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Las comedias de Lope de Vega

17世紀スペインの劇作家ロペ・デ・ベガの未邦訳作品を翻訳しています。Traducciones (relativamente libres) de unas comedias de Lope ineditas en japonés. はじめての方はカテゴリー「このブログについて」からご覧ください。無断転載はお断りいたします。

アマルフィ公爵夫人の執事(2/11)

 アントニオ登場。

アントニオ (傍白)私の希望は、
 残されたわずかな力で飛びたとうとしている。
 蛾のように、燃えさかる炎へ向かって。
 それは、彼女の輝く瞳だ。
 その瞳を見る男は、
 堕天使のように身を焦がす。
 燃え尽きるとわかっているが、私は行こう。
 目に見えるものすべてが、私を大胆にする。
 そして、私に力を与えてくれる。
 言い伝えによれば、
 牧神は初めて炎を見たとき、それを手でつかもうとした。
 そして火傷を負い、悲鳴を上げて手を放した。
 だが、こんなにも甘美な愛の炎なら、
 たとえ火傷を負ったとしても、放そうとは思わない。
 ・・・公爵夫人はこちらで?
公爵夫人 アントニオ!
アントニオ おそれいります。事情がありまして、
 奥様と内密にお話ししたいのですが。
公爵夫人 いいわ。リビア、外に出ていてちょうだい。
アントニオ (傍白)つくづく、きれいな人だ。
リビア ご自分の立場を考えてくださいね。分別を忘れないで。
公爵夫人 忠告はもうたくさんよ。行って!
リビア退場)
(アントニオに)なぜ、驚いたような顔をしているの?
アントニオ 自分がここにいるという事実に、驚いているのです。
公爵夫人 なんで?ここに来たのは初めてじゃないでしょう?
アントニオ もちろん違います。
 けれども、こんな状況は初めてなので、
 少し落ち着きをなくしております。
公爵夫人 私のせいで緊張しているの?
 私のことを、怒りっぽくて、怖い人間だと思ってる?
アントニオ (傍白)そうじゃない。
公爵夫人 たしかに私はあなたの主人だし、
 そのことであなたが気を遣うこともあるでしょう。
 でも、私は女だから、
 怖がられるほどきつい性格でもないつもりよ。
 あなたは私のことを、尊大で、厳格で、高慢な女だと思っているの?
アントニオ 奥様にも、私が動揺する理由はおわかりでしょう。
 誰かがカーテンを開けたら、そこに天使がいたとご想像ください。
 その神々しさを見れば、震えあがるにちがいありません。
 人は、おそろしい光景を見て動揺しますが、
 美しいものを見ても、やっぱり動揺するんです。
公爵夫人 そう言うけど、
 あなたはこれまで何度も私を見てるんだから、おかしいじゃない。
 私の美しさが、今や最高潮になったとでも言いたいの?
アントニオ これまでには、これまでの見えかたがございました。
 しかし、たったひとりで、
 とんでもなく美しいものおまえにしたときには、
 私の心など、分別の領域から飛び去ってしまうのです。
 しかし、ともかくも、私たちの心というものは自由ですから、
 心で感じるというだけで、おとがめを受けるということはないはずです。
 奥様のお気にさわることもないでしょうし。
公爵夫人 アントニオ、男であるあなたが、
 私を女として見たからといって、
 私は侮辱されたと考えなくてはならないのかしら?
アントニオ そうは思いません。
 ですが、私が不安を感じる理由はおわかりでしょう。
 奥様は高貴で、聡明な方でいらっしゃいますから。
公爵夫人 こっちに来てちょうだい、アントニオ!
 「高貴で聡明な方」ってなによ?
 もっと気やすく話してちょうだい。
 そりゃあ、私はあなたの主人だけど、
 玉座にすわるみたいに、自分の地位の上に
 あぐらをかいていると思う?
 聡明かどうかというと、
 そう言ってくれる人もいるけど、
 ほんとうの意味で聡明な人間なんて、そうそういるもんじゃないわ。
 実際のところ、私は何度も失敗をおかしたことがあるの。
 女の判断力が、いつも信用できるわけではないのよ。
 だけどあなたは、
 私の財産と地位をとても上手に守ってくれたわ。
 私があなたを呼び出した理由はそれなの。
 いずれ、私たち二人は、
 身分の違いのことは気にせずに、
 対等にふるまわなくてはならないんだから。
 私の言っていることがわかる?
アントニオ 何と申し上げてよいのかわかりません。
 それは、おかしいのではないですか?
 私の務めは、奥様にお仕えすることです。
公爵夫人 アントニオ、私と同じ言葉づかいで話してったら。
 そういう堅苦しい態度はやめてちょうだい。
アントニオ 私が心配なのは、
 奥様がこのように親切にしてくだされば、
 私はすぐに厚かましくなって、
 申し上げてはならないことまで口にしてしまいそうだからです。
 奥様もそのことはおわかりでしょうが。
公爵夫人 (傍白)彼は気づいているのね。
 あの表情と声の調子で私にはわかる。
 私の言いたいことははっきり伝えたから、
 彼ももっと心を開いて話してくれてもいいのに。
 でも、まだ告白するつもりはないみたい。
 恋のこととなると、男はばかみたいに臆病になるものね。
アントニオ 奥様、実を言いますと、
 お伝えしなければならないことがあるのです。
 オタービオ・デ・メディシス様に頼まれまして・・・
公爵夫人 (傍白)何の話よ?
アントニオ オタービオ様のかわりに、

