を知っているわけじゃないわ。
 だったら、嘆くことはないじゃない。
 真実を知られることのほうが、はるかに悪いわ。
 私たちの秘密は、息子が生まれた日に露見していたかもしれないのよ。
 でも、私たちはうまくその危険を切り抜けたじゃないの。
 
 召使いのフリーオ、フィレルフォ、ディナルコ、ルペルト、ウルビーノ、セルソ登場。

ウルビーノ 召使いたちを連れてきました。
フリーオ なにかご用命ですか、奥様?
公爵夫人 この家にとって不名誉なことが起きたのよ。
アントニオがいないのはなぜ?
フィレルフォ 彼は外出していたようで、さきほど戻ってきました。

 アントニオ登場。

アントニオ 奥様、なにか私にお話でも?
公爵夫人 アントニオ、私は腹を立てているの。
 そうは見えないでしょうけどね。
アントニオ なぜ、召使いが全員ここに集まっているんですか?
公爵夫人 この家の召使いを一部、入れ替えようと思っているからよ。
 それには、全員に知らせておく必要があるの。
 フリーオ、あなたは私の夫であったアマルフィ公爵に、
 とても忠実に仕えてくれたわ。
 だからあなたには引き続き仕事をしてちょうだい。
 女である私が主人になって、以前よりやりにくいこともあったでしょうけど、
 あなたは私にもよく仕えてくれたわ。
フリーオ 奥様、ひとこと申し上げてもよろしいですか?
 私どもは、奥様の信任を得ている召使いです。
 なにか、些細な間違いが、誇張されているということはございませんか?
 このような事態は、とても奇妙なことに思われます。
フィレルフォ 奥様の近くにいる人物が、
 なにか、根も葉もない作り話をしたのではないでしょうか?
公爵夫人 いいえ、これには確かな根拠があるわ。
 だけど、フィレルフォ、あなたも賢くて忠実な召使いよ。
 あなたには何の落ち度もありません。これまでどおり、私に仕えてちょうだい。
フィレルフォ ありがとうございます。
ディナルコ 奥様、それでは、私に疑いがかけられているのでしょうか。
 私がなにか間違いを犯したのですか?
公爵夫人 ディナルコ、あなたは何も悪くないわ。
ディナルコ 私はいつも、心から奥様にお仕えしてきました。
セルソ 私もです、奥様。
 おそらく、この年寄りのことでご不満があるのでしょうな。
 しかし私は、毎日この家の窓という窓、ドアというドア、
 廊下という廊下を磨き上げる仕事を怠ったことはございません。
公爵夫人 わかってるわ、セルソ。恥じることはないのよ。
 私はあなたを、自分の父親のように尊敬しているわ。
セルソ ありがたいお言葉です。
ルペルト それでは、私ですか?
公爵夫人 いいえ。
ウルビーノ それなら、このウルビーノにまちがいありませんね。
 アントニオがお叱りを受けるはずはありませんから。
公爵夫人 あなたでもないわ。
アントニオ では、私しか残っていないじゃありませんか。
 なぜ黙っていらっしゃるんですか?なぜ顔をそむけるんです?
 おおかた、誰かが、私についてよくないことを
 奥様のお耳に入れたのでしょう。
 しかし、たとえそうだとしても、
 あなたの家と地位と名誉、そしてご子息を
 これまで守ってきた私の話を、あなたはお聞きになるべきではありませんか?
 よくこんなふうに、かるがるしく私を責められますね。
 しかしまあ、いいでしょう。
 このお咎めに対して、反論することはいたしません。
 ただ、私を中傷した者は、
 高いつけを払うことになるとだけ申し上げます。
公爵夫人 よくも私にそんな言い方ができるわね!
 おまえは私の名を汚したのよ!
 おまえがやったことは、ぜんぶ知っているんだから。
 つけを払うことになるのはおまえよ。
 すぐにこの家から出ていって!
セルソ 彼が、奥様に追い出されるようなことをすると思うか?
フリーオ なにか変だな。
公爵夫人 本当は、おまえたちを両方とも処罰したいところだけど・・・
 (アントニオに近づき、小声で)
 アントニオ、これはウルビーノを満足させるためのお芝居なの。
アントニオ (小声で)わかっている。運が悪かった。
 こうしてくれてよかったよ。
公爵夫人 (大声で)おまえを解雇するわ!
 (小声で)あなたがいなくなったら、私の人生なんてからっぽなのに。
 (大声で)すぐ出ていかないと、おまえの命は保証しないわよ。
アントニオ (大声で)神に誓って、
 私は間違ったことをした覚えはありません!
 (小声で)君のそばを離れるのが、心配でたまらない。
公爵夫人 (小声で)大丈夫よ。あとで隠れて会えるでしょう。
アントニオ (大声で)何を言っても、わかっていただけそうにはありませんね。
 ですから、もう何も申し上げません。
 (小声で)あと少しだけ聞いてくれ。
 君を愛している。
 娘は、ここから連れ出した。
 たまたま、私たちの息子の乳母になってくれた女性が、
 赤ん坊に死なれたばかりだったので・・・
公爵夫人 (大声で)言い訳はいらないわ。出ていって!
 (小声で)赤ん坊に死なれた?
アントニオ (小声で)しかし彼女は、
 私たちの娘のおかげで慰めを得られたようだ。
公爵夫人 (小声で)その人を神がお守りくださいますように!
 兄たちが何と言おうと、あなたは私の夫よ。
 でも危ないから、もう黙っていて。
アントニオ (大声で)ひとつだけ言うが、
 あなたはどこかのろくでなしの話を信用して、
 私を侮辱したんだ。
 でも、こんな女に何を期待しても無駄だな!
公爵夫人 フィレルフォ、アントニオはあなたに任せるわ。
 ウルビーノは私と一緒に来て。
 それからアントニオ、このことについては口外するんじゃないわよ。
 さもなければおまえの命はないわ。
アントニオ 何も言いませんよ。
 何を思うかは保証しませんが。
公爵夫人 命びろいしてよかったわね!