 私から奥様に伝えるようにと言われたのです。
公爵夫人 (傍白)なんでこんな話を?
 彼は私のことを愛していないのかしら。
 少なくとも私に好意はあるようだし、
 私は自分の気持ちを、これ以上はないくらい
 はっきり示したっていうのに。
 だけど、彼が私を愛しているかどうか確信がもてるまでは、
 私は自分から告白することはできないわ。
アントニオ 奥様がお許しくださるなら、私から申し上げます。
 オタービオ様は、お人柄も良く、
 分別があって、頼りがいがあり、勇敢な方です。
 なによりも、奥様を崇拝しておいでです。
 あの方は奥様との結婚を望んでおられました。
 そして、奥様さえ妻として来てくれるのなら、
 持参金などいらないとおっしゃっています。
公爵夫人 (傍白)オタービオからの求婚だと言っているけど、
 まるで自分が求婚しているような話し方ね。
 (アントニオに)
 アントニオ、愛する女性に気持ちを伝える権利は、
 すべての男性が持っているのよ。
アントニオ ですから、オタービオ様はその気持ちをお伝えになったのです。
 あの方は奥様と遜色ないご身分でいらっしゃいますから、
 結婚されるのがよろしいかと。
公爵夫人 身分がつりあわない男性だって、
 その女性を心から愛しているなら、
 告白する権利は同じようにあるわ。
 真実の愛が正しくないなんてことは、ありえないもの。
アントニオ おっしゃるとおりです。
 ですが、もしその愛というのがただの欲望で、
 己を満足させようとするだけのものだとしたら?
公爵夫人 それは、その男の人間性次第ね。
 彼の愛している女性が、それを判断すればいいこと。
 その愛が正しいか否かは、彼女が評決を下してくれるわ。
 アントニオ、わけのわからないことを言わないで!
アントニオ どういう意味ですか、奥様?
公爵夫人 私と同じ言葉づかいで話してったら。そんな事務的な話し方じゃなくて。
アントニオ できません。
公爵夫人 どうして?
アントニオ 恐れ多いので。
公爵夫人 何が恐れ多いのよ?
アントニオ 恐れ多いと感じなくなればどうなってしまうかと思うと、
 恐れ多いのです。
公爵夫人 わかったわ。私の気やすさが、あなたにとっては迷惑だったようね。
アントニオ オタービオ様にどのように伝えればいいか、お教えください。
公爵夫人 それじゃ、よく聞いて。
 あなたがこれから旅に出るとするわ。
 ひとりで行くつもりでいたけど、
 思いがけなく、二人の旅人が現れて、
 自分と一緒に行ってくれないかとあなたに頼むの。
 そのうちのひとりはあなたにとって好ましく、
 その人の顔を見たり、その人と話をするだけで
 あなたは心地よく感じる。
 もうひとりはあなたにとって不愉快で、
 一緒にいるだけで暗い気分になり、恐怖さえ感じる。
 もし旅の道連れにどちらかを選ばなければならないとしたら、
 あなたはどっちを選ぶ?
 好きな方?嫌いな方?
アントニオ その答えは簡単です。
公爵夫人 教えて。どっちを選ぶの?
アントニオ 好きな方です。
公爵夫人 私の選択も、まさにそれと同じなのよ。
 結婚というものは、そういう旅に似ているわ。
 それほど違いのない、ふたりの男性から、
 私はどちらかを選ばなくてはならないの。
 そして私は、オタービオが嫌いなのよ。
アントニオ それでは、誰がお好きなんです?
公爵夫人 これだけわかりやすく言ってあげてるのに、
 まだたりないの?
 あなたって本当に鈍いわね!
アントニオ 鈍いのではありません、奥様。
 身のほどをわきまえておりますので、真実が見えないのです。
公爵夫人 私の再婚についてはっきり言うのは難しいわ。
 私が誰を愛しているか、手紙で伝える方がよさそうね。
 ここで待ってて。

 公爵夫人退場。

アントニオ ええい、この臆病者!
 これで愚かな望みも消えた。
 彼女の心をつかんだというのに、それをみすみす手放すなんて。
 恋わずらいの成果がこれか。
 男は、愛さなければ愛されない。告白する勇気のない男は負けだ。
 チャンスの女神がやってきたら、
 すぐにその髪を掴まなければいけない。
 そうしなければ逃げ去ってしまう。
 私にまだ望みはあるのか?
 こんな態度をとっておいて、まだ私に懇願する余地はあるのか?
 ためらっている男は負ける。そして負け続ける。
 彼女の手紙には、きっとそのことが書いてあるにちがいない。
 当然の運命だ!
 恋に二度目のチャンスはない。
 向こうから来てくれたというのに、
 私はそれにこたえられなかった。

 リビアが手紙をもって登場。

リビア アントニオ、奥様からの手紙よ。
アントニオ 再婚についての私の提案に、腹を立てていらっしゃるようだ。
 手間をかけさせてすまない、リビア
リビア この中に、奥様が愛する男性の名前が書いてあるわ。
アントニオ 私は奥様の幸せを願っていただけなんだ。
 メディシス家なら、奥様の身分にふさわしいと思った。

 秘書のウルビーノ登場。

ウルビーノ (傍白)リビアのやつ、アントニオに恋しているのか!
 あいつに手紙を渡していた。
リビアに)待てよ、リビア
リビア なあに?
ウルビーノ おれの勘は当たったな。アントニオに手紙を渡していただろう。
リビア そう?
ウルビーノ 好きになるのも当然だろうな。あいつはかっこいいし。
リビア 手紙を渡したのは認めるけど、かっこいいっていうのは認めないわよ。
 どっちにしてもね、ウルビーノ、人は見たいと思ったものを見てしまうもんなの。
 あの手紙は、ただのガウンの注文書よ。じゃあね!

 リビア退場。

 

アマルフィ公爵夫人の執事(3) - buenaguarda

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