 公爵夫人退場。

ウルビーノ アントニオのやつ、自分がしたことの報いを受けたな。
 あいつに代わって、おれがこの家で重用されることになった。
 欺かれたおれのほうが、あいつの悪事を隠蔽してやるなんて皮肉だな。
 しかし、おれは不誠実な友にではなく、
 公爵夫人に対して忠実に行動するだけだ。
  
 ウルビーノ退場。

フリーオ アントニオ、君みたいに評判のいいやつが、
 どうして奥様を怒らせるようなことをしたんだ?
アントニオ まったく身に覚えがない。
フィレルフォ とにかく、慎重に行動するんだな。
 君に落ち度があったかどうかは知らないが、
 たぶん、奥様の怒りは一時的なものだろうから。
ディナルコ 私も君を気の毒に思うよ、アントニオ。
 しかし、ウルビーノを見ていると腹が立つ。
 あいつはいつも、君を嫉んでいた。
アントニオ 知っている。彼がこれを企んだのかもな。
セルソ ひねくれ者め!あいつにとって一番不愉快なのが、
 君の成功なのさ。
 しかし、今回のことは、奥様の気まぐれによるのかもしれない。
 しばらくの間は我慢したまえ。
アントニオ もちろんだ。
 こんな子どもじみた態度には抗議するよ。
 私がナポリの王に忠実に仕えていたことは知っているだろう。
 王は私にも敬意を払ってくださった。
 私をこんなふうに追い出したりしたことはなかった。
 われわれは、常に権力者にもてあそばれる運命なんだな。
セルソ みんな、びくびくしながら生きているのさ。
アントニオ そしてやっぱり、私は疑われているんだろうね。

 全員退場。
 狩猟服姿のオタービオと従者のファブリシオ登場。

オタービオ その馬に鞍をつけてくれ。
ファブリシオ いい馬ですね。
 帯は何色にしますか?
オタービオ 赤と銀がいい。
ファブリシオ そんなのは、色恋に狂っているような男がつける色です。
 狩りに行くんだったら、緑のほうがいいですよ。
オタービオ いいのさ、実際、私は恋に狂っているんだから。
 3年間も公爵夫人に求婚し続けているのに、まったく応えてくれない。
ファブリシオ あなたも、あきらめが悪いですね。
オタービオ どうしろっていうんだ。
 私は生まれる前から、彼女に恋するように定められていたようなものだ。
 私にとって彼女は、女神か、天使か、魔女みたいなものだ。
 彼女のことではなく、ほかのことを考えたいから、狩りをするのさ。
 彼女のことなんか忘れてしまって、平穏な心に戻りたい。
ファブリシオ でもね、ご主人様、そういう望みは、
 忘れようとすればするほど、しつこく襲ってくるものなんですよ。
オタービオ よくわかってるな、ファブリシオ

 ウルビーノ登場。

ウルビーノ 狩りに行かれるんですか?
オタービオ そうだ。
ウルビーノ あまり楽しそうには見えませんが。
オタービオ 片思いを忘れるためには運動するのがいいという、
 賢い人間の忠告に従おうとしているのさ。
ウルビーノ 運動はいいですよ。気晴らしになります。
オタービオ それで、あのつれない女性はどうしているんだ?
ウルビーノ 今はたいへん怒って、部屋にひきこもっています。
オタービオ その理由は?
ウルビーノ 家の中の問題です。つまらないことですよ。
オタービオ 私のこととは関係ないだろうな?
ウルビーノ もちろんです。原因はアントニオですから。
オタービオ まさか。あの男が失敗をするなんて、考えられない。
ウルビーノ 奥様は彼を呼び出して、非難しました。
 アントニオはなんとか言い逃れようとしましたが、むだでした。
 最終的には、彼は解雇されました。
 彼はもう、公爵夫人の忠実な執事ではなくなったのです。
オタービオ 解雇されたって?なぜだ?
ウルビーノ 理由は知っていますが、申し上げられません。
オタービオ なぜ言えないんだ?
ウルビーノ 私の立場として、口外できないのです。
オタービオ 私は君に信用されていないらしいな。
 それほどいやしい身分の男ではないというのに。
 ファブリシオ、席をはずしてくれ。
 (ファブリシオ退場)
 さあ、なにがあったのか話せ。
ウルビーノ 困りましたね。
オタービオ さっさと話せというのに!
ウルビーノ それでは、他言無用ということでお願いいたします。
 あまり良くない内容ですし、
 ややこしい話ですし、
 オタービオ様と私が親しい仲だとしても…
オタービオ 誰にも話さないと約束する。
ウルビーノ わかりました。
 昨夜のことです。私が外を歩いていると、
 リビアが突然ドアを開ける姿が見えました。
 彼女は私に向かって「アントニオ」と呼びかけました。
 私が話をしようと思って近づくと、
 彼女は私に赤ん坊をあずけて去っていったのです。
 私をアントニオだと思ったに違いありません。
 だって、その後で彼自身が赤ん坊を受け取りにやってきたのですから。
 私はすぐに、やつに赤ん坊を渡してやり、
 私を裏切ったことをなじりました。
 そして、私は召使いの当然の義務として、
 公爵夫人にそのことを報告したのです。
オタービオ おまえはその赤ん坊を、誰の子だと思っているんだ?
ウルビーノ もちろん、リビアの子ですよ。
オタービオ まったく、ばかなやつだな!
ウルビーノ だったら、誰の子なんですか?
オタービオ 公爵夫人は、二か月もの間、病気でふせっていたんだろう?
 妊娠を隠すための口実だったに違いない。
 彼女には愛人がいたんだ!
ウルビーノ まさか。召使いを愛人にするなんて、ばかげてますよ。
 だいいち、公爵夫人はアントニオを殺そうとさえしたんですから。
オタービオ そう見せかけただけかもしれないぞ。
ウルビーノ 私の推測のほうが、あたっていると思います。
 アントニオの相手はリビアですよ。
 だって、公爵夫人は、召使いたちの前でアントニオを非難し、
 ののしって、解雇したんですから。
 そして、怒り狂って、部屋にひきこもっているんです。
 アントニオが奥様の愛人であるはずはありません。
オタービオ 彼女は隠遁生活をしているわけだな。
 しかし、隠遁者くらい、見かけによらないものはないんだぞ。
 じっさい、そのずるがしこさときたら、悪魔以上だからな。
 私の知らない間に、公爵夫人は子どもを産んでいたわけか。
ウルビーノ 誰との間に?
オタービオ 幽霊でないことは確かだろう。
 夫の死を長く悼んでいるように見えたが、
 女というものは、畑と同じだ。
 なにも手入れをせずに、実を結ぶわけがない。
ウルビーノ もしそれが本当なら、
 私のほうは希望が持てます。
 奥様にとっては不名誉きわまることですが。
オタービオ おそらく、間違いはないだろう。
ウルビーノ でも、なぜ奥様は、アントニオを解雇したのですか?
オタービオ 関係を隠すためには、そのほうが都合がいいからさ。
 これまでは、アントニオが彼女の身辺を管理しているだけだと思っていた。
 ようやくわかったぞ。あのふたりがどれほど深い関係だったかということが。
 彼女の兄たちに知らせなければ。
ウルビーノ どこへ行かれるんですか?
オタービオ あの丘に、私の怒りを吐き出しに行くのだ。
 私は、彼女への片思いに苦しむのはかまわなかった。
 しかし、今は彼女に恥をかかされた思いだ。
 彼女に恋したことが呪わしい。
 私は、あの山に向かって、報われない愛を嘆こうと思っていた。
 しかし今は、ただ怒りのみを叫びたい。
 あの丘が、私を呑み込んでくれればいい。
 この馬が、私を振り落して、踏み殺してくれればいい。

 オタービオ退場。

ウルビーノ おれにとっては、
 大山鳴動して鼠一匹、ということなのか?
 望みをもってもいいのだろうか、おれの未来に?
 

第二幕終

 

アマルフィ公爵夫人の執事(9) - buenaguarda

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